おや? シルファの様子が……?

「えーっと、なんだ今回の潜入先の情報じゃないか。なんだよ、条件なんて何も書かれてないじゃないか」

「よく細部まで読み込むのだ。そうすれば分かる」

「もったいぶらずに口で言えばいいものの――って、おいカリア。この変装先が『生徒』になってるぞ? 今回の変装先は『教師』のはずだろ?」

「よく気付いたな。しかし、それは誤植でもないし、間違いでもない」

「は? いやいや、ならなおさら無理だろ。女学園に潜入するにしても、男のオレは無理に決まってんだろ? 教師なら男でも構わないだろうけどさ」

「そうだな、お前さんが男だから出来ないんだものな。確かに困ったな」

「そうだよ。オレが男だから――」


 そこまで言い切って、シルファはハッと表情を変える。カリアの思惑に勘付き、顔の向きを変えると、カリアは至極楽しそうな表情で足を組んでいた。

「女学園の生徒として潜入するには、女性でなくてはならない。この条件ばかりはどうしようもないな。だからこそ、お前が男じゃなければいいんだよな?」

「え? ちょ、ちょっと待ってくれ! まさかそんなことをするつもりじゃ!?」

「そのまさかだな。『虹説こうせつはここにありて、時よ時に天秤は、一方に生を、一方に死を、彼の者に幽世の姿を明け渡せ』」


 シルファは何とか逃れようと必死にもがくが、カリアの詠唱は淀みなく発せられる。詠唱が言い切られると同時に、シルファの周りに魔法陣が敷かれた。

 展開された魔法陣は次第に光を放ち、光によって魔法陣内にいるシルファの姿が少しずつ見えなくなる。完全に真っ白になったかと思うと、すぐにその光は消えた。


 そして魔法陣内に居たシルファの姿が次第に露わになる。しかし先ほどのシルファの姿はなく、全く別の姿をしていた人物が現れた。

 首元まで伸びた月夜に濡れた黒髪に、キラキラと輝く蒼玉のような瞳。しなやかに伸び、すらりとした腕と足に、外見年齢に合うほどの豊満な二つの双丘が特徴的な少女。

 そう。その現れた人物こそが、カリアの変化の魔術によって変えられた、シルファその者だった。


「な、なんだこりゃぁぁぁァァァァ――――ッッッッ!?!?

 驚愕の声を上げるものの、その声も先ほどとは打って変わり、高い音程へと変貌していた。声帯すらも変化されているようだ。その様子を見てカリアは腹を抱えて笑っている。


「ぷっ、あははははッッ!! 可愛らしいぞ、シルファちゃん?」

「こ、こんのババァッ! ホントの本気で許さねぇからな!?」

 シルファは解放された手足で立ち上がると、魔術を使おうとする。しかしその前に、カリアは一声掛ける。


「あ、それ解除しようとしたら、数日間は姿を変えることは出来ないからな。お前さん、元の姿じゃロクに外も歩けないんだろ? それでも元に戻ってもいいのかなー?」

「うっ! こ、このクソババァ……ッ!」

 元の姿に戻ろうと試みたものの、カリアの指摘により動きを止める。確かに元の姿では何処にも行くことは出来ない。それに任された依頼もこなすことが出来なくなる。


 納得をしたものの、この姿に慣れはしない。筋肉の違いや体型の違い。重心がそもそも違うため、動きがいつもより鈍く感じる。

「そうそう。変化を維持するためにお前の魔素、いつもの半分程度しか使えないよう抑えといたからな。それと性感帯も女性のものにしておいたから」

「二重の意味で何してくれてんだこのババァはよぉ!?」


 再度絶叫をすると、カリアはまたもや腹を抱えて笑い始める。どうにかして懲らしめてやろうと思いつつも、魔素が半減されている状態では、カリアには敵わないと理解する。歯痒い思いであるが、今は耐える時であろう。


「癪な話だが、この姿でなら生徒の潜入が出来るという魂胆か。クソッ、まんまと騙された」

「そういうことだ。外見の年齢もそのくらいなら、転校生として入っても問題ないだろ?]

「ちっ、分かったよ。期限は一月だったな。それが終わったらとっとと元に戻ってやるからな。そん時は覚悟してろよ」

「元の姿で外を出歩けるならねー」


 ニヤニヤ笑みを浮かべるカリアをシルファは涙目ながらに睨み返す。先ほどとは違って迫力も何もない眼光に、カリアは一層笑みを深くする。

 と、二人がにらみ合っている最中、扉をノックする音が聞こえた。返事を待たずに扉が開かれると、一人の女性が現れた。


 所々が汚れた作業着をだらしなく着こなし、片手にはその姿とはミスマッチである、ファイリングされた複数の資料を抱えている。猫のような真ん丸な金色の眼が眠たそうに開かれており、真紅に染まったロングヘアには所々枝毛が見えた。


「入るよー。一階の器具の整備と、次の潜入のための資料作成が全部終わりましたー、っと。カリアちゃん、褒めて褒めてー」

「お、そうかご苦労だアカネ。他のエージェントが出払っている中、本当に助かるよ」

「えへへー、どういたしまして! でも、私の本業は整備士でも秘書でもないからね? そこんところは忘れないでよー?」


 カリアに褒められ、相貌を崩すアカネは、カリアたちのサポートをする数少ないエージェントだ。特に表立って活動しないことが多いため、整備士の技術も持ち合わせている。

 持ってきていた資料を盗み見ると、シルファの向かう先の物であった。戸籍、学歴などを記した書類であり、全て偽装されたものだ。事務処理もこなすことのできるアカネは、まさに万能と言える人材であった。

 ふとカエデは視線を感じ、カリアの向こう側に立っているシルファへと目を向ける。視線が合ったと同時に、目をキラキラさせてシルファに飛びつく。


「この子誰!? もしかして新しいエージェント? 遂に私にも後輩が出来たのー!?」

「お、落ち着けアカネさんッ! オレだ、シルファだ! 間違っても新人じゃない!」

「え、嘘!? そうなの、カリアちゃん?」


 慌てて否定したシルファに対し、驚いた表情でアカネはカリアの方を向く。カリアは笑いをこらえながら頷きで返すと、アカネは先ほどとはまた違った理由でシルファに抱き付いた。


「マジのマジ!? めっちゃ可愛いよシルファ! 妹が出来たみたいで嬉しいよー!」

「だーかーらっ! いちいち抱き付くんじゃねぇ! それにオレは男だからな!? 『ちゃん』付けで呼ぶなぁ!」

「えー? でもまんま見た目は女の子だよー? ほら『アカネお姉ちゃん』って、呼んでみて?」

「誰が言うか!」


 ギャーギャー喚くシルファに対し、アカネは嬉々としてシルファを妹扱いする。その光景をカリアはニヤニヤと笑い眺めていたが、途中でパンっと手を合わせてその場を収める。

「はいはい、そこまでにしなアカネ。シルファちゃんには、これからお嬢様としてのレッスンがあるから」

「今なんて言った!? 凄い嫌なことを聞いたんだけど!?」

「言ってないからな。アカネ、資料はここに置いていいからシルファのレッスンに付き合ってくれ。期間は一週間だ。疲れている中悪いが、よろしく頼む」

「はいはーい! 任されました! それじゃいこっか、シルファちゃん」

「だからオレを『ちゃん』付けで呼ぶなぁ!」


 アカネに首根っこを掴まれ、シルファはズルズルと運び出される。この後の一週間、シルファにとって地獄のような修行になることを、カリアは想像するとほくそ笑んだ。

 シルファとアカネの姿が消えたと分かると、カリアは窓の外を見、一人呟いた。

「はぁ……また一人になったか。そろそろ外に出られるようにならないとなぁ」

 その独り言は誰に届くこともなく、ただ部屋の中で反響するだけであった。

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