花籠

あんみつ

花籠 (2人用声劇台本)

女性2人で読む方が自然ですが、基本的に性別不問です。

配信等で読んでいただける場合は、お声かけいただけると励みになります。


〇ロータス

●リリー




 

●〈毎日身体のどこかが常に不自由で

  どれほど痛いのか、どのように悪化するのか治るのかを調べられている。


  長い間眠っていたり、突然目の前が真っ暗になったり。


  熱が出て体が思うように動かなくなり、目が覚めたら片方の目が見えなくなっていた。


  これは素晴らしいことなのだと、覚えていないくらい幼いころから教わってきた。

  選ばれた人間にしかできないとても誇らしい役目なのだと。〉


〇おはようリリー

●…おはようロー

〇まだ動けない?

●熱はまだあるけど…大丈夫、今日は動けそう。手も足も動く、耳も聞こえるし片目もまだ見える。

〇そっか、良かった



〇ずっと昔、まだここに来る前ね、籠いっぱいに花を摘んで誰かに見せたことがあったんだ

●うん

〇そしたらその人がね、

  『綺麗だね、ありがとう。でも今度また綺麗な花を見つけたときは、摘まずに

   その花たちが咲いているところまで連れて行ってはくれないか』

 って言ったんだ

●摘んではいけなかったの?

〇『花は野に咲いているから美しいんだ』ってその人は言ってたんだ

〇…だから、僕たちは花籠から出るべきだと思うんだ


●…外へ?

〇出なければ。出たいと思ったんだ。

 一緒に外へ逃げようよ。


〇出られたら、ね


●なんだ、もうびっくりした。

 でも、もし出るならローが先に逃げると良いよ。

 ローは私よりずっと大切に扱ってもらっているもの。

 毎日長い間、とても丁寧に研究室で検査してもらっているでしょ?

 私はもうボロボロだから、近いうちに死んじゃうんだろうな。

 「双子はスペアパーツになって便利だ」なんて

 この前、研究員の人達が話しているのを聞いたの。


〇パーツになんてさせないよ、死なせたりなんかしないよ。

 リリーは、死なないよ。


●ロー?

〇どうしたの?リリー

●私たち、これからもずっと一緒だよね?


〇…うん。もちろんだよ。


●〈いつからかローの心が読めなくなっていくような気がしていた。

  1年ほど前に来た研究員を、とても慕っているのではないかと思う。

  あの人が来てからローの何かが少しずつ変わってきている。

  心に色がついたような、きらきらと輝いているように見える時がある。

  このまま私だけが、置いて行かれるのではないかと時々不安になる。〉



〇ただいま

●おかえり、今日も遅かったね。

〇最近検査が長引くんだよ。熱は引いた?

●うん、明日からまた別の薬を試せるって

〇そうか…

●うん



●…!!

 停電だ…雷でも落ちたの…?

〇予備電源に切り替わったけど最小限の照明だね。


  始まるかもしれない。


●何が…始まるの…?

〇…

●何?この音、いろんな方向から一斉に。

〇医療機器のエラー音だよ。合図だ

●合図…?

〇脱出開始の、さて と

●何してるの!?

〇髪切ってるの、ハサミ盗んでくるの大変だったんだよ?

 ほら、これでリリーそっくりだよ。

●何を始めようとしているの…?

〇僕がリリーのふりをしてここに残るから、リリーは壁の通気口から施設の外へ逃げて。

 すぐ入れるように蓋のネジを緩めておいたから。

●…!

 …ずっと考えてたの?私一人がここから逃げ出せる方法を。

 何カ月も前からローが何かを考えているのは、なんとなく気付いてたの。

 …私は右目も治してもらえない使い捨ての存在なんだよ?きっともう中がボロボロで・・

〇それは違うんだリリー、使い捨てられるのは僕の方だったんだ

 僕の体の中はもうほとんどが人工のもので

 この研究所のような最新の設備と技術者が居ないと生きていけないんだ。

 リリーは僕よりずっと身体的に強くて外へ出ても十分生きていけるから

 わざと右目を失明させて放置してGPSと集音器付きの義眼を入れて監視しているんだよ。

●そんな…ローは全部知ってたのね。

 あの研究員さんから教えてもらったの?

〇そうだよ、ほんとに気づいてたんだね。

 全部あの人から外の世界の話や、リリーの目のこと、僕自身の体のことを教えてもらったんだ。

 僕とあの人を中心に、今日まで色々な計画をしてきたんだ。

 今日の今日までずっと黙ってきて本当にごめんね。

●…そっか。やっぱり、そうだったんだ。

〇ごめんね。どうしてもリリーを救い出したかったんだ。

 リリーは僕たちの希望なんだ。

●ローは、あの人と一緒に居たいんだね。

〇…リリーが生きていてくれるのなら、僕はもういいんだ。

 …そうだね。一つ欲を出すなら、最後まであの人のそばに居いたい。

●やっと話してもらえてホッとした。

 ずっと寂しかったんだ。ローの心が離れていく気がしていて。

 わかった、信じるよ。

 私、生きるよ。


〇義眼を僕に預けて

 ここから逃げて

 外へ出たら迎えが来ているはずだから、急いで


●ロータスきっとまた会えるよね


〇うん、きっと

 ウォーターリリーを探しに行くよ。



●〈通気口へ入ってからはもう必死だった。ペンライトと地図をもらったけれど正確に進めているのか確証なんてなかった。

  ただただ真っ暗な通気口の中を這っていった。〉


[ここからセリフ同時進行]

●出なきゃ…ここから…!  〇何かあったんですか?ローならさっき研究室へ向かいました。

●出なければ…!      〇私はここに待機して居ろと言われているので。はい…

●生きなければ…!


〇リリー。

 この研究所は、外へ出ようと思えば案外簡単なんだよ。

 外へ出ることを考えないように操られていただけなんだ。

 それに気づくのがもう何年か早ければ、

 僕も一緒に出られたのかもしれないな。


●〈なんとか外へ出ると。知らない人達が駆けつけて、そのままわけも分からず車に乗った。

  「助かった」と実感するまで数日かかった。

  私が外へ出て何日も経たないうちに研究所は解体されたらしい。


  ローも、あの研究員も、行方知れずのまま


  どうすることもできなかった私は、ただ生きた。

  陽の光を浴びて、学校に通って、

  たくさんの人と話をして、

  普通の一人の人間として、ただ生きた。


  数年後、私は花屋で働いていた。

  花を切らずに鉢植えのまま売っている様子を見ていて、何となく気に入って働き始めたのだった。〉



●いらっしゃいませ。…はい、マーガレットですね!ありがとうございます!

 お待たせしました。お気をつけてお持ち帰りください。


〇切り花が一つも無いんですね。どの花も生き生きしていて素敵。


●…え




〇ウォーターリリーを、探しに来ました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花籠 あんみつ @ahanmitsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る