37.マナ修練所
「……マナ、修練所?」
どこかで聞いたことのある言葉を言われて、首をかしげてしまう。
目の前にいるリリア様は、にぱっと無邪気に笑って、私の手をがしりと掴んだ。
「質問は受け付けませーん! いいから行くよーっ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! この襲ってきた人たちは、このままにしといていいんですか?」
「ああ、こいつらの始末なら、さっきカノンの鳥ちゃん飛ばしといたから、すぐに誰か来るでしょ。完全にノビてるし、大丈夫大丈夫ーっ!」
リリア様は何てことなさそうに、笑って言った。
え。このままにしといて、本当に大丈夫なの? リリア様適当だなぁ……。
それにしても、と倒れている男の人を見る。
顔面に焦げたような黒い跡がある。あまり直視できないぐらいには痛ましい傷だ。
リリア様があの一瞬でやったんだろうけど、一体どんな能力なんだろう。この傷痕を見るに、きっと攻撃系のえげつない能力なんだろうけど……。
リリア様は、今度はリオくんの方を向いて、にっこりと笑った。
「ねーリオちゃん! 大きい狼に変身してよ。グリモワールまで私たちを乗せてくれない?」
「あ、えっと、あの……」
リオくんは突然現れた騎士相手に、どうしたらいいのか分からないのか、視線を泳がせている。
このまま困らせるのもかわいそうなので、私はリオくんに向かってうなずいた。
「リオくん、お願いできるかな?」
「は、はいっ! あの、騎士のみなさま。危ないので、しっかり掴まっていてくださいね」
リオくんはそう言って、すぐに大きな狼に変身した。
乗りやすいようにその場に伏せて、じっとしている。何度見ても、この光景はかわいい。
「よーし! じゃあ、リオちゃんの背中に、おじゃましまーすっ!」
リリア様は明るくそう言って、ためらいなくリオくんの背中に乗る。ライカナ様もそれに続いた。
私も、慌てて地面に置いていたパンの紙袋を拾って、背中に乗る。
リオくんはゆっくりと立ち上がって、走りはじめた。
「おーっ! はやーいっ! リオちゃんすごーい!」
リリア様は浮かれた声を上げた。ライカナ様は黙ったままだ。
「あれ、スズちゃん、それなにー?」
「あっ、ちょっと!」
突然、持っていたパンの紙袋を奪われてしまう。リリア様は悪戯っぽく笑った。
「パンだ! ちょうど小腹がすいてたんだーっ! いただきまーすっ! うーんっ、庶民の味だけど、なかなかおいしーっ! ライカナも食べる?」
「うむ、頂こう」
「え、ちょっと……あの……」
そう言って、二人は次々にパンを食べはじめた。
……え、何でこの人たち、私のパンを勝手に食べてるんだろ。
でもさすがに騎士相手に異論を唱えられなくて、次々に食べられていくパンを横目に黙っていることしかできなった。うう、ミリアちゃんのパンが……。
やがて風景が、グリモワール特有のメルヘンな景色に変わっていく。
リオくんは水の門の前で止まり、変身を解いて人間の姿に戻った。
リリア様はパンを食べながら、首をかしげる。
「あれー? どしたの、リオちゃん。狼のまま、中には入らないの?」
「あの、僕、グリモワールに行ったことがないんです。ですから、狼の姿で入ったら街の人たちをびっくりさせてしまうと思うので……」
「あーなるほどね! 了解了解っ! じゃあ、次スズちゃん! マナ修練所まで連れてってー!」
リリア様はそう言って、私の腕をがしりと掴んだ。ライカナ様も無言で私の肩に手を置く。移動能力で連れていけということだろう。……いいように使われるなあこの能力。
相変わらず目を泳がせているリオくんに、にっこりと笑った。
「リオくん、私の手をとってくれる? 連れてくから」
「は、はい……じゃあ、お願いします」
リオくんはおずおずと私の手を握った。
移動能力で、マナ修練所へ向かう。一度、エルマー様に案内してもらったことがあるから、位置は何となく覚えてる。
数分ほど移動すると、目的地が見えてきた。
とてつもなく大きな水玉に包まれた、お城のような洋館が宙に浮いている。改めて見ると、非現実感がすごい。
大勢の人たちが、マナ修練所を行き来している。
私たちも、洋館の入口に足をつけた。
「よーし着いたね。中に入るよーっ」
そう言ったリリア様の後に続いて、マナ修練所の中へ入る。
大きな扉を抜けてた先は、広い廊下だ。高級感あふれる赤色の絨毯が引かれていて、等間隔にバラのような派手な花が生けられている。
しばらく進むと、道が二手に分かれていた。ほとんどの人が右手の道に進んでいくので、何も考えずに右に行こうとしたら、リリア様に腕を掴まれた。
「スズちゃーん、そっちじゃないよー?」
「え? でも、みんな右の道行ってますよ」
「んふふ! 右はね、マナを回復したり、増やすところへいく道だよ。私たちが行くのは、左の戦闘訓練場ーっ!」
楽しそうに言われて、思わず身体が硬直した。
「……え、戦闘訓練場?」
「そうだよーっ! スズちゃんくっそ弱いからさぁ、私たちが鍛えてあげようと思ってー!」
「い、いやいや、そんないきなり言われても! 何の準備もしてないですしっ」
慌てて首を振ってしまう。
そりゃ、自分一人でも戦えるようになりたいとは思ってたけど、さすがにいきなり言われても、心の準備が……。
けれど、リリア様はそんな私を見てか、大きなため息を吐いた。
「スズちゃん。襲われるのは、いつだって、いきなりなんだよ?」
「うっ、まあそうですけど……」
「たしかにリオちゃんはすっごく強いけど、能力には相性ってものがあるの。相性が悪い能力者だってこの先出てくるよ。それに奇襲や、だまし討ちとか、不安要素はいくつもある。スズちゃんが戦えないままだったら、もちろんさらわれる危険性は上がるよね? そうなったとき、リオちゃんは重い罰を受けちゃうらしいじゃん。それでもいいの?」
「それは絶対に、だめですっ!」
痛いところを突かれて、首を振った。
リリア様は、満足そうににっこりと笑った。
「でしょ? それに、さっきヴィラ―ロッドで襲われたとき、敵に向かっていったのも、自分一人でも戦えるようになりたいからでしょ?」
「そう、です……」
「よーしっ、決まりっ! 行くぞー、戦闘訓練場っ!」
リリア様は長い髪をひるがえして、はしゃいだ声をあげた。
……てかリリア様、まさかそのワンピース姿で戦闘するつもりじゃないよね? それじゃパンツ見えないか……?
リリア様の後に続いて、豪華な廊下を進んでいく。
人はまばらにしかおらず、いるのは屈強そうな男性ばかりだ。こっちは女と子どもしかいないから、すごく浮いてる気がする……。
やがて広い場所に出て、足を止める。
直径三十メートルぐらいの空間がある。平らに研磨された石の床が敷かれていて、目をこらすと透明な壁が見えた。
「ここだよ。透明な防御壁が張られているから、派手に暴れても大丈夫なんだ。訓練場は三か所あるんだけど、空いてるしここでいっか!」
リリア様はそう言って、すたすたと訓練場へ入っていく。
やっぱりそのワンピースで戦うつもりなんだ……。違う意味でハラハラしてしまいそうだよ……。
「スズちゃん、おいでー?」
「は、はい!」
呼ばれて、おそるおそる中へ入る。リオくんが不安そうに私を見ている。うう、私も不安だよ……。
「殺すつもりで来ていいよ」
対峙しているリリア様に、物騒な言葉を言われて、ぎょっとする。
「えっ、いや、それはさすがに……」
「大丈夫。それぐらいじゃないと、相手にならないから。ライカナの掛け声を合図に戦闘開始ねー? ライカナ、おねがーい」
リリア様の声に、ライカナ様は小さくうなずいた。
そこまでナメられると、さすがにちょっとやる気になっちゃうぞ! 私だって、ダンジョンでネクロちゃん倒したり、巨獣……は倒せなかったけど、撤退させたりしたんだから!
悪いけど、リリア様はめちゃくちゃ隙だらけだ。ワンピース姿で仁王立ちして、腕を組んでいる。
私は腰に差している剣に手を添えた。
「――はじめッ」
ライカナさんの声が響いた。
すぐに移動能力で距離を詰めようとする。
しかし合図の声と同時に大きな爆発音が聞こえて、一瞬で目前にリリア様が現れた。
「え……?」
すぐに顔に手を押し付けられて、そのまま身体を床に倒される。気がつくと、背中が床についてリリア様に組み敷かれていた。
「はい、おわりー! 殺すつもりで来てって意味、分かったー?」
私の身体に乗ったリリア様は、にっこりと笑って、そう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます