28.ヴィラ―ロッドの少年
部屋に入ってきたのは、十代半ばにもいっていなさそうな、幼さの残る男の子だった。
緊張しているのか、汚れたヒザ丈のズボンをぎゅっと握って、不安そうに私たちを見つめている。
こげ茶色の髪は男の子にしては長く、肩まで届いている。
こだわりがあってその髪型にしているわけではなく、ただ単に伸びっぱなしなんだろうと思った。何せ服がボロボロで、靴も履いていないんだ。
長い前髪の隙間からきれいな緑色の瞳が見える。まるで
「こ、こここ、こんにちは、スズさまっ! 先日は、妹を助けていただき、本当にありがとうございましたっ!」
男の子は、たどたどしくそう言って、勢いよくおじきをした。
その言葉を聞いて、確信した。
――やっぱりこの男の子、ヴィラ―ロッドで会った、両手と片足が無かった男の子だ!
「びっくりした……! 君は、ヴィラ―ロッドで会った、疫病の妹さんを連れていた男の子だよね?」
「ぼ、僕のこと、覚えてくださっているんですか……?」
「もちろん、覚えてるよ! 元気そうでよかった。あれから妹さんの調子はどう?」
「はい、妹はあれからすっかり元気になりました。僕もこうして、もう一度自分の足で歩けると思っていなかったので、本当にうれしいです。スズさまには、感謝してもしきれません」
「そんな、大げさだよ! 当たり前のことをしただけだから、気にしないで」
「……とんでもないです。僕、どうしても、もう一度スズさまにお礼を言いたくて、いてもたってもいられなくて、それでここに……」
ぽつりぽつりと呟いた小さな声は、震えていた。
え、もしかして泣いてる?
年下の子に泣かれると、どうしていいのか分からないんですけど。
助けを求めようと周りを見回したけど、騎士の方々は無表情で男の子を見ている。うう、みんな冷めてるなぁ……。
「あれ? ちょっと待って。何で君がここに……」
「スズちゃん、もういいかな? 面接を始めるよ。まず名前を」
言いかけた言葉はモーガン様にかき消された。
男の子は腕で涙をぬぐい、顔を上げて。
真剣な表情でうなずいた。
「はい。僕の名前はリオといいます。ヴィラ―ロッドの南西地区に住んでいます。今日はよろしくお願いします」
リオ、と名乗った男の子はそう言って、もう一度深くおじきをした。
「……え?」
理解が追い付かなくて声が漏れる。
隣に座っているエルマー様は、ニヤニヤと笑って私を見ていた。
「エ、エルマー様! あの男の子、能力者だったんですか!?」
「ああ、そうだ。びびっただろ? 言っておくが、
エルマー様はくちびるを尖らせてそう言った。
改めて、リオくんを見る。
痩せ細った小さな身体に、栄養の足りていなさそうな髪。
そんなすごい子には、とても見えなかった。
「じゃあ、はじめに質問をさせてもらうよ。君はどうして、騎士の部下になりたいんだ?」
静まり返った広い部屋に、モーガン様の声が響く。
まず志望動機か……。
数年前に受けた会社の面接を思い出して、私までドキドキしてしまう。
リオくんは落ち着くためか、大きく深呼吸をして、前を向いた。長い前髪から落ち着いた表情がわずかに見える。
「……僕は、騎士の部下になりたいわけではありません。ここでこんな事を言うべきではないかもしれませんが、僕は王宮の方々をあまりよく思っていません。僕が住む街はついこの間まで疫病が蔓延していて、毎日たくさんの人たちが死にました。何度、王宮へ治癒能力者様を派遣してほしいと依頼をしても、王宮は何もしてくださらなかったと聞いています」
リオくんの凛とした声が静かな部屋に響く。
そ、そんな馬鹿正直に言っても大丈夫なんだろうか……。たしかに正論なんだけど、王宮の人たちを目の前にしているだけに、聞いていてハラハラしてしまう。
騎士の方々は黙って、リオくんの話を聞いていた。
「……でも、スズさまは違います。自分が危険な目に遭うって分かっていたのに、正体を明かしてまで僕たち、そして疫病にかかっていた、街の人たちを助けてくれました」
リオくんはそう言って、顔を上げる。
前髪の隙間から見える、翡翠色の瞳が真っ直ぐに私を見た。
「僕は騎士の部下になりたいんじゃなくて、スズさまをお守りしたいんです。僕には、恩があります。妹を助けて頂き、なくなった手足を治して頂いた、一生かかっても返しきれない恩が。それを少しでも返したいからここに来ましたっ!」
部屋がしん、と静まりかえる。
リオくんの熱い言葉に、ちょっと感動してしまった。
治癒能力なんていらないって気持ちは変わらないけど、リオくんの言葉のおかげで、今だけはちょっとだけ誇らしい気持ちになる。
「なるほど」
私が猛烈に感動している横で、モーガン様は特に興味なさそうにうなずいた。
「じゃあ次は、君の能力を教えてくれるかな?」
「は、はい。能力は三つあります。一つ目が身体強化のレベル9です」
さらっと言われて驚いた。いきなり、身体強化のレベル9か。
だけど、驚いたのは私一人だったみたいだ。騎士の人たちは、眉ひとつ動かさない。きっとこの中じゃ珍しくもなんともないんだろう。本当に私の場違い感すごいな……。
「じゃあ、見せてくれる? 適当に動いてみて」
「は、はい……! じゃあ、失礼しますっ!」
リオくんは緊張気味にそう言って、すぐに床を蹴った。
宙に高く浮かんで、天井を蹴って部屋の中を移動しはじめる。何回転も周り、すごいスピードでアクロバットな動きを繰り返した。レベル8の私よりスピードがかなり速い。レベルが1つ上なだけでもこんなに差があるんだ。
やがてリオくんは着地して、不安そうにモーガン様を見た。
「こ、こんなかんじで、いいですか……?」
「うん、嘘は言っていないようだね。じゃあ次の能力を教えてくれる?」
「は、はい……。二つめは、えっと……変身能力です。レベルは……4です」
「変身能力か。見せて」
「あんまり大したことはできないんですけど、すみません……」
リオくんは遠慮がちにそう言って目を閉じる。
それからすぐに黒いもやと共にリオくんの身体が変化して、なんと灰色の毛並みの大きな狼になった。
狼はトコトコと私たちの周りを歩きはじめる。その様子をまじまじと見てしまった。めちゃくちゃかわいい……!
狼は周りを一周したあと、すぐにリオくんの姿に戻った。
「こ、こんな感じです。小さい頃練習したので、この狼にならスムーズになれます。ですが、変身した状態だと話はできません。他のものに変身しようと思うと、時間がかかりますし完全ではありません。あと哺乳類以外にはなれないです。あんまり使えないかもしれないですけど……」
リオくんは申し訳なさそうにそう言ったけど、感心しまった。
変身能力なんてあるんだ。めっちゃ便利そう。大きい動物好きだし、これはポイント高いぞ……。
しかしそんな思惑をよそに、抱きかかえているバロンが突然振り返って私を見た。
「……スズ。あいつはだめだ。絶対に部下にしちゃいけない」
「えっ、どうして?」
「ぼくとキャラがかぶる」
バロンは真剣な表情でそう言った。
私は無視することにした。
「えっと最後は、メインの能力です。形状変化っていう能力で、スズさまの治癒能力ほどではないですが、めずらしいと聞いています」
そう言ったリオくんの言葉に、モーガン様が眉をひそめた。
「……まだあるのか? しかも形状変化だと? レベルは?」
「えっと、一応10らしいです」
さらっとそう言ったリオくんの言葉に、部屋がしんと静まり返った。
思わず首をかしげてしまう。あれ? レベル10ってめちゃくちゃ珍しいんじゃなかったっけ? いや私も10なんだけどさ。
考えていると、ガタン、と大きな音がして、驚いて隣を見る。
モーガン様は椅子から立ち上がって、信じられないような目で、リオくんを見ていた。
他の騎士の人たちも、驚いた表情でリオくんを見ている。エルマー様だけは肘をついて様子をうかがっていた。希望者を選別したって言っていたから、もう知っていたんだろう。
「レベル10、だと? つまらない嘘も大概にしてもらおうか」
「え……? 嘘じゃ、ないと思いますけど……」
「……レベル10の能力者は、現在ノアアーク王一人しかいないはずだ。君が言っていることが事実なら、噂にならないはずがない。今まで隠していたとでも言うのか?」
「あ、えっと、それには理由があります。つい先日まで僕は疫病に感染していて、両手と片足がありませんでした。形状変化は手がないとかなり弱体化する能力なので、数日前まではマトモに使えない能力だったんです。みなさんが知らないのも無理はないと思います……」
困惑した表情で、リオくんがそう告げる。
それを聞いたモーガン様は目を見開いて驚いて。それから、荒々しく髪を掻いて片手で頭を抱えた。
「お前が……形状変化のレベル10の能力者だったのか……。とっくに疫病で死んだとばかり……」
モーガン様は小さな声で呟く。
戦いのときはともかくとして、普段は温厚なモーガン様なのに、どうしたんだろう。様子がおかしい。
それから勢いよく顔を上げて、なぜかエルマー様を睨んだ。
「エルマー。希望者を選別したのはお前だったな? このことを知っていたのか?」
「リオがレベル10だってか? そりゃ知ってたし通すだろ。レベル10だぞ?」
「……くそっ、お前一人に任せるんじゃなかった……」
乱暴に吐き捨てられた言葉に、ハラハラしてしまう。
短気なエルマー様のことだから、ケンカになるんじゃないかって思ったんだ。けれど、意外にもエルマーは不思議そうに首をかしげただけだった。
「何だあいつ……どうしたんだ?」
「さ、さあ?」
きっと、苛立ちよりも困惑が勝ったんだろう。モーガン様が何に怒ってるのか全く分からないので、私も一緒に首をかしげておいた。
やがて、モーガン様はゆっくりと顔を上げて、リオくんを真っ直ぐに見た。
「……嘘ではないなら、見せてもらえるか?」
「は、はい……じゃあ、いきます!」
リオくんはうなずいて、その場にしゃがみ込む。そして、両手を床にぺたりとつけた。
その瞬間だった。
広い部屋の堅い床がみるみる形を変えていく。それに反比例して私たちが座っているところの床が大きく沈下した。たくさんの大きな剣山が次々と部屋中に発生していく。
一体何が起きているんだろう。驚きすぎて、椅子からずり落ちそうになる。
「こんな感じです。どうでしょうか……?」
無機質だった広い部屋が一瞬にして剣山まみれになる。
騎士の方々は目を見開いて、言葉を発しなかった。
リオくんは再びしゃがんで、変わり果てた床に両手を触れさせる。するとあっという間に部屋は元の形に戻った。
「……どういう能力なのか改めて教えてくれないか?」
モーガン様が沈黙を破った。
なぜだろう。その表情には、焦りがみえた気がした。
「はい。この能力は触れたものの形を、好きに変化させることができます。あくまでも形状を変化させるだけなので、新しく創造することはできません。壊れたものを治したり、破壊したりすることは可能です」
「……それは例えば人体にも影響するのか」
「生き物に対しては、破壊はできます。けれど、スズさまみたいに、再生はできないです。傷口を変化させて、応急処置ぐらいはできると思いますが……」
破壊ができる。
つまり戦いの上で、リオくんに触れられた時点でアウトってことか。身体強化9も持ってるし、かなり強い能力な気がする。
「……よく分かった」
モーガン様は静かに呟く。
何かを考えているように、沈黙して。やがて口を開いた。
「……最後に聞かせてくれ。これから、いろんな人間がスズちゃんを狙ってくるだろう。君は彼女を、身を
モーガン様の言葉に、リオくんは大きくうなずいた。
「――絶対に、守ります。たとえ僕の命を引き換えにしても」
凛としたリオくんの声が、部屋に響いた。
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