38.あの馬鹿


 心臓がばくばくと早鐘をうっている。

 何をされて、何が起きたのか、全く分からなかった。

 開始の合図とほぼ同時に、派手な音が聞こえて、気が付いたらリリア様に馬乗りになられていた。

 上品なレースのワンピースから出ている生足に身体を絞められて、首に片手が回されている。ここまでマウントをとられていたら、実戦じゃ致命傷を負わされているだろう。

 リリア様はぺろりとくちびるを舐めて、得意気に笑った。


「頭の中で反省会したかなー? よーし、じゃあもう一回ねー!」


 甘い声でそう言って、リリア様は私の身体から退いた。

 私もゆっくりと身体を起こして、立ち上がる。

 ……リリア様は何の能力者なんだろう。早すぎて、全然分からない。


「あの、リリア様は、何の能力者なんですか……?」

「ふふっ、ナイショ。それ言ったら、訓練にならないでしょ? これからスズちゃんを襲う人たちが、襲う前に能力を教えてくれると思うの?」


 リリア様はいじわるな口調でそう言った。

 うう、正論だ……。

 もう一度、リリア様と対峙する。さっきはちょっと、攻撃するのを躊躇ちゅうちょしてしまった。殺すつもりできて、なんて言うから驚いてしまったんだ。

 ――今度は思いっきりいってやる。


「――はじめッ」


 ライカナ様の声が再び響いて、すぐに移動能力でリリア様との距離を詰める。

 よし、今度は使えた。目前に、リリア様がいる。素早く亜空間から剣を取り出す。切りつけようとして――。


「――がはっ!」


 また、気が付いたら床にたたきつけられていた。

 身体の上に乗られて、首に手をまわされている。うう、全然だめだ……。

 それから何戦かしたけど、一度も攻撃を当てられない。瞬間移動ですぐにリリア様との距離を詰めているのに、素早さで負けるってどういうことなんだ……。


「うう、ちょっと休憩していいですか……」

「えー! だらしないなあ、スズちゃん!」


 連戦ですっかりバテてしまって、地面に倒れこんだ私を、リリア様が呆れた顔をして見下ろしている。

 リオくんは遠くから心配そうに見守ってくれていた。情けないところばっかり見られて、ちょっと恥ずかしい。

 そのとき、両腕を組んで、黙って見ていたライカナ様が、長い黒髪をひるがえして、私に近づいてきた。

 地面に倒れこんでいる私を見下ろして、口を開く。


「……お前は戦い方がだめだな」


 ライカナ様は、きっぱりとそう言った。

 すぐに身体を起こして、首をかしげる。


「戦い方ですか?」

「基本的にお前の能力は、戦闘に向いてない。それをお前は全く理解していない。まず自分がクソみたいに弱いことを自覚しろ。話はそれからだ」

「えぇ……」


 綺麗な顔でひどい言いぐさだな……。思わず、顔が引きつってしまう。

 ライカナ様は、さらに話を続けた。

 

「いいか、スズ。戦闘に向いていない能力で、真っ向から飛び込んで攻撃しようとするから、返り討ちに遭うんだ」

「うーん。じゃあ、どうしたらいいんですか?」

「本当の戦闘の場合は、まず逃げろ。とにかく逃げることに集中しろ。戦おうとするな。そして今回の訓練のように、強い能力者と避けられない戦闘になった場合も、逃げろ。とにかく逃げろ。攻撃を避けることにだけ集中しろ。それから隙をうかがって攻撃する。お前の戦い方はこれしかない」

「な、何か情けない戦い方ですね……」


 げんなりしつつも、妙に納得してしまった。

 たしかに私の能力は保守型だし、リリア様みたいな攻撃型の能力者と、真っ向から戦っても勝てないよね……。


「ちょっとライカナっ!」


 ライカナ様との会話を聞いていたらしいリリア様が、頬を膨らませてこっちに近づいてくる。


「もー教えちゃだめじゃんっ! こういうのは、自分で気が付かないとだめなのにっ!」

「本来ならそうだろうが、スズには時間がない。すぐにでも奇襲されて、戦闘になる可能性があるからな」

「たしかにそうだけどー! もースズちゃん、甘やかされてるなー!」


 リリア様はぷりぷり怒っている。

 うう、楽して教えて頂いてすみません……。

 でも、ライカナ様に教えてもらったおかげで、動き方に迷いがなりそう。思えば、モーガン様と戦ったときだってそうだった。避けて、避けて、隙を見て攻撃する。情けなくても、これが私の戦い方なんだ。


「よし! リリア様、もう一回いいですか?」

「いいよ。戦い方を覚えたから、今度は怪我させちゃうかも。先に謝っとくねー?」


 物騒なことを言われてどきっとする。

 慌てて首を振った。動きに迷いが出るから、余計なことは考えないようにしよう……。

 リリア様と再び対峙する。真っ直ぐに、リリア様を見据えた。


「――はじめッ」


 ライカナ様の少し低い声が響いて、すぐに瞬間移動をした。

 今度は、距離を詰めるためじゃなくて、距離をとるためだ。

 移動した瞬間、元いた場所にリリア様が手を伸ばして、空振りしていた。なるほど、さっきまでこれでやられていたんだな……。

 リリア様は、次々に私との距離を詰めようとする。私は、縦横無尽に瞬間移動を繰り返して、そのたびにリリア様が空振りをする。うう、ギリギリで避けてるってかんじだ。


「うーん! やっぱり移動能力者は、逃走力あるなー。しょーがないっ! 攻撃いっちゃうぞー?」


 リリア様が楽しそうにそう言って、すぐに激しい爆発音が聞こえた。


「熱……ッ!」


 瞬間移動で現れた瞬間、熱風が襲ってくる。

 そうか、リリア様の能力は、爆発を起こす能力なんだ。うわぁ、殺傷力やばすぎでしょ……。

 爆発が容赦なく次々に放たれて、たまに身体にかすって再生する。一瞬だけどめちゃくちゃ痛い。このままじゃ防戦一方だ。

 隙を見て、亜空間から剣を何本も取り出す。それをリリア様に向かって投げた。


「そんなんじゃ当たらないよっ」

 

 リリア様は楽しそうにそう言って、投げられた剣を爆発の風圧で次々に落としていく。本当に当たる気がまるでしない。

 このままじゃだめだ。

 瞬間移動を続けながら、方法を考える。


「そうだ……っ!」


 思いついて、つぶやく。

 成功する確率は二分の一。それも、成功したらあとで謝り倒すことになるけど、一か八かやってみよう。


「――バロン、きて!」


 移動能力を使用して、現れる瞬間にバロンを召喚する。

 すぐに真っ黒な亜空間から、嬉しそうな表情のバロンが現れた。


「もー! スズ、呼ぶの遅いよ――ブベッ!」

「げっ、間違えちゃったっ!」


 リリア様がバロンを床にたたきつけながら、そう叫んだ。うう、ごめんバロン! おとりにしちゃった!

 でもこれで、やっとリリア様に隙ができた。

 亜空間から素早く剣を取り出して、リリア様に向かって投げた。


「……っ!」


 けれど、リリア様は寸でのところで、剣を避ける。からん、と剣が床に落ちた。

 逆に隙だらけになった私との距離をあっという間に詰められる。気が付いたときには、また床に倒されてしまっていた。

 頼みのバロンは、目を回して床でのびている。

 いいところまで行ったけど、失敗してしまった。うう……バロン、まじでごめん。


「スズちゃん、すごーい!」


 リリア様がはしゃいだ声をあげた。よく見ると、頬に薄く傷を負っている。私が投げた剣がかすっていたらしい。


「もしかしてその傷、私が負わせた傷ですか? ご、ごめんなさい、すぐ治します!」

「うん、後で治してねっ! それより、今のはなかなかよかったよ! このリリアに傷をつけられるなら、大抵の相手は倒せるね。安心安心っ」


 浮かれたようにリリア様がそう言う。

 傷を負わせてしまったっていうのに、ニコニコとうれしそうだ。


「スズちゃんってさぁ、見た目と違って、めちゃくちゃ度胸あるよね。普通の女の子なら尻込みしちゃって、攻撃すらできないんだけどね。そういう子、大好きー!」

「あ、ありがとうございます。うれしい、えへへ」


 全く相手にならなったけど、それでもリリア様は褒めてくれて、うれしくなる。

 リリア様は私の身体から退いて、手を引いて起こしてくれた。


「ねーねー! エルマーのクソバカの部下なんてやめなよー! 私の部下にならない?」

「へ?」


 突然言われたリリア様の言葉におどろいて、首をかしげた。

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