六章.プレジュ王国
45.ミミズクさま
意識が浮上して、目を開ける。
まず視界に入ったのは、見覚えのある白い天井だった。
ここは、王宮にある自分の部屋だ。そう気が付いて、身体をゆっくりと起こす。
……なんか身体がだるい気がする。それに嫌な夢を見ていた気がするけど、思い出せない。最近こういうの多い気がするなぁ。
「え? な、何これ……」
部屋の異様な光景に気が付いて、思わず呟いてしまう。
部屋中に色とりどりのいろんな種類の花が咲き乱れている。鉢植えや花瓶が置かれているんじゃない。絨毯の上や壁から不自然に生えている。足の踏み場もないぐらい、みっちりと。
な、何が起きてるんだ、これ……。
「あ、起きちゃいました……。うう、どうしよ。ミミズク、知らない人、こわいのに……」
どこかから、か細い声が聞こえて、辺りを見回す。
けれど、部屋中に背の高い花があふれているせいで、姿が見つけられない。ベッドから降りて、花をかき分けながら声のした方へ向かい、声の主を探した。
……まるでジャングルを探検しているような気分だ。うう、いろんな匂いが混ざって気分が悪くなってきた……。本来ならいい香りなんだろうけど、これだけ種類が多いとさすがに気持ち悪い。
部屋の隅の方にある花をかき分けたとき、ようやく声の主の姿を見つけた。
金髪の巻き髪を持つ少女が、膝を抱えて隠れるように座っている。明るい茶色の目とばっちり合ったので、にっこりと笑いかけると、少女は勢いよく視線を逸らした。
「ひ、ひぃ……っ! こわいっ!」
「あ、す、すみません。驚かせてしまって。というか、あなたはもしかして、騎士の……?」
「あわわ、ミ、ミミズクは、名乗るほどの、ものじゃ、ないです……」
そう言われて、思い出した。
そうだ、この少女は騎士のミミズク様だ! モーガン様に呼び出されたときに、一度だけ会ったことがある。独り言がうるさかった、危なそうな少女だ。
ミミズク様は目を逸らしたまま、再び大量の花の中にもぐりこんでしまった。
あ、あれ……? もしかして私、嫌われてる……?
「あのっ! どうして、ミミズク様が私の部屋にいるんですか?」
「う、ぇっ! もしかして、覚えてないの、ですか……? あなた、サリエニティ共和国の人にさらわれて、逃げ出してきたでしょう……?」
そう言われて、やっと思い出した。
――そうだ。私は、メアとカルナさんにさらわれて、自分の左手を切断して逃げ出してきたんだっけ……。
詳細を思い出して吐きそうになり、口元を手で押さえる。
うう……我ながらよくあんな恐ろしいことができたな……。もう一回やれって言われたら絶対無理だ。もう二度とできない。
「そ、そうだッ! リオくんはッ!?」
思い出して、声をあげた。
夜の出来事がよみがえる。王様は殺さないって言っていたけど、本当に手を出さなかったんだろうか。あの怪しい王様のことだ、口約束をしただけかもしれないと不安になる。
しかし、すぐにミミズク様は控えめに口を開いた。
「リオって、あのレベル10のオオカミ少年ですか……? あなたのそばからずっと離れなかったので、今朝リリアさんに気分転換でもしてこいって追い出されて、どっか出かけましたよ……」
「ぶ、無事なんですかッ!?」
「ひぃ……! ぶ、ぶぶ、無事ですぅ……っ」
大きな声にびっくりしたのか、ミミズク様は悲鳴をあげて、さらに逃げていく。
はー……よかった。リオくん、殺されてなかったよ……。王様、ちゃんと約束を守ってくれたんだな……。
ミミズク様はぶるぶると身体を震わせながら、またひょっこりと花の間から顔を出した。
「は、話を、戻してもいいですか……? なぜ、ミミズクが、あなたの部屋にいるのかというと、あなたの目がなかなか覚めなかったので、オオカミ少年と女騎士が順番で見張りをしていたんですよ……」
「えっ! 私、どれぐらい眠ってたんですか!?」
「まる三日ぐらい、ですかね……」
「み、三日も!?」
そう言われて、かなり驚いた。
……そんなに眠ってたんだ。どおりで身体がだるいはずだ。
っていうか治癒能力者なのに、体力が消耗するなんてことがあるんだなぁ。怪我はすぐ治るから、関係ないと思ってた。
「それは……ご迷惑をおかけしてしてしまって、すいませんでした……」
ミミズク様に向かって、おずおずと頭を下げると、ミミズク様はくちびるをとがらせた。
「……いいんです。ミミズクは、心配なんて全然してなかったですから。それに本当は、ミミズク、見張りなんて、嫌だったんです……。モーガンさんに、言われたので、仕方なくやってました……」
ミミズク様は、消え入りそうな声でそうつぶやいて、また私に背を向ける。
ま、まずい。ミミズク様と、どう会話をしていいのか分からないぞ……。話の糸口を探すために、キョロキョロと辺りを見回して、ずっと不思議に思っていたことをたずねてみることにした。
「ところで、なぜ私の部屋はこんなに、お花まみれになっているんですかね……?」
そうたずねると、ミミズク様は一瞬だけちらりと私を見た。
「これは、ミミズクがあまりにも暇だったので、遊んでいました……。お見舞いには、お花がいいかなと、思ったのもあります……」
「え、遊んでたって、どういう意味ですか?」
「……これミミズクの、能力なんです」
ミミズク様はそう言って、袖から白い手を出した。
それからすぐに、さっきまで寝ていたベッドから、にょきにょきと植物が生えはじめる。茎が天井近くまで伸びて、つぼみが出て花を咲かせた。
何だこれ、すごい。
「植物を発生させる能力ってことですか? ミミズク様って、すごいですね……っ!」
興奮してそう言うと、ミミズク様は恨めしそうな表情で、私を見た。
「え、嫌味ですか……? こんなの、全然、すごく、ないです……。あなたの治癒能力の方がすごいですし、うらやましいです……。はぁ、ミミズクも治癒能力者に生まれて、大切に閉じ込められて、陛下とモーガンさんに、大事に大事にしていただきたかった……もう無理ですけど……はぁ……」
卑屈っぽいことを言われて、顔がひきつってしまう。
いやいや、この能力のせいで、どんだけ大変な目に遭ってると思ってるんだよ! あげられるならあげたいわ!
「こんな能力がうらやましいって……。さらわれるわ、利用されるわ、全然いいことないですよ……?」
「……でも、治癒能力者って、死なないんでしょう? ミミズクも、一生、陛下とモーガンの必要不可欠な存在として、おそばで生きたいです……」
ミミズク様にそう言われて、はっとする。
……あーそうだった。また嫌なことを思い出してしまった。
治癒能力者である以上、不老不死だって、メアに言われたんだった。うう……長生きできるのはいいことだけど、何百年も生きているのはどうなんだろう……? まあ悩んでも仕方ないし、もし死にたくなったら、そのとき考えればいいか……。もう考えるのが疲れるわ……。
それからすぐに、部屋の扉をノックする音が聞こえて、扉の方を向く。
扉はすぐにガチャリと開かれた。
「失礼します。まぁ、ミミズク様、またスズ様のお部屋をこんなにして……」
聞き覚えのある可愛い声に、口を開いた。
「あ、エリスちゃん!」
「ス、ス、スズ様っ!? お目覚めになられたんですのねっ!?」
エリスちゃんは、大きな紫色の瞳をさらに見開いて驚いて。さらさらの髪をなびかせながら、花をかき分けて私に近づいてくる。
美少女の背景に満開の花。
やばい、何て絵になるシーンなんだ。
「ああ……本当によかったですわ。なかなかお目覚めにならないので、心配しておりましたの……!」
「心配かけてごめんね。もう大丈夫だよ!」
「いいえ。ご無事でよかったです……」
エリスちゃんはそう言って、白い陶器のような手で、涙ぐんでいる目元をぬぐった。
心配してもらっているところ申し訳ないけど、相変わらず天使だな。つい口元がだらしなくゆるんでしまう。
「そうですわ。すぐに、お目覚めのお茶をご用意いたしますね! ミミズク様、申し訳ありませんが、お花を片づけてくださいますか?」
「ヒィィ……! ご、ごめんなさいぃぃ……」
ミミズク様が小さく悲鳴をあげてすぐ、部屋中に生えていた花がみるみる縮んで、やがて消滅した。見覚えのある部屋が現れて安心する。まだヘンな匂いがするけど。
「では、準備をしてまいりますね!」
エリスちゃんはそう言って、パタパタと慌てて部屋を出ていく。
ミミズク様は、部屋の角に膝を抱えて座って、小さな声でぶつぶつと呟きはじめた。うう……エリスちゃん、早く帰ってきてぇ……。
気まずい雰囲気でしばらく過ごしていたら、部屋の外からドタドタと荒々しい足音が聞こえてくる。それからすぐに、乱暴に扉が開けられた。
「スズッ!?」
「あ、今度はエルマー様!」
何でもないようにそう言うと、エルマー様は大きく息を吐いた。
どうやら、心配してくれていたらしい。いろんな人に心配かけちゃってたんだなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます