42.不老不死
メアの強い口調に、言葉が詰まる。
落ち着くために小さく息を吐いた。とにかく目的を聞きださなければ、交渉もできない。
「……誰か治したい人がいるってこと? ならすぐに治すよ。逃げたりしない。だから、それが終わったら、王宮へ帰して」
「――は?」
メアは軽蔑するように、私を見た。理解ができないっていう顔だ。
……なに? おかしなことは言ってない。むしろ当然の交渉のはずなのに。
メアは私に見せつけるように、わざとらしくため息を吐いて、手錠につながれている私の前に立った。
「この通り、僕は健康そのものだ。それに他人のことなんて、利用できる奴以外はどうでもいいし、助けたいとも思わない」
「……じゃあ、誰かの依頼で私をさらったの?」
「それも違う。この国はね、プレジュ王国みたいに、国ぐるみで治癒能力者を狙ってるわけじゃない。あくまで個人的に、あんたをさらった」
……プレジュ王国。もう一つの国のことだっけ。そっちは国家ぐるみで狙ってるのか。はじめて知った……。
馬鹿にするように私を見下しているメアを見上げる。
メア自身が健康で、治したい人がいないなら、どうして私を連れ去ったんだろう。意図が分からない。
「じゃあ、どうして私をさらったの?」
金銭目的とか、そういうことだろうか?
するとメアは、合点がいったかのように手を叩いて。それから、私を見て薄く笑いを浮かべた。
「……そうか。あんた、もしかして知らないんだ? この世界に来たばかりらしいもんね?」
「し、知らないって、何を」
「はは。質問ばかりする女は大嫌いだけど、特別に教えてあげる」
壁にもたれて、片手を封じられている私の前に、メアはしゃがみこんだ。
楽しくて、仕方がない、という表情をしていた。
「――不老不死になれるからだよ」
低い声で、そう告げられる。
「……ふろうふし?」
言われた言葉を、繰り返す。
メアは、呆れたような表情を浮かべた。
「そんなことも知らないで、治癒能力者をやっていたんだね。あんたみたいな馬鹿な女ははじめて見たよ」
メアの悪態が頭に入ってこない。
不老不死って、老いたり死んだりしないってこと……だよね。
混乱している私を楽しそうに眺めながら、メアはさらに言葉を続けた。
「あんたの国の王様もそうだろ? 希少な治癒能力者を見つけ次第さらって閉じ込めて、数百年も前から、老化を防いでいるのさ。だから今も、あんなに不気味で、美しい」
メアの言葉に驚く。
……王様が何百年も前から生きているのは、治癒能力者を監禁しているからだったんだ。
え、待ってよ。じゃあ、もしかして。
おそるおそる顔を上げてメアを見ると、メアは小さくうなずいた。
「あんたもそうだよ? もうほとんど不老不死。治癒能力者は年をとらないし、よほどのことがない限り死なないんだ」
「わ、私も……?」
「まぁ、死ぬ方法はたくさんあるんだけどね。例えば、マナ切れした状態で致命傷を負ったり、今みたいに、能力が無効化されている状態で攻撃されたりね?」
そう言って、メアは立ち上がって、楽しそうに私を見下ろした。
「そうだ。試してみようか」
「ちょっとぉ……! メアってば、あんまりスズさまにいじわるしないでよ! それに、殺すなんて絶対だめだよ!」
離れたところにいたカルナさんが、慌てて駆け寄ってくる。
メアは不機嫌そうに振り返った。
「なんで?」
「だって、あのスズさまだよー? スズ様は治癒能力者ですっごい人でしょ? だから殺すなんてだめだよ~」
「ただの女だろ? こうして簡単にさらわれて、何もできない哀れな女。まぁ残念だけど、殺さないよ。僕が不老不死になるためにさらってきたんだし」
メアは吐き捨てるように言った。
うつむいて、くちびるを噛む。不老不死のこととか、これから自分がどうなるのか、とか。そんなこと、今はどうでもよかった。
そんなことより、心を占めている心配がある。
私はもう一度、顔を上げた。
「……お願い、王宮へ帰して。私が帰らないと、私を守っていた一人の男の子が殺されてしまうかもしれない」
「は? 何言ってんの? 知らないよ、そんなの」
「し、信じてもらえないかもしれないけど、絶対にここに戻ってくるから! あなたの言うことを聞くよ。だから、お願い。今は王宮に帰して!」
自分でも難しい交渉をしている自覚はあった。それでも、言わずにはいられなかった。だって他に方法がないんだ。
メアの表情が不機嫌そうにみるみる歪んでいく。
赤色の瞳が軽蔑したように、私を睨んだ。
「……今まで何度も馬鹿な女だと思ったけど、今が一番そう思ったよ。僕がそんな話を信じると思うの? そもそもあんたを逃がして、僕に何のメリットがあるんだ。そんなガキ一人の命、心底どうでもいいよ。大体さ、何であんたにとっては敵である僕らに頼ろうとするわけ? 何とかしたいなら、自分で何とかしろよ」
メアが苛立たしげにまくしたててくる。
……本当にそうだ。
メアの言うとおりだと思った。
どうして、敵であるメアに救いを求めようとするんだろう。
私が。私自身が、自分で何とかしないと、ここからは、逃げ出せないんだ。それにようやく気がついた。
片手を壁につながれたまま、私は大きく息を吸い込んだ。
覚悟を決めた。
とてつもなく勇気と度胸が必要な、覚悟を。
「……根性出せ、鈴木……リオくんの命が賭かってるんだ……」
二人に聞こえないような、小さな声で呟く。
この能力無効の手錠から逃れる手段は、一つだけあった。
メアは気が付かなかったみたいだし、カルナさんは忘れているみたいだ。
「――どうせ治る。どうせ治るどうせ治る治る治る……」
落ち着くためにぶつぶつと呟くと、メアはまた、馬鹿にするような視線を向けた。
「ついに頭がおかしくなっちゃったの?」
その言葉に、答えなかった。
もう一度、大きく。大きく息を吸った。
多分、今まで生きてきた中で、一番緊張してる。
心臓がこれでもかってぐらい、早く動いていた。
怖い。怖い。すごく怖い。
こんなこと、絶対にしたくない。嫌だ。
この手錠を外してほしい。誰か助けにきてほしい。
でも、それは叶わないんだ。ここには私しかいない。だから、私がやらなきゃいけない。だって私はリオくんを死なせたくない。面接のとき、私も守るって決めたんだから。
王宮の制服のポケットにある、わずかな重み。それをしっかりと感じる。
ポケットの中には、折り畳み式のナイフがある。カルナさんにもらった、血で出来た真っ赤なナイフ。肉も骨もよく切れると言っていた。
拘束されていない右手で、素早くナイフを掴む。
刃先を出して、拘束されている左手を。
私は、思い切り切断した。
「――……ッッ!」
意識が飛びそうになるぐらいの激痛。その後すぐに、真っ赤な血が噴き出して、服や壁を汚した。
「……ッ、ぐ……ッ!」
意識を持っていかれないように、歯を食いしばる。
手錠から解放されて、私の左手はみるみる再生していく。突然のことに驚いたのか、メアもカルナさんも、目を見開いて動けないでいるようだった。
すぐに亜空間から武器を取り出す。
ファヴァカルターで買った、武器の一つ。ハンマーのような大きな鈍器を取り出して、大きく振りかぶる。
それで、ためらいなくカルナさんを殴った。
カルナさんは呻いて、その場に倒れる。血を流しているけど、死んではない。こんなことをされても、命まではとりたくなかった。
すぐに、メアに向き直って地面を蹴る。
鈍器を大きく振りかぶった。
「……嘘でしょ。あんた、普通じゃないよ。やるじゃん。見直した」
鈍器が当たる直前、メアはそう言った。
鈍い音と共に、メアの身体も床にくずれおちた。
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