33.できすぎる新人


「こんにちは、リオくんの妹さん! 突然来てごめんね。私たちは、怪しい者じゃないよ!」


 不安そうな表情を浮かべる少女を安心させるように、笑顔でそう伝える。

突然来たから、びっくりさせちゃったかな。申しわけない。


 それにしても、とリオくんの妹を改めて見る。

 めちゃくちゃリオくんに似てる。大きな瞳はリオくんと同じ、きれいな翡翠色。髪はオレンジと茶が混ざったような色で、肩に届かないぐらいの長さだ。

 十二歳ぐらいかな。かわいい兄妹だなぁ。


「スズさま、この子が僕の妹です。名前は、ミリアっていいます」

「はじめまして、ミリアちゃん! 可愛い名前だね」


 リオくんが紹介してくれたので、にっこりと笑って、あいさつをする。

 ミリアちゃんは不安そうな表情のまま、控えめに頭を下げた。

 そのあとすぐに、リオくんはミリアちゃんに向きなおる。言いにくそうに口をよどませた。

 

「ミリア……僕、スズさまの部下を決める面接に、受かったんだ」

「えっ、嘘! 受かったの!?」


 リオくんの言葉に、ミリアちゃんは声をあげて驚いた。


「う、うん。そうなんだ」

「お兄ちゃん、すごいね……。お兄ちゃんには悪いけど、出身地がこんなところだから、受かると思わなかった……」

「え、そうだったの? 絶対受かるよって言ってくれてたのに……。ま、まぁそれは置いといてね、僕はこれから王宮で暮らすことになるんだ。だから、病み上がりのミリアを、一人にすることになってしまうんだけど……」


 リオくんが沈んだ声でそう言った。

 そ、そうか! リオくんが王宮で暮らすことになれば、ミリアちゃんはこの家に一人きりになってしまう。話を聞いている限り、両親はもういなさそうだし、さすがにこんな小さな女の子を一人にするのはまずい。こうなったら、ミリアちゃんも王宮に連れていくしか……!

 そんなことを考えていたら、ミリアちゃんは首を大きく振った。


「何言ってるの! 私のことは気にしないで。すっかり元気になったんだから、病み上がりもなにもないよ。たまに顔を見せに来てくれれば、それでいいから!」

「でも、ミリア一人じゃ心配で……」

「街の人たちはみんな優しいから大丈夫。どっちかというと、私はお兄ちゃんの方が心配だよ!」


 ミリアちゃんが強くそう言って、リオくんは言葉につまった。


「心配かけてごめん。お給料がもらえたら、すぐにミリアに送るよ。これからは生活に不自由させないから……」

「お金もいらないよ! 前に、お兄ちゃんにも言ったでしょ。やりたいことがあるの。どうしようもなくなったら、お兄ちゃんを頼るから、それまでは一人でやらせて」


 ミリアちゃんは強い口調でそう言った。

 やりたいことって何だろう。気になるけど、今は口を挟めないや。

 リオくんはその言葉に、困ったように微笑んでから、うなずいた。

 

「そっか……分かった。ミリア、ありがとう。僕、がんばってくるね!」

「応援してるね! ところで、お兄ちゃん。まさかとは思うんだけど、こちらの女性って……?」

「あ、うん! この方が、僕たちを治してくれた、治癒能力者のスズさまだよ!」


 リオくんが嬉しそうにそう言うと、ミリアちゃんはかちんと固まって、すぐにリオくんに詰め寄った。


「な、何でそれを先に言わないのっ!? は、はじめまして、スズさまっ! 先日は兄と私を助けて頂き、ありがとうございました……!」


 ミリアちゃんはそう言って、勢いよく頭を下げた。

 突然のことに驚いて、慌ててミリアちゃんの身体を起こさせる。


「わぁ、顔をあげて! 当たり前のことをしただけだから、気にしないで。これからも病気になったり怪我をしたら、遠慮せず呼んでくれていいからね」

「い、いえっ、とんでもないですっ! スズさまには何てお礼を言ったらいいのか……!」

「本当に気にしないで! 普通にしてくれた方がうれしいな!」


 できるだけ親しみやすい口調で、そう言う。

 すると、ミリアちゃんはゆっくりと顔を上げてくれた。

 ううう……さすがに、こんな反応ばかりでちょっと悲しくなってくるな。普通に仲良くなりたいのに……。


「そういえば、ミリアちゃん。さっき、やりたいことがあるって言ってたよね。それってなに? よかったら、教えてほしいな」


 思い出してたずねると、ミリアちゃんはおずおずとうなずいた。


「は、はい! せっかくスズさまにこうして、身体を治していただいたので、お店を開こうかと思っています。この辺りは土地がやせていますが、大きな小麦畑があるので、パン屋を開こうかと思っていて……」

「ミリアちゃん、パン作れるの!? すごいね! 私、パン大好きなんだ。お店が開いたら、食べに行ってもいいかな?」


 驚いてそうたずねると、ミリアちゃんは頬を緩ませて、大きくうなずいてくれた。


「は、はいっ! あの、お口に合うかは分からないんですけど、ぜひ来てくださいっ!」


 ミリアちゃんは嬉しそうに笑った。

 まだ小さいのにしっかりしてるなぁ……。

 リオくんもほっとした表情をしている。ミリアちゃんを一人、家に残していくのは心配だけど、ミリアちゃんならしっかりしてるし、大丈夫だろう。

 でも、できるだけ顔を出してあげようと思った。

 リオくんは私と一緒じゃないと自由に動けないもんね。


 それからミリアちゃんにお別れをして、リオくんの家を出る。

 貧民街を徒歩で抜けたころには、日が傾き、辺りは薄暗くなっていた。


「そういえば、リオくんは何歳なの?」


 ヴィラ―ロッドの不思議な街並みを眺めながら、リオくんにそうたずねる。

 リオくんは少し恥ずかしそうに、うつむいた。


「じ、実は……もう十四歳なんです。見えないってよく言われます。あんまり背が伸びなくて……」

「えー大丈夫だよ。まだ若いんだし、これから伸びるよ!」

「そ、そうですよね! 伸びてほしいです……。スズさまは、おいくつなんですか?」


 そうたずねられて、しまったと思った。

 うう……あんまり答えたくないんだけど、自分から聞いちゃったし、しかたない。


「私は、二十ちょっとぐらいだよ」


 そう答えると、リオくんとエルマー様が同時に声を上げて驚いた。


「僕より少し年上ぐらいかと思っていました……」

「お、俺も……。見えねーなー」

「ははは……ありがとうございます……」


 たぶん、若く見られているってことだろう。

 本当なら喜ぶべきなんだろうけど、私に関しては、どうしても少し複雑な気持ちになってしまう。

 

「てか二十ちょっとってなんだよ! 正確に言えよ、正確に!」


 エルマー様が怪訝そうに言った。

 やっぱり聞かれちゃったか……。どう答えようか少し悩んで。

 私は、へらっと笑った。


「いやーそれがですね。私、自分の正確な年齢が分からないんですよ!」

「は? どういうことだよ!」


 真剣な声色で聞き返されて、言葉につまる。

 ……あんまりこの話は、追求されたくない。元の世界でも、いい思い出が全くないんだよね。

 ――よし、ここはごまかそう!

 そう決めて、勢いよく顔を上げた。


「そんな話はどうでもいいんですよっ! リオくんとかなり年が離れてることには、変わりないんですから! きっと私に弟がいたらこんな感じなんでしょうね!」

「えっ、おとうと……?」


 そう言うと、リオくんはなぜかショックを受けたような顔をした。

 え、どうしたんだろ……。


 私は立ち止まって、心なしか青ざめているリオくんを見て、にっこりと笑った。

 

「だからね、さっきミリアちゃんにも言ったけど、リオくんも、あんまりかしこまらないで、普通に接してくれるとうれしいな!」


 そう言うと、リオくんは戸惑ったような表情をして、私を見た。


「でも、スズさまは僕たちの恩人です……」

「様もつけないでほしいな。私は、この世界にきたばかりの、たまたま大層な能力者になっちゃった普通の人間だよ。実はね、いろんな人にかしこまった態度をとられるたびに、ちょっと悲しくなるんだ。だから、普通に仲良くしてほしい。だめかな?」


 首をかしげてそう言うと、リオくんはやっとおずおずと、うなずいてくれた。


「はい。スズ、さん……」


 小さな声でだけどそう呼ばれてほっとする。

 よかった。様付けで呼ばれるの、あんまり好きじゃなかったんだよね。


 今まで黙ってやりとりを見ていたバロンが、不機嫌そうにリオくんを見る。


「……おい、オオカミ人間。調子にのるんじゃないぞ。スズが一番かわいいって思ってるのはぼくなんだからな!」

「はい! バロンさんにはとてもかなわないです。毛だってそんなにふわふわにできないですし」

「何だ、分かってるじゃん!」


 バロンはすぐに上機嫌になる。

 さすがにちょろすぎるだろ、バロン……。


 そんな何気ないやりとりをして、再びヴィラ―ロッドを歩きはじめた。

 ――そのときだった。

 突然、リオくんがすごい勢いでしゃがんで、地面に両手をあてた。形状変化の能力を使用したのか、突然地面が盛り上がり、私たちの目前に厚い壁を作る。


「え、え、何、急にどうしたの!?」

「……敵だと思います」


 すぐに衝撃音と共に、リオくんが作った壁が崩れ落ちる。

 状況が把握できずにオロオロしてしまう。

 すると、崩れ落ちた壁から人影が現れた。口元を布で隠した人間が二人。目が合った。私が狙いだ。

 全員が同時に動く。

 私は移動能力を発動させて、買ったばかりの武器を取り出そうとした。

 しかしそれより早くリオくんは、一瞬で追手の傍へ飛び、足に触れる。

 それで、終わりだった。


「ぎゃああああッ!」


 追手らしい二人は痛ましい悲鳴を上げて、がくんと地面に落ちる。

 リオくんが足を破壊したらしく、立てないでいるようだった。

 それからすぐに、リオくんは慌てて私に駆け寄ってきた。


「ス、スズさん、お怪我はありませんかっ!?」

「え? ああ、うん。全く。これっぽっちも」

「よかった……! 反応が遅くなってしまったので、お怪我でもされていたら、どうしようかと思いました……。バロンさん、エルマー様、防ぐのが遅くなって申し訳ありませんでした……!」


 リオくんは心底申し訳なさそうに頭を下げる。

 それを見て、バロンとエルマー様は。


「お、おう……よくやったな」

「う、うん……よくやったね」


 呆気にとられたような返事をした。

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