32.先輩にたかる
ファヴァカルターの門をくぐって、活気のある街へ入る。
以前エルマー様に連れてきてもらった鍛冶屋に着いて、さっそくずらりと並ぶ武器を物色した。あいかわらずどの武器もかっこいい。
ちらりとエルマー様を盗み見る。能力強化のために、たくさん買いたいんだけど怒らないだろうか……。
私の視線に気が付いたらしいエルマー様は、眉根を寄せて首をかしげた。
「あ? 何だよ」
「エルマー様、何本ぐらい買っていいんですか?」
「別に何本でもいいよ」
「本当ですか!? 給料もらったら絶対返しますから、百本ぐらい買ってもいいですか!?」
そう言うと、エルマー様は顔をひきつらせた。
「……え、百本?」
「そうだ! リオくんも買ってもらったら? 今ならエルマー様が払ってくれるよ!」
「……スズ? 返してくれるんだよな?」
ちょっと焦ってるエルマー様は無視して、リオくんの方を見てにっこりと笑う。
だけど、リオくんはとんでもないとばかりに、大きく首を振った。
「い、いえ! そこまでしていただくわけにはいきません。そもそも剣なんて、使ったことがないですから……」
「そんなの、私も使ったことないから大丈夫だよ! 剣を一本腰に下げてるだけでかっこいいし、きっと敵も警戒すると思うな。あっ、これなんてどうかな。リオくんに似合うと思うよ!」
そう言って一本の剣をリオくんに見せた。
リオくんの小さな身体に合う、小ぶりの剣だ。持ち手の部分は金色の装飾が施されていて、中心にリオくんの瞳の色と同じ、緑色の石がはめ込まれている。
リオくんはおそるおそる、差し出した剣を受け取った。しばらく見とれるように剣を見ていたけど、値札が目に入ったのか、身体を大きく跳ねさせて首を振りまくった。
「いいい、いえっ! だ、大丈夫ですっ! 僕にはもったいないものですからっ!」
「えー! 似合うのに!」
私にはお金の価値が分からないけど、リオくんにとってはかなり高価なものらしい。
そんなリオくんを見てか、エルマー様は口を開いた。
「一本ぐらい持っとけよ。お前の分ぐらいは買ってやるから。おっさん、あれいくら?」
エルマー様は店主のおじさんにたずねて、言われた硬貨を支払う。
それを見ていたリオくんは、ガタガタと身体を震わせはじめた。
「あ、あ、ああありがとう、ございますっ! こここのお金は一生かかっても必ず返しますので……」
「リオくん、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。エルマー様、お金は持ってるみたいだから! 私もこの剣、エルマー様に買ってもらったんだー!」
そう言うとエルマー様は、睨むように私を見た。
「……お前さ、俺がしたこと、まだ許してないだろ?」
「えっ、そこまで執念深くないですよ! あ、店主さん! 適当に見繕って百本ぐらいくださーいっ!」
エルマー様はさらに疑り深く私を見る。
何だよ、いきなり襲われたことなら怒ってないし、むしろもう忘れてたよ。
適当にって言ったのに、店主のおじさんは一本一本、ていねいに武器を吟味して選んでくれた。「これでどうですか」と用意された大量の剣はどれもきれいで、かっこいい。
「はい、大丈夫です! これでお願いします!」
私はうなずいて、エルマー様は袋いっぱいの金貨を店主さんに手渡す。その様子を見てか、リオくんは今にも倒れそうな表情で、身体をふらつかせていた。
さっそく百本の剣を、亜空間に移動させてみる。
触れた剣が一瞬で消えていく。なるほど、これでいつでも取り出すことができるんだなー! 便利!
「……おいリオ。お前、戦闘の経験はあんのか?」
私が剣を移動させている間、エルマー様がリオくんにからみはじめた。
エルマー様がいじわるしないかちょっと心配だったけど、とりあえず遠くから見守ることにする。
「え、えっと。すみません、実はないんです……」
リオくんが控えめにそう言うと、エルマー様は待ってましたと言わんばかりに、にやりと笑った。
「そんなことだろうと思ったぜ! 確かにお前の能力は強い。だがな、戦闘っていうのはな、経験で磨かれるもんなんだよ。お前も王宮に入ったからには、早く経験値を上げろよ。んで、先輩からよく学べ。例えば俺とかな」
「は、はいっ! 僕、スズさまの力になりたいので、がんばりますっ!」
リオくんは勢いこんで返事をしている。
……エルマー様めちゃくちゃ先輩風吹かせてるなぁ。っていうかあの人、面接で経験より能力の方が大事、みたいなこと言ってなかったっけ……。
買ってもらった全ての剣の移動が終わり、大量の剣が跡形もなく消える。
私は立ち上がって、二人に近づいた。
「私の用事は終わりました! エルマー様、立て替えてくださって、ありがとうございました!」
「……さすがにちょっとは返せよ?」
「全部返しますよ。うーん。帰るにはまだ明るいですね。そうだ、リオくんはどこか行きたいところある?」
思いたってたずねると、リオくんは目を見開いて驚いた。
「えっ、僕ですか?」
「うん。どこでもいいよ。どうせみんな暇だから。あ、そうだ。妹さんに王宮に入ったことを知らせに行く? まだ知らないよね?」
「は、はい、知らないです。でも、いいんですか……?」
「もちろんいいよ! 私も妹さんに会いたいし、そうしようよ!」
そう提案すると、リオくんはおずおずとうなずいた。
「あ、ありがとうございます……。みなさんがよければ、行きたいです」
嬉しそうにそう言って、頬をゆるませた。
はいかわいい。
リオくんは、すぐに大きな狼に変身して、地面に身体を伏せた。
私たちが背中に乗ると、ゆっくりと加速をはじめて、走りはじめる。
三十分ほど走って、今度は変身を解かずにヴィラ―ロッドの正門を抜けた。狼の姿のまま、貧民街に向かって走っていく。ヴィラ―ロッドの人たちはリオくんを見慣れているのか、大きな狼を見てもさほど驚いたりはしなかった。
次第に街並みが寂れて、貧民街に入る。
それからしばらくして、リオくんは変身を解いた。
「つきました。僕の家、すぐそこです」
「楽しみだなぁ、リオくんのおうち!」
「そ、そんな期待するような家じゃないんです。すごく狭いので、申し訳ないんですけど……こちらへどうぞ」
そう言ったリオくんの後をついていく。
街の人たちは私たちを見て、ひそひそと何かを囁いている。
スズさま、治癒能力者、疫病。
この単語が節々に聞こえてきて、きまずい気持ちになる。どうやら、顔が知れ渡ってしまっているらしい。
とりあえず街の人たちに向かって、ぎこちなく微笑んでおじきをしておいた。
エルマー様に対しても驚いていたから、王宮の人間がここにくること自体、とても珍しいことなのかもしれない。
それからすぐに、前を歩いていたリオくんが、立ち止まって振り返った。
「ここが僕の家です。あの、先ほども言いましたが、すごく狭いですし、きれいではなくて申し訳ないんですけど……よかったら中へどうぞ」
リオくんが控えめにそう言って指した家は、たしかにとても小さかった。木材でできた小屋は、ところどころ隙間が空いている。
でも全然嫌なかんじはしない。
……どうしてだろう。なぜか分からないけど、古いこの建物を見て、ものすごく懐かしい気持ちになった。不思議な気分だ。
案内されて、中に入る。
リオくんの言った通り狭いけど、室内はきれいに整頓されていた。
部屋の隅に、小さな少女がいる。この子がきっと、リオくんの妹さんだろう。
「あ、おかえり、お兄ちゃん!」
少女は振り返って、笑顔でそう言った。
それからすぐに、目を見開いて驚いて、私たちをじっと見た。
「誰……?」
少女は不安そうな声で、そう言った。
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