44.王と少年


***


 部屋の窓から見える外は、深い闇だ。

 夜も更けたころ、静まり返った部屋で少年は、膝を抱えて椅子に座っていた。

 少年の翡翠色の瞳は、赤く充血している。

 泣いた跡がはっきりと残っていた。

 傍には大きなベッドがあり、そこに少女のような若い女性が眠っている。つい数時間前まで、血で汚れていた身体は侍女によって丁寧に拭かれ、服も着替えさせられていた。


「……また、スズさんに、助けられてしまった……」


 少年らしい声変わり前の声が、静まりかえっていた部屋に響く。

 命の恩人である女性を危険な目に遭わせてしまい、自分のふがいなさが情けなかった。今夜は眠らないで、一晩中見張りをしようとそう思っていた。

 女性の断続的な呼吸音を聞きながら、辺りを警戒していた、そのときだった。

 突然、部屋に黒いもやが現れて、そこから一人の男が姿を現した。

 その男は、この王国の王と呼ばれている人間で、少年は驚いて慌てて立ち上がった。


「へ、陛下……? どうしてここに……?」

「……まだ、いたんですか?」

 

 王は冷たい声と視線を、少年に向ける。

 まるで、汚物を見るかのような、酷く冷たい視線だった。


「出ていってくださいますか?」

「え? い、いやです……」


 何となく危険を感じて、少年は逆らってはいけない存在の王に向かって、思わず首を振っていた。

 その行為に、王はさらに不機嫌そうに眉根を寄せる。


「……聞こえなかったのですか? 早く出て行けと言っているんです」

「こ、ここは僕が見張りをしますから……っ! もう遅いですし今日は、お戻りくだ――」


 そこで、少年の言葉はとぎれ、姿は消えた。

 王が自身の能力で、少年を強制移動させたのだ。本来なら殺したいほど、少年を疎ましく思っていたが、眠っている目の前の少女に、殺さないでほしいと釘を刺されていたため、それは出来なかった。

 王は、少女に近づく。

 ベッド近くの床に膝をつけて、眠る少女の頬に、手を触れた。

 

「……ゴフェル。早く、思い出してください」


 王は、小さな声で祈るように、そう呟いた。

 夜が、明けていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る