女装天使と悪戯小悪魔

ミヅキ

第一巻 女装する天使

序章

ゴーストの正体

 太陽が地上に顔を出した頃、辺りの喧騒が全くない辺境にて。山々が連なる辺鄙な場所に、一軒だけポツンと二階建ての別荘地が建築されていた。その家屋の二階より、声が上げられる。


「えーっと何々? 『図書館から禁呪書だけを盗む怪盗、あの《ゴースト》の正体が遂に判明!? なんと《ゴースト》はまだ二十歳も過ぎていない少年だった!?』だと? しかもバッチリと顔写真まで写っているじゃないか?」


 毎朝読んでいる新聞紙を片手に、ワザと驚いた表情をする少女――カリアは空いている手で朝食のパンを齧りながら記事の内容を口にする。さながら学園に向かう前の生徒のように、文字に手を這わせて続きを朗読する。


「『その被害金額はおよそ数十億にも遡る。この少年を見つけた人は、すぐにマルクト王国の《国境なき騎士団》へと連絡してください』とのことか。だってさシルファ、少しは反省したか?」

「ああはいはいすいませんでした。オレがヘマしたらこうなったんですよーだ。――だからいい加減、この捕縛の魔術を解きやがれッ!」


 カリアが声を掛けた方向には、情報誌に載っている顔と瓜そっくり。否、正真正銘の《ゴースト》と揶揄される顔の少年――シルファが両手両足を何かで縛られていた状態で地面に横たわっていた。


 短く切りそろえられた黒の髪は獅子の鬣のように逆立っており、暗い蒼の瞳は自身を縛っている当事者である、カリアを恨みがましく睨んでいた。地面に這いつくばっているせいか着ている黒の軍服には汚れが目立ち、同色のブーツがジタバタともがいていた。

 シルファを縛っているものは白く光っており、紐や頑丈なロープといった物ではなかった。先ほどシルファが口にした通り、それは魔術で編まれた実体のないロープだ。


「その態度はいかんなぁ。私とてお前さんを近衛兵団に受け渡したくはないのだから。ほれ、もっとキチンとした、謝罪の仕方があるんじゃないのかい?」

「ぐぬぬ……人が下手に出てるときだけ調子に乗りやがって。――大変申し訳ございませんでした。この通り反省しております」


 シルファは小言で文句を言いつつも、尺取虫のように身体だけで謝罪の意を示す。その姿を見て、カリアはニッコリと満足げに笑みを浮かべたのち、

「素直でよろしい。でもまだ捕縛の魔術は外さないからねー」

 と、悪意のある言葉でシルファの神経を逆撫でる。案の定、シルファはカリアの一言に怒りをあらわにする。

「こんのロリババァ! これ解けたらただじゃおかねぇからな!」

「ふふーん。解けるものなら解いてみればいいのさ。勿論、出来るとは思ってないけどねー」


 力づくで解いて見せようと、どったんばったんと転がる。腕力で解こうとしたり、地面を転がってロープから腕を抜こうとするものの、シルファが自由になることはなかった。その姿を見て、カリアはケタケタと笑いこけていた。

 解けないと悟り、肩で息をするシルファはカリアに対して抗議の声を上げた。


「ぜぇ、はぁ……つ、つーかオレ、ちゃんと依頼の方はこなしただろうが。そこにある禁呪書をキチンと回収してきたというのに、この仕打ちはどうなんだよ!?」

「それはそれ、これはこれだ。確かに禁呪書の回収はよくやった。それに関してはご苦労様。しかしだ。お前さんの顔が割れてしまっては、次の禁呪書の回収が出来ないではないか。そうは思わんか?」

「そ、それなら他のエージェントに任せればいいだろ? 俺以外に適正な奴くらいいるだろ?」

「お前さんほど潜入、隠密行動が得意な奴は他にいやせんよ。音を完全に殺して移動することなど、私とて難しい所業だ。それなのにどうしてこんな目立つことになるのやら」

「う……だってずっと待っているのなんてつまんないしさ」


 シルファは不貞腐れたように唇を尖らせる。視線の先、カリアの背後に置かれている本棚の最上段、一冊のみ置かれている本。それこそが新聞紙にも書かれており、昨夜シルファが盗んできた、及び回収してきた禁呪書そのものである。

 この世に全部で七冊ある禁呪書。本来はカリアが全て保有し管理していたのだが、数年前のとある出来事で各地にばらまいてしまった。それをシルファが本来の持ち主であるカリアの為に回収しているのだが、数年間の合間に禁呪書は各保管者の所有物となっていた。そのためシルファが回収と呼んでいる行為は、世間では盗む扱いとされていしまっている。世の中は世知辛いものだ。


「まぁ過ぎたことは仕方ない。話を変えようじゃないか。もし次の依頼を無条件でこなしてくれるっていうんなら、お前さんを解放してやらんでもないぞ?」

「はぁ、はぁ……い、いいだろう。俺に出来ることであればやってやろうじゃねぇか」

「うん? なんでも?」

「『なんでも』とか言ってねぇからっ! 勝手に言葉を加えてんじゃねぇ!?」


 尾ひれのついた内容を、シルファは即座に否定する。カリアはつれないな、といった表情で首をすくめると、指を二本立てる。

「全く、冗談が通じない奴だな。お前さんに依頼したいのは二つある。一つはとある学園に、二冊目の禁呪書が保管されているとの噂があった。お前さんにはいつも通り、それを回収してきてほしい」

「それなら前と同じだから問題ないな。今回と同じように、手際よくこなしてきてやるさ。んで二つ目は?」

「どこが手際よくこなしてると思っているのか、この阿保は……二つ目は私の親友からの依頼からだ。親友の娘がそのとある学園に通っているのだが、ちょっとした問題児でな。魔術のコツってやつを教えて欲しいとのことだ。久しぶりの親友からの便りだから、無下に断ることなどできんのだ」

「え? ババァ、友達居たの? 引きこもりのババァに友達とか初耳なんだけど」

 軽口で返した言葉の後、ピキりとヒビが入るような音が聞こえたような気がした。その音は比喩表現であり、決して誰にも聞こえるものではないがシルファだけには確実に聞こえた。にっこりと笑うカリアが、やけに怖く見える。


「『赤説せきせつはここにありて、赤き獅子は、煌々と吼えろ』」

 人差し指をシルファに向け、三節のルーン詠唱スペルをカリアは口早に説く。すると指から爆炎が放たれ、シルファの目の前で爆発が起こる。家の壁が木っ端微塵になるほどの破壊力を持っており、辺りに粉塵と煙が舞う。

 黒い煙の中から、縛られている姿のシルファが勢いよく転がってくる。灰によって咳き込み、軍服は煤で所々が汚れ、いくらか服装が燃え落ちている。焦った表情でいたものの、特に目立った外傷はない。流石に頬や腕に軽度の火傷は負っているようであったが。


「あっちぃッ!? おいマジで殺す気か!? 俺じゃなければ死んでるぞ!?」

「それなら問題ないさ。お前さんが死にかけても、すぐに回復させることなぞ造作もないさ。ギリギリまで殺し、生かし、また殺してやるさ」

「それただの拷問だよな!? もう少し俺のことを心配してくれませんかねぇ!?」

 抗議の声を上げるものの、カリアは取り付く島もないようであった。青筋の入ったこめかみには、未だピクピクと痙攣していた。


 確かにカリアの外見こそは、誰が見ても『美少女』との言葉が当てはまるだろう。枝毛のない手入れされた紫紺の長髪に、引き込まれるような澄んだ蒼い目をしている。そのミステリアスな雰囲気を醸し出す中、これまた豪奢な紺のドレスでまとめられたその姿は、決して『ババァ』という言葉は当てはまらないだろう。

 しかし、それはあくまでも外見だけの話だ。シルファの知る限り、カリアと出会ってから数年は経過しているものの、今も昔も姿は全くもって変わっていない。見た目だけなら齢十四、五というところだ。今ではシルファの方が年上に見えるほどの若作り。魔術によって年齢を操作できるとの話ではあるが、詳細はシルファにとっても不明だ。


「それでなんでまた学園で魔術を教えないといけないんだ? 今のご時世、学園に入っていれば大体の基礎魔術なんて学べるだろ? その娘ってのはどこの学園だ?」

「アインソフオウル魔術学園だというところだ。主国マルクトの外れにある魔術師養成学校との話らしい」

「主国マルクトの魔術学園だと? 俺みたいな半端者が魔術を教えるほどではないと思うけどな……」


 その思考を予想していたのか、カリアは足を組み替え、言葉を続ける。

「魔術学園に入るには学力テストさえ通れば問題ないんだよ。その娘自身は相当の努力家ではあるが、残念ながら欠陥があるようでね。そこをお前さんが鍛え上げてほしいのさ」

「欠陥? 魔素エーテルに対して拒絶反応があるとかか? それとも魔術そのものが使えないとかか?」

「ご名答。その娘は魔術を使うことが出来ない、とのことだ。筆記自体の成績は優秀なため、なおさら教師たちも頭を悩ませているようだ」


 確かに学園に入るのは、魔術に関する知識だけがあれば問題ない。しかし魔術が使えないとなると、その後の進学に響いてしまう。丸一年使えないと認定されれば、即退学となるだろう。

「あと一月程度で新学年へと進級するための試験が始まる。だからお前さんにはそれまでの一月、その娘に魔術のノウハウについて身体に叩きこんでやってくれ。至極我儘なことを言ってるのは分かっているが、どうか頼む」

「頼む、とか言われるのは気色悪いな……いつも通り『やってこい』って言えばいいのに。何しおらしくなってんだよ?」

「だって、久しぶりの親友からの便りだし。私はここから出れないし、本当に困っているんだよ」

 両方の人差し指でツンツンとし、そっぽ向く。その様子は年相応の少女が拗ねた様にしか見えない。シルファはカリアに対し、苦言を漏らす。

「だったらもう少しは外に出ろよ。対人恐怖症ってのと引きこもりは二重にヤバいぞ?」

「うるさい。それが出来れば苦労しない」


 カリアは外見の稀有さもあってか、極度の人嫌いだ。そのせいか、今では初対面の人と視線を交わすだけですら億劫らしい。なんとも困った人物である。

 そんな当事者は椅子に座ったまま、文句をぶつくさ言いながら魔術を使い、爆破させた自宅の一部を元に戻し始めていた。見る見るうちに部屋の壁や家具が、時間を巻き戻したかのように元に戻っていった。

 それを遠目で眺めつつ、シルファは仕方なしといった表情で口を開く。


「あー、分かった分かった。その仕事、引き受けるよ。どうせ長くても一月なんだろ? 期限内に全部終わらせてしまうさ」

「そうか! それは助かる。ただしその依頼をこなすには一つ、条件があってだな」

「条件? 特に聞いていた話だと、条件なんてなさそうだけど」


 シルファが最後まで言い切る前に、視線の先に紙が数枚するりと落ちる。ちょうどよく全部の紙がばら撒かれ、シルファはカリアの方に目を向けると、読めと言わんばかりに顎でしゃくる。

 手の使えないシルファは、もぞもぞと身体を動かしながら紙の内容を確認する。書かれていたのは魔術を教える対象の娘の成績表、家族形態、趣味など様々な情報だ。

 シルファが特に目を通したのは成績表であった。筆記関連の試験は全て最高のAランクであり、逆に実技試験は最低のFランクだった。


「うっわ、確かにこの成績はある意味凄いな。頭はいいのに魔術が使えないとか、苦労してまでこの学園に在籍する意味あるのか?」

「それをなんとかするのが、今回のお前さんの仕事だ。あと、条件というのは最後の用紙、お前さんから見て一番右の紙に書かれているからな」

「へいへい。それよりも、早く解放してくれませんかね?」

「その条件を満たすようにした後に、な」


 渋々といった表情でシルファは最後の用紙といわれた紙に目を通す。その際、カリアが邪悪な笑みを浮かべていることにシルファは全く気付くことがなかった。

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