29.約束
「ありがとうございましたっ! 失礼します!」
面接が終わり、リオくんは深々とお辞儀をして、部屋を出て行った。
足音が遠ざかり、聞こえなくなった途端、緊張の糸が切れたように騎士の方々が大きく息を吐く。
多分、とんでもない子が来たと思っているんだろう。雰囲気で何となく分かった。
「――エルマー。お前は、このことを知っていたと言ったな?」
突然モーガン様が荒々しい口調でそう言った。
たずねられたエルマー様は怪訝そうに眉をひそめて、口を開く。
「リオがレベル10だってことか? 何度も言わせんな。知ってたって言ってる」
「……なぜ事前に報告をしなかった」
「は? 報告しなくていいと俺が判断したからだよ。選別から面接までたった数日だぞ? すぐ分かることだろ」
「レベル10だぞ? なぜお前はそんなに、落ち着いていられるんだ……?」
モーガン様の言葉にエルマー様は、少し黙って。それから机に肘をついて、面倒くさそうにため息を吐いた。
「……レベル10なんて、お前が思ってるほど珍しいモンじゃねぇよ。知られているのがノアアーク王一人ってだけで、隠してる奴だって多分いんだろ。それがあのリオだったってだけだ」
「何を言ってるんだ? そんな簡単に見つかるような存在のはずがない。大体、レベル10なんて、たとえ俺たちでも……」
「勝てるか分からねぇってか? 良いことじゃねぇか。スズには強い部下が必要なんだろ?」
エルマー様は口元をにやりとさせて、椅子にもたれていた身体を起こす。
……なんか、空気が重いなぁ。
半分は私の話をしているのに、とても口を挟めるような雰囲気じゃないぞ。ここはおとなしく黙っていよう。
「さっきから、どうも様子がおかしいと思ってたが、モーガン。お前まさか、リオがレベル10だと知っていたら、妨害でもするつもりだったわけじゃないよな?」
「……ふざけたことを言うな。俺はただ、万が一にもリオがスズちゃんを、裏切った場合のことを心配しているんだ。俺たちより強い人間だとスズちゃんを助けられない。強すぎる能力者を付けると、そういったリスクがあるんだぞ?」
「はぁ? お前こそ何言ってんだ。そんなことを言い出したら逆も然りだろ。俺たちの誰かがスズを裏切らない可能性がどこにある? それにリオは王宮じゃなく、スズに付くと言っているんだぞ。スズにとっては、傍にいる人間が強いに越したことはねーだろ?」
エルマー様の言葉に、モーガン様はギロリと睨んだ。
「……口を慎めエルマー。お前が、騎士を貶す発言をするのか」
「へーへー口が過ぎましたね」
ピリピリと緊張感が漂っている。
うう……いつ終わるんだろ、この重い雰囲気。
他の騎士の人たちは、二人に口を出そうとしなかった。というか、全く気にならないみたいだ。
リリア様は鼻歌を歌いながら髪を触っているし、カノン様は昼寝をはじめてしまった。抱きかかえているバロンまで、退屈そうにあくびをしはじめたので、やつあたりで口をつまんでやった。みんな呑気なもんだなこのやろう。
……でも、たしかにエルマー様の言う通りだ。
私は王宮側を完全に信用していない。
だって、王様はみるからに怪しいし、何を考えているのか分からない。ずっと味方でいてくれる保証なんてないし、そもそもレベルが10だってバレたら、こんな風に外に出してもらえなくなるだろう。
だから、王宮じゃなくて“私”についてくれる強い部下ができるのは、とても心強い。
それにリオくんは、裏切るような子じゃないと思う。疫病のことで、王宮への不信感をありありと感じたし、たとえ金品や名誉を与えられても、王宮に付いたりしないんじゃないかな。
まだ会って二回目だけど、そんな気がした。
「……くそっ、今もめても仕方ない。話は全員の面接が終わった後だ。次の希望者を呼んでくれ」
モーガン様が荒々しくそう言って、面接は再開した。
希望者は残り四人だ。
二人目に入ってきたのは、ファヴァカルターのギルド出身、二十代半ばぐらいに見える男性だった。
能力は、身体強化のレベル7と氷を操る能力のレベル8。
氷使いなんて、かっこいいなーって思ったんだけど、能力披露のときに、何を思ったのかいきなり部屋中を氷漬けにした。しかも解除はできないらしく、放置して帰っていった。
さ、寒い……何て迷惑な能力なんだ。印象最悪だよ……。
三人目はグリモワール出身の、私と同じ年齢ぐらいの女性だった。
能力は、身体強化のレベル7に熱を操る能力のレベル8。
ちょうどよかったので、氷漬けにされた部屋を溶かしてもらった。
私としては、女性というだけで印象がよかったけど、バロンは「全然ぱっとしないね~」とつぶやいていた。
四人目はサウスミンスター出身の三十代前半ぐらいの男性。
能力は、身体強化のレベル6と行動を制限させる能力のレベル5。
めずらしい能力らしいけど、発動に相手の名前が必要らしく、騎士の方々から酷評されて、落ちこんで帰って行った。
最後はリオくんと同じ、ヴィラ―ロッドのスラム出身の二十歳ぐらいの男性だった。
身体強化のレベル7と血液を操る能力のレベル7。
背の高い男性は不気味に笑って、突然持っていた刃物で自分の腕を浅く切った。突然のことにぎょっとしたけど、出血した血液がまるで生き物のように動き回りはじめた。どうやら血液を攻撃手段として使えるらしい。
だけど、男性はすぐに貧血を起こして倒れてしまった。内容量に限界があるらしい。
可哀想なので、治癒能力で治してあげると、ニコニコと嬉しそうに笑って、帰っていった。何しに来たんだろこの人……。
そうして、そこそこ濃い全員の面接が終わった。
「まぁ、決まりだね」
「もう、決まりだろ」
抱きかかえていたバロンとエルマー様が、同時に言った。
「うん、リオちゃんでいいんじゃない? 小さくてかわいいしー」
今まで黙っていたリリア様もそう言う。
能力とかじゃなくて、かわいいからっていう理由がリリア様っぽいなぁ……。
カノン様は相変わらず寝てるけど、もう一人の厳しそうな女性騎士の方は、腕を組んで小さくうなずいた。多分、リオくんで異論はないって意味だと思う。
「念のため聞くけど、スズは誰がいいの?」
バロンが私の肩に飛び乗って、そうたずねてくる。
「私もリオくんがいいかな! 年下の方が話しやすいし」
「うん、ぼくもリオがいいと思うよ。あいつなら恩もあるし、スズを裏切ることはない。この際キャラがかぶるのは目をつむるよ。あとの人間は話にならないしね~」
「そうだな。リオしかいねぇだろ」
バロンはきっぱりとそう言った。エルマー様も同意するようにうなずく。
仲が悪い二人だけど、同意見らしい。
でも、モーガン様だけは相変わらず、煮え切らない表情をしていた。
「……たしかにリオは能力だけ見れば他を圧倒している。しかし経験がない。つい数日前まで能力が欠如していたんだぞ。いきなり大役を任せるのは不安があると俺は思うが」
「お前、いい加減にしろよ。それを指し引いても圧倒してるだろ。大体能力なんて本能で使えるもんだ。あの中じゃリオがダントツだって馬鹿でも分かるぜ」
「……しかし、
その言葉に、エルマー様は顔をしかめた。
知らない人が多いって言ってたし、エルマー様がスラム出身ってこと、モーガン様は知らないのかもしれない。
「……能力さえあれば王宮は来るものを拒まねーんだろ? 今まで王宮で働いている奴らの出身地を調べたこともねーのに、急に何を言ってんだ? なあ、モーガン。よほどリオを採用したくないみたいだが、理由は何だ?」
エルマー様は不敵に笑ってそうたずねる。
モーガン様はしばらく黙った後、首を振った。
「……いや、異論はない。他に異論がある者はいるか?」
モーガン様の問いに対して、部屋が静まりかえる。みんな異論はないみたいだ。この息苦しい面接がやっと終わりそうで、ほっとする。
「……なら、決まりだな。すまないが、五人に合否を伝えてくれないか。そしてリオを呼んでくれ」
モーガン様は扉を見張っていた兵士にそう命じた。兵士は了承しすぐに部屋を出て行った。
しばらくして、控えめなノックの音が聞こえる。モーガン様が返事をすると、扉がおそるおそる開かれた。リオくんだ。
「あ、あの……合格って、聞いたんですけど、本当ですか……?」
「とりあえずここに来なさい」
「は、はい」
リオくんはまだ緊張しているのか、ぎこちない動きで近づいてくる。
モーガン様はどことなく憮然とした表情で、口を開いた。
「……スズちゃんの部下は満場一致で君に決まったよ。言うまでもないが、彼女を他国から守ることが君の役目だ。何を引き換えにしても守ってほしい」
「は、はい! ありがとうございます。スズさまには、指一本触れさせませんっ!」
「じゃあ、スズちゃん。リオに、何か言いたいことはあるかい?」
「あ、はい。ありますっ!」
モーガン様にそう言われて、私は迷わずうなずいた。
リオくんは顔を上げる。痛んだ長い前髪の隙間から、きれいな緑色の瞳が見えた。
憧れ、尊敬、庇護。
目を見ただけで、リオくんがそんな感情をはらんで私を見ているのがよく伝わってくる
それが、危ういと思った。
だから、ちゃんと伝えておかないといけない。
椅子から立ち上がって、リオくんに近づく。それから、少しだけ屈んで、私より少しだけ背の低い、リオくんに視線を合わせた。
「私なんかの部下に申し出てくれて、ありがとう。すごく心強いよ!」
「い、いえ、とんでもないです! 僕も、スズさまのそばにいられることになって、すごくうれしいです!」
「あのね、私はリオくんに助けてもらう身だから、うるさいことは言わないけど、一つだけ、約束ほしいことがあるんだ」
「はい、何でしょうか。僕、何でもします!」
真剣な目をして、リオくんはそう言った。
この瞳に危うさを感じたんだ。
私はその場にしゃがんで、下からリオくんを見上げる。
「さっきさ、リオくんは命を引き換えにしても、私を守るって言ってくれたけど、それは絶対にやめてほしい。リオくんの命を失わせてまで、生きていたいとは絶対に思わないから」
そう言うと、リオくんは驚いた表情で私を見た。
「こんなことを言える立場じゃないのは分かってるんだけど、私もリオくんを守るよ。リオくんが傷ついたら癒すし、戦うことになったら私も戦う。危なくなったら私を置いて逃げていいし、ワガママもたくさん言ってほしい。部下をやめたくなったら、いつでもやめていいから」
重かったり、悲しい空気は好きじゃない。すごく苦手だ。
だから、一気にそれだけを言って、にっこりと笑いかけた。
「迷惑ばかりかけると思うけど、よろしくね!」
重くならないように言ったつもりだったけど、リオくんはすぐにその場にしゃがみこんでしまった。身体を震わせて、両手で目元を拭う。ぽたぽたと涙が床に落ちたから、ぎょっとした。
……やばい、泣かせた。
助けを求めようと、騎士の方々を見る。
エルマー様は笑ってるし、リリア様はひらひらと手を振ってこっちを見ていた。助け舟は出してくれないらしい……。
「やっぱり、スズさまは、僕が思っていた通りの、優しい人です……」
リオくんは涙声でそう言った。
……そうだよなあ、ついこないだまで疫病に感染していて、両手と片足が無かったんだ。そんな状態で重症の妹さんを看病して、毎日いろんな人が周りで死んで。きっと私が想像できないぐらい、辛い日々だったんだろうな。
いきなり泣かせちゃったけど、とにかく心配していた部下が、いい子そうで安心した。
元の世界ではパワハラ上司に散々いじめられていたから、それを反面教師にして、今まで辛い生活をしていたリオくんを甘やかしてあげよう。
そう思った。
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