30.ぼくは何もしていないよ


「そうだ! ねぇ、リオくん。よかったら私と、召喚契約してくれないかな?」


 にっこり笑ってそう言うと、リオくんは勢いよく顔を上げた。

 泣いていたせいで、綺麗な緑色の瞳が涙でぐちゃぐちゃだ。

 リオくんは、はっとした表情をして、慌てて袖で涙をぬぐった。


「しょ、召喚契約って、何ですか……?」

「あ、そっか。リオくんは知らないよね。えっとね、私、移動能力者なんだ。私のレベルだと三人まで契約できて、契約した人が離れたところにいても、そばに呼び出すことができるようになるんだ。どうかな? 嫌だったら断ってくれていいよ!」

「こ、断るなんてとんでもないですっ! 僕でよかったら喜んでっ! どうしたらいいですか!?」


 勢いこんでリオくんは言う。

 無理矢理、契約させるようなことは絶対したくなかったから、その心配はなさそうで安心した。


「ありがとう! じゃあ両手を出してくれる?」

「はいっ!」


 まっすぐに差し出された手のひらをぎゅっと握る。

 それにびっくりしたのか、リオくんは見て分かるぐらい大きく跳ね上がった。


「あ、ああああ、あの……っ!」

「はい、終わり。これで契約完了だよ。もし困ったときは呼び出すけど、拒否できるみたいだから、都合が悪かったり嫌なときは、応じてくれなくていいからね」

「ななな何を差し置いても絶対に行きますっ!」


 首を横に振って、リオくんは言った。

 ……何か、すっごく懐かれてる気がする。モーガン様はリオくんが裏切った場合のことを心配していたけど、絶対にないと思うな。もしこの子に裏切られたら人間不信になるわ。

 とにかくこれで、王宮側の要求は全て呑んだ! 軟禁生活も今日で終わりだー!


「あの、モーガン様。リオくんが部下になってくれたことだし、これで私は王宮の外に出てもいいんですよね……?」


 おそるおそるたずねると、モーガン様はしぶしぶといった表情で、うなずいた。


「……まぁ、陛下がいいと言ったのなら、許可するよ。でも十分に気を付けてほしい。あと外出時には必ずリオ、もしくは騎士を一人連れていくようにね」

「了解しましたっ! じゃあさっそく行こっか、リオくん!」

「えっ、今からですか?」


 驚いたリオくんに、大きくうなずいた。


「駄目かな? 私、もう三日も外に出てないんだ。少しでいいから、明るいうちに外に出たくて!」

「もちろん僕はかまいませんが……でも、いいんでしょうか?」


 リオくんは不安そうに、顔をしかめているモーガン様を見る。

 きっとモーガン様は初日から外に出てほしくないと思っているんだろう。そんな顔をしている。

 でもそんなの知るもんか!


「……止めはしないよ。さっきも言ったけれど、陛下が許可したことだからね。だがリオ、仮にも王宮に従事する人間になったのだから、その格好をどうにかしてからにしなさい」


 モーガン様はそう言って、リオくんの汚れた服を指す。

 リオくんは困惑した表情で、顔をあげた。


「でも僕、きれいな服、持ってないです……」

「もちろん王宮の制服がある。ついでに、身だしなみを整えてもらいなさい」


 その言葉に、リオくんは不安そうに私の方を振り返る。

 私は笑ってうなずいた。


「待ってるから、行っておいでよ」

「は、はい……! じゃあお願いします!」


 リオくんは、見張りの兵士に連れられて部屋を出て行く。

 私は安心させるように笑顔で手を振った。

 かわいいなー守ってあげたくなるわぁ。いや守ってもらうの私なんだけどね。


「……俺もここで失礼するよ。スズちゃん、必ずリオが戻ってきてから外に出てくれ。もし破ったら、分かってるね?」


 モーガン様が念を押すようにそう言ったので、うなずいた。


「分かってます! 絶対に一人で外に出ませんから大丈夫です!」

「……エルマー。念のためリオが戻ってくるまで、スズちゃんを監視していてくれないか」

「へーへー」


 エルマー様は机に肘をついて、追い出すように手を払った。

 モーガン様や、リリア様、もう一人の女性騎士の方は部屋を出ていく。

 それからすぐに、今までずっと机にもたれて寝ていたカノン様が、突然むくりと起き上がった。


「――あえ? もしかして、もう面接終わったー?」

 

 そう言って、カノン様はキョロキョロと周りを見回しはじめる。

 私と目が合うとへらっと笑って、トコトコと近づいてきた。


「ねーねー、スズ!」

「は、はい。なんですか?」


 ニコニコと邪気のない笑みを浮かべながら、カノン様は制服のポケットをごそごそと探りはじめる。


「にゃはは、スズにこれあげるー。8号クンだよ!」

「8号くん……?」


 そう言って手渡されたのは、緑色の身体に黄色いくちばしの、手乗りサイズの文鳥だった。

 文鳥はすぐに私の手に飛び乗って、指をがじがじと甘噛みしてくる。


「連絡手段として使うといいよ! たぶんスズの亜空間内に入れといていいと思うけど、一日一回は出してあげてね。そしたら勝手にゴハン食べて戻ってくるからー!」

「え、え、ちょっと!」

「じゃあねー! ふわぁ、あたし戻って寝るー! おやすみー!」


 カノン様はひらひらと手を振って、部屋を出ていってしまった。

 え、説明これだけ?

 そばで様子を見ていたエルマー様が文鳥を見て、ああ、と声を出した。


「……その鳥なら王宮への連絡用だぞ。カノンが何匹も飼ってて、いろんな奴らに配ってんだ。俺はいらねーからもらってないけどな。何か起きたときに、鳥にメモでも付けて離せばいいだけだ」

「離したら、どうなるんですか?」

「内容によっては、王宮から救援が来るんだよ」

「へぇ、なるほど」


 感心してしまった。

 通信手段がないこの世界で、王宮は鳥を連絡手段に使っているらしい。

 でも異能力世界なのに、ずいぶん原始的だなぁ。もっとこう、レベルの高いテレパシー能力を持ってる人が何とかしてくれてる、みたいなのないんだろうか。


「……てかお前、これ以上ペット増やしてどうすんだよ。でけーオオカミわんこが増えたばっかだってのに」


 エルマー様は、文鳥とバロンを交互に見てそう言う。

 すると、私の肩に乗っていたバロンが、眉をひそめた。


「……おいクソ人間。まさかとは思うけど、ペットってぼくも含まれてるんじゃないだろうな?」

「お前を入れなくて誰を入れるんだよ……」

「ぼ、ぼくがペットッ!? 神聖な存在であるこのぼくを!? このやろーっ!」


 衝動的に飛びかかったバロンを、エルマー様がひょいと避ける。

 そのまま派手な音をたてて椅子に突っ込んだので、慌てて拾いにいった。もーお願いだから大人しくしててほしい。


「……ってか、さっき怪しかったな、あいつ」


 エルマー様が呟くようにそう言う。

 私は、首をかしげた。


「ん? 怪しいって、誰がですか?」

「……モーガンだよ。何かよそよそしいっていうか。スズ、気をつけろよ。ありゃ何企んでるか分かんねーぞ」

「えー大丈夫ですよ、リオくんいますし。っていうか王宮側が何か企んでいるなら、エルマー様が知らないのはおかしくないですか? 同じ騎士なのに」

「あー俺、新参だから。ヤバい話は全く聞かされねーんだよ。まぁどうでもいいけど。お互い様だし」


 どうでもいい、と言いながらエルマー様はちょっと不機嫌そうだ。


「スズっ! ぼくがいるから大丈夫だよ~! 今度こそ、ぼくが守ってあげるからねっ!」

「うん、バロンも頼りにしてるからね」


 そう言って、バロンを撫でてあげた。

 あざといのは分かってるんだけど、このモフモフの魅力には勝てないな……。

 

「あ、そういえば……」


 ふと思い出して、バロンを持ち上げて視線を合わせる。


「ん? どうしたの、スズ」

「ねぇ、バロン。この世界にあるダンジョンってさ、今どうなってるの?」


 軽い気持ちでたずねた。

 アイリスさんとエルマー様が、ここ数百年ぐらい、ダンジョンに入った人が戻って来ないって言ってたから、バロンなら何か知ってるかなって思ったんだ。

 バロンは首をかしげた。


「どういう意味?」

「エルマー様とアイリスさんがね、この世界に存在するダンジョンに入った人が、ここ数百年間ぐらい、全く戻ってこなくなったって言ってたの。本来なら、失敗しても記憶を消されてどこかに戻るんじゃないの?」

「ああ、そのことねー!」

「何か知ってるの?」

「もちろん、知ってるよ! だってぼく、ダンジョンの管理者だもん!」


 何でもないことのように言われる。

 けれど、バロンはその先の言葉、原因を言わなかった。

 エルマー様と顔を見合わせる。もう一度バロンを見た。


「……え、知ってるんでしょ? 何が起きてるか教えてよ」

「スズ、それはね。残念だけど、ぼくの口からは、教えてあげられないよ」


 バロンはきっぱりとそう言った。さらに言葉を続ける。


「基本的にぼくは、世界に対して大きな干渉はできないんだ。特にこの問題は、教えたところでこの世界を混乱させるだけだからね。どうしても知りたいっていうなら、それはスズが責任を持って、自分自身で解き明かすべきだよ!」


 めずらしく神妙な口調だ。

 ……もう何だよ、難しい言い方しちゃって。知ってるなら、教えてくれたっていいのに!


「そんなこと言って、バロンが何か悪いことしてるんじゃないのー?」

「ぼくは何もしていないよ」


 茶化すように言うと、バロンはすぐに答えた。

 いつもと違う様子にとまどってしまう。


「本当にぼくは何もしていないんだ。スズ、ぼくを信じてくれる?」

「……そんな真剣にならないでよ! 本気でバロンを疑ってるわけじゃないって」


 そう言うとやっとバロンは、にぱっと笑った。


「よかったー! ぼく、スズのこと好きだからさ、嫌われたくないんだよね!」


 そう言ったバロンに、エルマー様が鼻で笑った。


「けっ、知ってるふりして何もしらねーだけだろ」

「なんだと、このクソ人間ッ!」


 いつもの調子で二人が喧嘩をはじめたので、ちょっとほっとする。

 うーん。漠然とだけど、この問題は簡単に踏み込んじゃいけない気がするなぁ。

 そもそも数百年も前のことなんて、今と関係ないことだし、あんまり追及するのはやめよう。

 そう思った。

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