三章.騎士

27.面接


「――スズ様、起きてください! スズ様!」


 遠くで、エリスちゃんの可愛い声が聞こえる。

 その声を頭のどこかで認識しながら、柔らかいベッドの上で、ごろりと寝返りをうった。


「……うう、あと五分……」

「スズ様! もう時間がありませんわ。……こうなったら強行手段をとらせていただきます!」


 声が聞こえてすぐ、ふわりと浮遊感がおとずれる。


「はぇ?」


 身体におとずれた違和感に、重いまぶたを開ける。

 その後すぐに、ぼすんと柔らかいベッドの上に落とされた。

 軽い衝撃に目をぱちくりさせていると、困った表情のエリスちゃんが、シーツを剥いだ。


「おはようございます、スズ様。やっとお目覚めになられましたね」

「……おはよう、エリスちゃん」

「今日はスズ様の部下を決める面接ですよ。早くお着替えになってください」

「……エリスちゃん、もしかして今、私を浮かせたの? すごいね。そんなこともできるんだ」


 たずねると、エリスちゃんは、にっこりと笑った。


「はい。スズ様なら、わたくしのレベルでもギリギリ浮かせられますわ」


*


「スズ様、本日のモーニングティーです。ポルムの実のお紅茶ですわ」


 王宮の制服に着替え終わったところで、エリスちゃんが朝食とお茶を出してくれた。

 濃い茶色のお茶を一口飲んで、思わず口を離してしまう。


「うっ、これちょっと苦い……」

「目が覚めるお茶ですわ。スズ様、少々お行儀が悪いのですが、時間があまりないので、お食事の間に、髪を整えさせていただきますね」

「あ、うん、ありがとう。私が寝坊したせいで、ごめんね」


 エリスちゃんは、ボサボサだろう私の髪に木櫛を通しはじめた。その間、用意されていた朝食のパンを流し込むように食べる。

 ……うう、我ながらお行儀が悪いなぁ。エリスちゃんに申し訳ないよ……。

 なにしろ昨日は、面接の前日っていうことで、気が高ぶって全然眠れなかったんだ。

 すっかり目が冴えてしまって、大きすぎるベッドの上を何度もゴロゴロと転がっていた。やっと眠れたのは、もう空が白みはじめた、明け方だったと思う。


「スズ様、髪が素敵にできましたわ。いかがですか?」


 明るい声で尋ねられて、渡された手鏡を確認する。いつものポニーテールの付け根が三つ編みになっていた。それに、赤いリボンもついてる。


「かわいい! 私、こういうの自分じゃできないからうれしい。ありがとう、エリスちゃん!」

「気に入って頂けてよかったですわ。さぁ、スズ様、お立ちになって。時間がありません。面接のお部屋に案内しますわ」

「そうだった、急がなきゃ!」


 エリスちゃんのあとに続いて、部屋を出る。

 部屋から足を踏み出した瞬間、ちょっとだけ嬉しくなった。なにしろ、この部屋を出るのは三日ぶりなんだ。

 だけど、感動にひたる時間はなく、駆け足でエリスちゃんの後をついていった。階段をいくつか上がって、やがて大きな扉の前で立ち止まる。エリスちゃんは振り返った。


「こちらのお部屋ですわ。ではスズ様、素敵な方が部下になることをお祈りしていますね」

「ううう、緊張する……ありがとうエリスちゃん」


 案内してくれたエリスちゃんにお礼を言って、部屋の扉をノックする。

 返事がなかったので、おそるおそる扉を開けた。


「失礼しまーす……」

 

 部屋に足を踏み入れる。

 広い部屋だ。でも豪奢さはなくて、白い壁と床の簡素な部屋。

 大きな円卓と複数の椅子が設置されていて、騎士と思わしき皆様が座っている。全部で五人だ。全員が来ているわけじゃないらしい。誰も話していないせいで部屋が不気味に静まり返っている。

 うう、苦手な雰囲気だなぁ……。


「あっスズ! 遅ぇよ! 何してんだよ!」


 聞き覚えのある声が聞こえて、ほっとする。

 エルマー様だ。隣の席が開いていたので、そっと近づいて座った。


「おはようございます……すみません、あんまり眠れなくて……」

「あ? 思いっきり寝過ごしたって顔してるじゃねーかよ」

「遅くまで眠れなかったせいで、起きれなかったんですよ」

「じゃあただの寝坊じゃねえか」

「……まあそうですけど」


 エルマー様に小声で話しかけていると、さらに隣にいたらしい人がひょこっと顔を出してくる。

 王宮の制服を着た、女の人だ。

 私より少し年上ぐらいかな。ここにいるってことは、騎士の一人だろう。

 ボリュームのあるベージュの髪を左右にふたつ結っている。黄緑色の目は大きくて、まつげが上をむいてる。顔立ちはすっごく可愛いけど、身長はけっこう大きい気がする。あと胸が、デカイ……。パツパツの胸元をまじまじと見てしまう。

 その人は私をじっと見て、にぱっと花が咲くように笑った。


「スズちゃん、はじめまして~っ! わたし、リリアっていうのっ! よろしくねっ!」

「は、はじめまして、リリア様! スズと申します!」

「様なんて、つけなくていいよっ! 堅苦しいから、リリアちゃんって呼んでっ!」

「い、いえ……そういうわけには……」


 すごくくだけた方だけど、仮にも騎士だし、どう答えていいのか悩んでしまう。

 すると、隣にいたエルマー様が鼻で笑った。


「スズ、こいつの言うことは無視していいぞ」

「え~っ! エルマーってばひっどーい!」

「てか、いい年してそのブリブリしたキャラやめろ。見てるとイライラすんだよ」

「もーっ、年齢のことは言わないでっ! 殺すぞ?」


 ヒィィィィィ……!

 リリア様からたしかな殺気を感じて、ガタガタと身体が震えてしまう。

 その後もリリア様は、身長とか体重とか胸のサイズとか好きな異性のタイプとか、答えにくいものばかり質問攻めしてくる。答えずに曖昧に笑っていると、逆方向から、肩を叩かれて振り向いた。


「おはよう、スズちゃん」

 

 モーガン様だ! 思わずヒェッと悲鳴が漏れて、椅子から転びそうになる。


「お、おおおおおは、おはようございます……っ!」

「はは、ずいぶん嫌われちゃったなぁ」


 明るくそう言われたけど、どう答えていいのか分からなかった。

 思いっきり電撃砲をぶっぱなされたことがトラウマで目も合わせられない。

 ……モーガン様は苦手だ。優しそうな顔とは裏腹に、何を考えてんのか分かんないし。

 ふと辺りを見回す。

 ずっと部屋にいたから、他の騎士の人たちを見るのも初めてだ。

 モーガン様に襲撃されたときに見た、カノンと呼ばれていた女の子もいる。机につっぷして、寝息をたてていた。

 あの幼い女の子、やっぱり騎士だったんだ。小さいのにすごいなぁ。

 もう一人、見たことない騎士の方がいる。さらさらの長い黒髪を一つに結んでいる女の人で、腕を組んで黙って座っている。何となく、厳しそうな人な気がした。

 みんな私の十倍ぐらい強いんだろうな。場違いもいいとこだな、本当に。


「……そういえば聞くのも怖いんですけど、結局何人ぐらいの方が、私の部下に立候補してくださったんですか?」


 小声でエルマー様にそうたずねてみる。エルマー様は、ああと何でもないように口を開いた。


「たしか二千人ぐらいだったかな」

「に、にせんにんっ!?」

「めんどかったから、使えそうにない能力とか、メイン能力がレベル8以下の奴らは全員切ったぞ。そしたら通ったのは五人だけだった」

「そ、そうですか……二千人から、五人……へぇ……」


 どこからつっこんでいいのか分からない。

 深く考えるのはやめることにした。


「んなことよりスズ。あの精霊は呼び出さなくていいのか? あの毛玉、お前にご執心そうだから、勝手に直属の部下なんて決めると怒るんじゃねぇの?」


 エルマー様にそう言われて、首をかしげる。


「えっ、バロンのことですか? うーん、怒りますかね?」

「……怒ると思うぜ。何となく分かる」

「じゃあ、ちょっと呼び出してみます」


 両手を合わせて意識を集中させる。

 バロンを呼び出すのは、王様に消されて以来だ。ちゃんと無事なんだろうか。


「――バロン、来て」


 小さな声で呟いた。

 頭上に黒い空間が現れて、バロンがゆっくりと現れる。よかった、無事だった。

 だけど、現れたバロンは、なぜか目に涙をいっぱい浮かべていた。


「スズ~~~~~っ! ごめんねっ!」

「ぶっ!」


 突然顔面に飛びつかれて、慌てて抱き上げる。

 バロンは大きな耳を悲しそうに伏せて、しゅんと俯いていた。


「スズ……ぼくがふがいないばっかりに、スズを守れなかった。本当にごめんね……」

「バロン、どうしたの。私なら大丈夫だよ。何とかなったから」


 そう言うと、バロンは顔を上げて辺りをキョロキョロと見回しはじめた。

 途端に顔をしかめる。


「――え、なにこの状況。ぼくの記憶違いじゃなければだけど、スズを襲った人間が二人いるよ。今どういう状況なの?」

「あとで詳しく説明はするけど、私この国に騎士として住むことになったの。騎士になれば王宮から自由に出ていいって王様に言われたから」


 そう言うと、バロンは怪訝そうな顔をした。


「はぁ!? あの人間がそこまで譲歩したの? まぁスズだからってのもあるだろうけど……」

「よくわかんないけど、特別にいいんだって。それでね、これから私の部下を選ぶんだけど、よかったらバロンも選んでくれない?」


 そう言うと、バロンはあからさまに不服そうに顔をゆがめた。


「はぁ~? スズに部下ぁ~? それってあれでしょ、ボディーガードってことでしょ! なんでそんなことになってんの!? ぼくがいるんだからそんなのいらないっつーの!」

「えぇ……」


 予想外に激しくキレられて、困惑する。


「バロン、前に強い人間と召喚契約して、守ってもらえって言ったじゃん……」

「たしかに言ったけどっ! ぼくはね、今回のことで分かったんだ! この世界には、強い人間でマトモな思考を持った奴なんていないってね!」


 不機嫌そうに言ったバロンにすかさず、エルマー様は口を挟んだ。


「……お前が頼りないからこうなってんだろ?」

「あ? 何だ人間。このぼくに向かって今何て言った? 頼りない?」

「事実だろ。お前、一瞬でノアアーク陛下に、戦闘不能にされたらしいじゃねえか。精霊のくせに全然大したことねぇんだな。だからこうしてちゃんとスズを守れる人間を選んでるんだろ。役に立たない精霊の代わりに」


 エルマー様は楽しそうにそう言った。

 うわ、めっちゃ煽ってる。そして煽り耐性の低すぎるバロンの毛がどんどん逆立ってる。

 めちゃくちゃイライラしてる証拠だ。


「このやろぉーっ! ぼくのダンジョン来て同じこと言ってみろよ! お前みたいなやつ瞬殺してやるからなっ!」

「残念だったな、ここはダンジョンじゃねぇんだよ」

「うえ~ん! スズ~このクソ人間がぼくをいじめるよ~~~!」

「バ、バロン……ちょっと静かにね……いや本当に、お願いだから……静かにして」


 バロンを落ち着かせるために、背中を撫でる。

 さっきの厳しそうな女性騎士の冷たい視線が痛くて、すごいドキドキする。

 この緊迫した空間で喧嘩するのはやめてくれないかな……。


「三人ともそろそろ静かにね。一人目が来る時間だよ」


 モーガン様にそう言われてびくっとする。慌てて口をつぐんで、バロンの口を手でふさいだ。

 コンコン、と扉を叩く音が聞こえた。

 どんな人だろう。緊張で汗かいてきた……。


「し、しつれい、します!」


 扉の向こうの人も緊張しているらしい。

 うわずった若い少年の声が聞こえて、すぐに扉がゆっくりと開かれる。


「あれ、君は……」


 そこに現れた人物を見て、私は目を見開いて、驚いた。

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