35.王宮の意図
「失礼します!」
「し、失礼しまーす」
リオくんの後に続いて、騎士たちが集まっているという部屋に入る。
初めて入る部屋だ。この間、リオくんの面接をした部屋とは違う。
部屋の中は広く、中心に派手な円卓が設置されている。
そこに騎士と思わしき三人が座っていて、一斉に私たちの方を向いた。
「こんにちは、スズと申します!」
とりあえず、騎士の方々にあいさつをして、深くおじきをする。
モーガン様以外は、初めて見る方々ばかりだ。
男性が一人と女性が一人。面接のときに会った方々と合わせたら、全員で七人だから、これで騎士全員に会ったということになる。
「君がスズ? はじめまして!」
突然、一人の男性が席を立って、私へ向かってくる。
さらさらの青髪に、海のようにきれいな青眼の若い男性だ。その人は私の前で立ち止まって、にっこりと笑った。
「僕はね、テッドシーっていうんだ! これから同じ騎士として、よろしくね。あ、奥に座ってる独り言がうるさいあの女の子は、ミミズクだよ!」
「テッドシー様に、ミミズク様ですね。よろしくお願いします!」
テッドシーと名乗った男性騎士に向かって、慌てておじきをした。
独り言がうるさい、と言われていたミミズク様は、大きな円卓の一番端っこに、膝を抱えて座っていた。金髪の巻き髪を持つ可愛らしい少女だけど、目を合わせようとせず、小さな声でぶつぶつと独り言を言っている。何か危なそうな子だなぁ……。
「突然呼び出しちゃって、ごめんね。モーガンが、どうしても君に話したいことがあるって言うからさぁ。あ、昨日早速襲われたんだって? 大丈夫だった?」
テッドシー様に軽い口調でたずねられたので、大きくうなずいた。
「はい。部下になったリオくんが、すぐに対処してくれたので、何ともありません!」
「えーなんだそっかー。まあそれはよかったね! 君に何か遭ったら大変だもんねー?」
テッドシー様はそう言って、へらへらと笑っている。
……何か、チャラそうな人だな。ちょっと苦手かもしれない。
「――テッドシー、ちょっと静かにしてくれないか。あと、席に戻れ。スズちゃんに話ができない」
「はーい! モーガンに怒られちゃった! 退散しまーす!」
テッドシー様は悪びれた様子もなく、笑顔で元の席に座る。
私も空いている席に座り、リオくんは私の隣に座った。
モーガン様は私を見て、優しい笑みを浮かべた。
「じゃあ、話をはじめようか。スズちゃんに来てもらったのはね、スズちゃんにも、聞いてほしいことがあるからだよ」
「……聞いてほしいこと? なんですか?」
こんな仰々しい部屋で、お偉い騎士たちが、私に直接伝えたかったこと。
……多分、昨日襲撃されたことについてだと思うんだけど、何にしろ、マトモなことじゃなさそうだ。聞く前から、げんなりしてしまう。
「昨日、スズちゃんが隣国に襲撃された件だよ」
「やっぱりそのことですか……」
ぐうう……やっぱ、自由になった初日から出かけたのは、まずかったかなぁ。
まさかとは思うけど、外出に制限がかかったりしないだろうな。制限だけならまだしも、禁止とかになったらどうしよう。絶対抗議してやる……!
「昨日、スズちゃんを襲った二人組はね、隣国のサリエニティ共和国の人間だったよ。組織性はなく個人的に治癒能力者を狙ったらしい。俺が吐かせた情報だから、間違いない」
「は、吐かせた……? へ、へぇ……そうですか……」
物騒な言葉が聞こえたけど、とりあえずスルーした。
モーガン様怖すぎ……。あの二人大丈夫なんだろうか。敵ながら心配してしまう。
モーガン様は、引きつっているだろう私の顔をじっと見て。
それから、強面の顔で微笑んだ。
「怪我はなかったかい?」
そうたずねられて、すぐに大きくうなずいた。
「はいっ! ヒヤッとする間もなく、リオくんがすぐに対処してくれたので、傷ひとつありません! リオくんは本当に頼りになるんですよっ!」
面接のとき、モーガン様はリオくんを部下にするのをためらっていた。だから、リオくんのおかげだってことを、大げさに言ってみる。
すると、モーガン様は優しい笑みを浮かべたまま、今度はリオくんを見た。
「リオ、昨日はよくやったね。突然の襲撃だったのに、迅速な対応だった。経験が無く不安だと言ったことを撤回するよ」
「あ、ありがとうございます……。でも、当然のことですから……」
急に話をふられたリオくんは、戸惑いながらそう言った。
すると、モーガン様は待ってましたと言わんばかりに笑って、大きくうなずいた。
「そうだよ。リオには悪いけど、当然のことだ。それが、君の仕事だからね」
手の平を返したような発言に、眉をひそめる。
何だよ、いきなり感じ悪いなあ……。
モーガン様は、口元に笑みをうかべたまま、再び口を開いた。
「万が一にも、スズちゃんの身に何かが起きていたら、リオの命では責任がとれないぐらいだ。スズちゃんの護衛役というのは、それぐらい重い役目なんだよ」
「……何が言いたいんですか?」
あまりの言いぐさに、モーガン様といえどイラっとして、つい強い口調で聞き返してしまう。
モーガン様は気を悪くした様子もなく、表情を変えなかった。
「さっきも言ったけど、昨日のリオの行動は手柄でも何でもない。当たり前だということだよ。これをスズちゃんにも理解してほしかった。だから、ここに君を呼び出したんだ」
「……まだ何が言いたいのか分からないです。はっきり言ってください」
「じゃあはっきり言うよ。今後スズちゃんに、もしものことがあれば、リオには相応の罰を受けてもらう。命はないと思ってもらっていい」
「――は?」
嫌悪感に顔が歪んだのが、自分で分かった。
冗談でもそんなことを言う神経が分からない。
けれど、円卓に座る騎士たちの表情に変化はなく、テッドシー様なんかは、楽しそうにニヤニヤと笑って、私を見ている。
……まさか、冗談で言ってるわけじゃないの?
そう気が付いて、傍にいるリオくんを見た。
リオくんは、少し困った表情を浮かべながらも、私にむかって微笑んでみせた。
きっと一人で呼び出されたときに、同じ内容を聞かされていたんだろう。
「……いやいや、何を言ってるんですか……? え、嘘でしょ……?」
あまりの内容に、混乱して何を言ったらいいのか分からない。
「スズちゃん。君は、この世界で極めて希少な治癒能力者なんだ。しかも確認されている中で、レベルも一番高い。本来なら、外出など絶対に許されない。王宮で厳重に保護されるべき存在なんだ」
「で、でも、王様が直々に外出を許可してくださったんですよ!」
「そう……なぜだかは分からないが、君は特例で騎士となり、陛下と召喚契約をして、護衛と同伴なら、外出を許可されている。他の治癒能力者は外出を禁じられているのに、君だけは他の能力値が高く、身を守る手段があるという理由だけで」
モーガン様は一度そこで言葉を切る。
それから、今度は厳しい目で私を見た。
「スズちゃん。君には自覚が足りない。君は現在、最もレベルが高い治癒能力者で、我がティルナノーグ王国の宝なんだ。その宝をみすみす他国に奪われるようなことがあれば、その護衛役は罰せられる。当然のことだろう?」
モーガン様のあまりの言葉に、勢いよく席を立った。
椅子が音を立てて倒れたけど、かまってなんていられなかった。
「いやいや、当然なわけないでしょ? ちょっと待ってくださいよ! 万が一、私が他の国の手にかかったとして、そこでリオくんを罰しても、解決にはならないでしょう? 罰する意味が分かりませんよ!」
「意味ならある。君に何かあれば、もちろん我々は迅速に君を取り戻す。当然ながら、リオは君の護衛から外れて、新しい護衛を雇うことになる。そのときに、また半端な覚悟を持った者に集まられても困るんだ。それが万が一のとき、リオを罰する理由だ」
モーガン様は神妙にそう告げる。
――絶対に、ちがう。
この人は、嘘をついている。直感で、それが分かった。
「いいかい。リオがスズちゃんの護衛を遂行すれば、罰などないんだ。ただ、俺たちはリオに、覚悟を持って、やってもらいたい。それを伝えたいだけだよ」
……何かが。何かがおかしい。
そう思った。
だってこれじゃまるで、リオくんの存在が邪魔で、あわよくば殺したい。そう思っているみたいだ。それぐらいおかしいことを言っている。
「――はい、大丈夫です。はじめから覚悟はできています。スズさんにもしものことがあれば、どんな罰でも受けます」
絶句している私の隣で、リオくんの凛とした声が響いた。
驚いて、リオくんを見る。
「スズさん、僕は大丈夫ですよ。元々、スズさんに助けてもらった命ですし、惜しくありませんから」
リオくんは、まるで覚悟を決めたような表情で、そう言った。
どうしてだろう。
そのとき私は、とてつもない胸騒ぎを感じていた。
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