第一章 噂違わぬお嬢様学園

負けず嫌いな天使と泣き虫な天使

 約二百年程前、この世界には天使ヴァーチュ悪魔イービルが対立しあっていた。地上アッパーグランドを領地とする天使と、地下アンダーグランドを領地とする悪魔が互いの領地を奪い合う戦争、通称『天使悪魔大戦争ジハード』が起こっていた。


 地は焦土と化し、海は蒸発し荒野となった。全てを蹂躙尽くした『聖戦』は何年も続いたが、やがて終戦を迎えた。


 その原因の発端は、天使の中から裏切りが起こったこと。内部から崩壊していった天使に、それに乗じて悪魔も攻め込んでくる。天使はなすすべもなく敗戦を待つしかなかった。

 しかし天使は最後まで諦めることはしなかった。外側と内側から攻められる天使が取った作戦はただ一つ。天使悪魔、全ての世界を滅ぼすことだ。

 悪魔も天使も見境なく全てを破壊し尽くす、と。天使は悪魔と裏切りの天使にそう宣言した。全てが滅ぼされてしまうことを危惧した悪魔は、たまらず和平交渉を望んだ。


 互いは干渉せず、互いの地で過ごす。天使は悪魔に対し和平案を出したものの、それだけでは納得できず、悪魔が一つ条件を加えた。

 『天使はその力を放棄し、悪魔としての障害にならないことを誓う』という内容であった。


 天使は納得できず、抗議の声を上げる。それでは悪魔の気分次第で、天使を蹂躙できるということ。そんな横暴な要望に首を縦に振ることは決して無かった。

 ならば、と悪魔はさらに妥協案を上げる。

 『天使と悪魔、双方の力を極限まで低減させる。天使、悪魔としての権限は放棄し、別の存在として現界すること』という条件であった。これならば、天使も悪魔も平等であると認められる。天使も承認し、悪魔と和平条約を結んだ。


 こうして、天使は天使の恩恵を持つ『天人』として地上で暮らし、悪魔は悪魔の恩恵を持つ『魔人』として地下に暮らしている。今でも互いに干渉せずに生きているが、昔の禍根により互いを認め合おうとはしなかった。


 そして今『聖戦』が終わり、『天人』――つまり人間たちは多くの文化を開花させることとなった。地上の世界を十の国として区分化し、国ごとに発展していった。その中でも、すべての国へと繋がっている中心の国こそが、主国マルクトと呼ばれている。

 朝から人がごった返す街中にて。行き交う人々の中から誰かを探している一人の少女が佇んでいた。

 背中までに伸びる金色の髪が柔らかく跳ね上がり、丸い翡翠色の瞳は忙しなくキョロキョロと動いている。健康的な小麦色の肌は活発そうな気質を彷彿させ、可愛いや綺麗というより、お転婆といったような言葉が似合いそうな――そんな少女だ。


「うーん、ルビカはどこ行っちゃったのかなぁ。すぐ人に流されちゃうんだから」


 少女は友人であるルビカという人を探しているようだ。背伸びをし、遠くを見やるものの、目当ての人物が見つからずため息を吐く。

 困った表情で少女はどうしようか逡巡する。学園の授業開始時間まで余裕はあるものの、そう楽観視は出来ない。


 仕方ない、と意気込む少女はその場を後にし、裏道へと早歩きで進む。人通りの多い道よりも、裏道をよく知っている少女は友人を探し始めたのだ。

 歩み進めて早五分後。太陽からちょうど隠れる位置にある小屋にて、一人の少女が壁に追い込まれているのが目に入った。薄っすらと緑かかった水色の髪のおさげがプルプルと震え、伏し目がちな碧の瞳からは涙がにじんでいた。少女はその姿を見つけると、すぐに友人のルビカを見つけられたと、安堵の表情を浮かべた。


 しかし、ルビカの周りに三人の男が囲っていたことに気付くと、すぐに表情が厳しいものへと変わっていった。


「で、ですからぁ……私お金なんて持ってないですし、今から学校に行かないといけないんですよぉ……」

「そんなつれないこと言わないでさぁ。学校なんてお堅いこと言わないで、俺たちとお茶でもしに行かないかい? そこのお店なら、何でも買ってあげるからさ?」

「そうそう、いいこともしてあげるからさ」

「で、でもぉ……」

「いいよな? な? な? よーし、じゃあ早速行こうぜー!」


 ルビカは拒否することが出来ず、涙目のまま連れ去られそうになる。さながら小動物のように。男たちが無理やり少女の手を取った瞬間、少女は考えるよりも足が動いた。


「ちょぉぉっと待ったぁぁぁぁっっっっ!!」

 男たちの前に立ちはだかると、全員目を白黒した様子で少女を見やる。ルビカは少女の事に気付くと、声を上げる。


「フィ、フィーアちゃん!? どうしてここに!?」

「どうしても何も、あなたの姿がいきなり消えたから探しに来たんじゃない! それよりも、私の友人に何をしているのかしら? 場合によってはただじゃおかせないわよ?」

「おっと、お嬢ちゃんの友達かい? それなら話は早いなぁ。この後、この子とお茶にでも行くつもりだけど、どうだい?」

「お生憎様。私たちは学校に行かないといけないの。朝からナンパなんて、知能指数が猿くらいなのでは?」

「あ? なんだと?」


 フィーアと呼ばれた少女は皮肉口を叩くと、男たちは殺気めいた表情で身構える。

「随分と気の強い小娘だな。少しは大人の怖さってやつを教えてやろうじゃねぇか」

「ふふん。いいのかしら、そんなことをして。私が本気を出せば、あなたたちなんて一網打尽よ?」

「何? それはどういうことだ?」


 フィーアは妙に強気に胸を逸らし、自慢げに微笑む。その様子に威圧され、男たちはたじろぎ、焦り始める。


「ここは主国マルクト。物流が盛んな国よ。その分警備だって万全にされている。つまり――」

「つまり?」


 ごくりと男たちは唾を飲み込む。後方に控えているルビカも心配そうにフィーアを見つめている。そして数秒間の緊迫した時間が過ぎた後、フィーアはカッ、と目を見開き、声高々に叫ぶ。

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