31.後輩いびり


 それからしばらくして、控えめなノックの音が聞こえた。

 きっとリオくんだ。返事をすると、扉がゆっくりと開かれた。


「お、お待たせしてしまって、すみません……」

「わぁ、リオくん!」


 リオくんの変貌ぶりに、思わず声をあげてしまった。

 伸びっぱなしだった茶色の髪が整えられて、整った顔がはっきり見える。

 ボロボロだった服はかっちりとした、黒色の制服に代わっていた。エルマー様と一緒の服だ。私が着ている制服の男の子バージョンだろう。いいなーズボン。私もこっちがいい……。

 リオくんは落ち着かないのか、服や髪を引っ張りながら、恥ずかしそうにうつむいている。


「ぼ、僕、こんな服はじめてで、落ち着かないです……」

「すごく似合ってるよ! 髪も切ってもらったんだね。かわいい……あっ、男の子にかわいいって言ってもうれしくないよね。ごめんごめん、すっごくかっこいいよ!」

「あ、あ、ああありがとうございます……」


 本心を伝えると、リオくんの顔がみるみる真っ赤になる。

 なんて初々しいんだ。こっちまで照れるぜ。

 リオくんは真っ赤な顔のまま、私の手元を見て首をかしげた。


「あれ、スズさま。その緑色の鳥はなんですか……?」

「ああ、この子? さっき騎士のカノン様にもらったんだ。8号くんっていうんだって。何か起きたときにメモを付けて離せば、状況によっては王宮から救援がくるみたい」

「そうなんですね。覚えておきます」


 リオくんは8号くんを見て、大きくうなずいた。

 そういえば、カノン様が8号くんを亜空間内に入れてもいいって言ってたっけ。

 能力で亜空間を発生させてみると、8号くんは自分から中へ入っていった。賢いなー。もしかして言葉を理解しているのかもしれない。

 私は椅子から立ち上がって、大きく背伸びをした。


「よーし! リオくんの準備も終わったことだし、さっそく外に行こっか!」

「はい、おともします!」

「俺も着いて行っていいか? 暇なんだよ」


 エルマー様がぼそりと言ったので、私は首をかしげた。


「いいですけど、エルマー様、書類処理貯めてるんじゃないですか? 大丈夫ですか?」

「いいよあんなの! 思い出させんなよ!」

「じゃあ、一緒に行きましょう!」

「ぼくはもちろん、一緒に行くよ~!」


 私の肩に乗っているバロンも、浮かれた声でそう言った。

 結局四人で出かけることになっちゃったけど、ちょうどいいや。リオくん、私と二人だと緊張するかもしれないし。

 階段を下りてエントランスに出る。

 大きな入口の扉を開くと、明るい光に目をぎゅっとつむった。三日ぶりの外だ!


「外だー! 生きてこの空気を吸えるなんて、ほんとよかったー!」


 そう言うと、エルマー様は鼻で笑った。


「大げさだな、たった三日じゃねえか」

「三日でも不安だったんですよ! 王様に捕まったときなんて、もう王宮から出してもらえないんじゃないかと思いました!」

「そりゃよかったな。で、どこ行くんだよ。 行きたいとこあんのか?」

「もちろんファヴァカルターですよ! もう決めてました! 鍛冶屋さんで武器をたくさん買います!」


 勢い込んでそう答えた。

 三日間、部屋に閉じこもっていた間、外に出てしたいことをずっと考えていた。

 リオくんがいるとはいえ、自分の身は極力自分で守りたいし、迷惑をかけたくない。せっかくの能力をうまく使えていない自覚もある。

 だから、以前エルマー様に教えてもらった通り、鍛冶屋で武器をたくさん買って、亜空間内にストックしようと思ったんだ。ストックした武器を取り出しながら攻撃するのが、移動能力者の戦闘方法の定石らしいしね。


「そりゃいいけど、お前金もってんのか?」

「あ! しまった、持ってなかった……。エルマー様、貸してください……」

「……お前、俺が付いていかなかったら、どうするつもりだったんだよ。別にいいけど」

「やったー! ありがとうございます! お金もらったら返しますね! じゃあ行きましょう。バロンは私の肩に乗って。エルマー様とリオくんは私の手をどうぞ」


 そう言うと、すぐにバロンは肩に飛び乗り、エルマー様は腕を握った。

 しかしリオくんは、戸惑っているのか動かない。


「あ、ごめん。リオくんには説明してなかったね。私の移動能力でファヴァカルターに向かうから、エルマー様みたいにどこか掴んでくれる? 歩くよりは早いんだ」

「あ、あの……っ! スズさまにそんなことをしていただかなくても、よろしければ僕がみなさまを運びます!」

「えっ、どうやって?」

「狼に変身するので、よかったら背中に乗ってください。揺れるので、しっかり毛を掴んでください」


 リオくんはそう言うと、大きな狼に変身した。

 うわぁ、面接のときよりも二回りぐらい大きい。どうやら大きさはある程度自由に変えられるらしい。

 灰色の毛に、緑の鋭い目と牙。間近で見るとすごい迫力だ。

 リオくんって知らなかったら、間違いなく一目散に逃げ出すね。


 リオくんはすぐに地面に身体を伏せた。乗りやすくしてくれているんだろう。その姿がめちゃくちゃかわいい。凶暴そうな大きい動物が従順だと、こんなにかわいいんだな……。

 エルマー様と顔を見合わせてから、言葉に甘えて、リオくんに運んでもらうことにした。

 おそるおそる背中に乗ってみる。毛は見た目よりやわらかい。ジュータンの上みたいで座り心地はよかった。エルマー様も興味深そうに後ろに乗る。バロンはどこか不機嫌そうな表情をして、私の肩に乗ったままだ。

 リオくんはゆっくりと立ち上がり、走りはじめた。徐々にスピードが速くなる。


「わぁ、早い!」


 すごい風だ。捕まっていなきゃ振り落とされてしまう。

 だけど、めちゃくちゃ早いし、気持ちいい。私が移動するより早いかもしれない。


「……やっぱりこいつ、ぼくとキャラがかぶる」


 悲しそうに呟いたバロンに、エルマー様は鼻で笑った。


「全くかぶってねーから、安心しろよ。リオのが百倍ぐらい有能だろ」

「なんだと、クソ人間ッ! ねぇ、スズ、ぼくの方がかわいいよね? ね?」


 獣同士で対抗意識があるのか、バロンがそう訴えてくる。

 にっこりと笑って、片手でバロンを抱き上げた。


「うーん、バロンはさわり心地がいいよ!」

「やった~! それってぼくの方がかわいいってことだよね~」

「このアホ精霊は何を目指してるんだよ……」


 エルマー様は呆れたように呟いた。

 ……うん、私もそう思う。


 それから数十分ほど移動して、だんだんと活気ある景色が近づいてきた。


「あ、見えてきたっ!」


 炭鉱と鍛冶と戦士の街、ファヴァカルター。

 リオくんはスピードを少しずつ落として、城門前で止まる。それからすぐに変身を解き、人間の姿に戻った。


「狼の姿で街に入ると、街の人たちに怯えられてしまうので、元に戻りました。あの、乗り心地は大丈夫でしたか……?」

「うん、すっごく快適だったよ。ありがとう!」

「よかった……! よければ移動のときは僕を使ってください」


 リオくんは照れくさそうに、はにかんで笑った。

 かわいすぎてまぶしい。

 たった今リオくんは、エリスちゃんと並んで、私のツートップ癒し系に決定した。


「……調子に乗るなよ新人」

「……調子に乗るんじゃないぞ人間」


 すぐそばでバロンとエルマー様が低い声を出す。

 それに戸惑ったのか、リオくんは視線をおよがせた。私はため息を吐いて、リオくんに向かって、にっこりと笑った。


「先輩にいじめられたら、すぐ私に言ってね」


 そう言うと、エルマー様とバロンは、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 二人とも大人気なさすぎだろ……。

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