四章.意図
34.エルマーの意図
「……はぁ。あいつすげーな」
ヴィラ―ロッドで襲撃された、翌日の昼下がり。
エルマー様は、人の部屋のソファに、だらしなく寝そべりながら、ぼけっとした表情でそうつぶやいた。
つい先ほど、唐突に私の部屋に来たエルマー様は、大量の書類処理を私に押しつけて、自分はソファでだらだらと過ごしている。
……本当に、絵に描いたような駄目な上司だな。
大体、同じ騎士になったはずなのに、相変わらず仕事を押し付けてくるっていうのは、どういうことなんだよ。
しかし私は、エルマー様に何も言えない。
なぜなら、大量の武器の代金を立て替えて頂いたという恩があるからだ。なので、ときどき恨めしい目で見ながら、ひたすら大量の要望書に承認のハンコを押し続けることしかできなかった。
部屋の窓から見える空は明るくて、天気もいい。
絶好のおでかけ日和だけど、さすがに昨日襲撃されたばかりで、出かけるような気分になれなかった。まぁ事務作業をするには、ちょうどよかったのかもしれない。
「……お前も、そう思わね?」
寝そべったままのエルマー様にたずねられて、うなずいた。
「リオくんのことですか? すごかったですね。本当に心強いですよ。しかもいい子だし」
そう答えると、エルマー様は少しうめいた。
多分、昨日襲撃されたとき、リオくんに出遅れたことが悔しいんだと思う。エルマー様、負けず嫌いそうだし、何となくわかる。
でも、リオくんは本当にすごかった。
まず、ためらいもなく二人の敵の両足を破壊して、立てなくさせた。
それから、敵が着ていた服を能力で変化させて、縄代わりに拘束。ここまで、十秒もかかってなかったと思う。あまりのためらいのなさに、ちょっとだけ、怖いと思ってしまったぐらいだ。
その後、てきぱきとカノン様にもらった8号くんを飛ばして、王宮に連絡。すぐに王宮の兵士が来て、他国の二人はあっという間に投獄された。
「はぁ……やっぱレベル10ってすげーな。さすがの俺も、あんなバケモノたちには勝てる気がしねーわ。昔は俺も敵なしだったのに、なんでこんなことになってんだろ……」
エルマー様がめずらしく弱気なことを言ったので、驚いて顔を上げる。
「あれ、エルマー様らしくないですね。謎の自信と傲慢さが売りなのに」
「……それ褒めてんのか?」
「褒めてますよ、多分」
適当に返事をした。
エルマー様はうめきながら、ソファに顔をうずめている。
……どうしたんだろう。思った以上に、へこんでるんだろうか。
「でも、もしリオくんとエルマー様が戦ったら、エルマー様の方が勝ちそうですけどね」
そう言うと、エルマー様は勢いよく顔を上げた。
「え、マジ!? 何で!?」
「うーん。リオくんはどっちかっていうと、近距離型じゃないですか。触れられない限り、致命傷は避けられそうですよね。だから、エルマー様が重力で近づかせなければ、勝てるんじゃないですか?」
「だよなーッ!? さすがに戦い慣れてねー奴には負けねーよ! だはは!」
エルマー様は高らかに笑い始めて。
けれどすぐに静かになった。
「……あのうっとうしい精霊は?」
「バロンなら、ダンジョンに帰りましたよ。この世界にいるだけで、少しずつマナを消耗するらしいです。ダンジョンに戻れば、一日で回復するらしいので、すぐに呼びだしてって言われましたけど」
「うるせーから、もう呼ぶなよ。何の役にも立たねーし」
「そんなわけにはいきませんよ。バロン、すぐ拗ねるから」
「じゃあ、リオは?」
「モーガン様に呼び出されてましたよ。昨日の報告をしに行ったみたいです」
「そうか」
エルマー様は再びソファに顔をうずめる。何かを考え込んでいるのか、あー、とか、うー、とか悩ましい声を上げている。
私は全て無視して、承認印をてきぱきと押し続けた。ったく、誰のせいでこんなに仕事がたまってると思ってるんだよ、もう。
「……なぁ、スズ」
「何ですか? 手伝ってくれる気になりました?」
「……俺と、召喚契約しないか?」
「は?」
思わず声を上げて手を止める。
顔を上げると、エルマー様は相変わらずソファに寝そべったままだったが、真剣な表情だった。冗談じゃないのかもしれない。
……エルマー様と召喚契約か。考えたこともなかったな。
私は三人しか契約できないから、残された契約枠はあと一つだ。つまり、最後の一人を契約することになる。
「急にまた、どうしたんですか」
「いや……お前には詫びもあるしさ。悪い話じゃないだろ? 俺、強いしさ」
「まあ強いは強いですけど……」
「だろ? さっきお前も言ったが、遠距離ならリオより俺の方が使えるぜ」
……何だろう。
エルマー様の言葉は、どこかぎこちなく感じた。言葉を濁してるっていうの? 肝心なことを何も言ってない感じがする。
腕を組んで、考える。
召喚契約できるのはあと一人だ。真剣に考えなきゃいけない。
エルマー様は強いし、これ以上の人が私と契約してくれる保証なんてない。っていうか、これ以上の人はきっと現れないと思う。
うーん、だけどなー。
「うーん。ありがたい申し出ですけど、お断りします!」
きっぱりと断った。
「は? 何でだよッ!?」
「いやいや、私エルマー様に一回襲われてますし? しかもまだ最近じゃないですか。もう少し信頼を回復してくださいよ。そしたら改めて私からお願いしますから」
「うっ」
そう言うと、エルマー様は何かを言いたそうに口を開いて。
「……はぁ、分かったよ」
すぐにそう言って、大きなため息を吐いた。
すねたのか、エルマー様はソファに再び顔をうずめて動かなくなってしまった。何をそんなに落ち込んでるんだ。めんどくさいなあ。
私は無視して、書類への検印を続けることにした。
「あ、あの……」
突然、扉のドアが開いた。リオくんが控えめに顔を出したので、再び手を止める。
「あ、おかえり、リオくん」
「す、すみません! ノックしてもお返事がなかったので……」
「ごめん、話してたから気が付かなかったよ。どうしたの、入っておいでよ」
「あの、それが……昨日の報告をしていたら、騎士の方々に、スズさんも呼んでほしいって言われてしまって……」
不安そうにそう言われて、思わず顔をしかめてしまう。
「えぇ、何だろ……」
めちゃくちゃ行きたくないけど、リオくんに迷惑かけたくないし、行くしかないか……。
リオくんを安心させるように、にっこりと笑って、立ち上がった。
「分かった。一緒に行こっか。エルマー様、ちょっと行ってきますねー」
「おー」
エルマー様はソファに埋もれたまま、返事をした。
……てか騎士の集まりなのに、なんでエルマー様はハブられてるんだろ。
エルマー様を見ると、怪訝そうに首をかしげられた。
「あ? 何だよ」
「いえ、何でも」
本人は気にしてないみたいだし、まぁいいか。
部屋を出て、リオくんの後について騎士が集まっているらしい部屋へと向かった。部屋に着いて、リオくんは扉に手をかけた。
「ここです。入っても大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ」
リオくんはうなずいて、扉をノックした。
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