26.昇進しました
「ああ、そうですわ! わたくしとしたことが、すっかりスズ様の治癒能力に見とれてしまいました。お茶のご用意ができたのですが、お召し上がりになりますか?」
ふんわりとした笑顔で、エリスちゃんにたずねられる。
わたしは、大きくうなずいた。
「やった! エリスちゃんの淹れたお茶、飲みたいなー!」
「では、すぐに準備いたしますね。エルマー様もお召し上がりになりますか?」
エリスちゃんがそうたずねると、エルマー様は不機嫌そうに顔をしかめて、目を逸らした。
「……まぁ、じゃあ、もらうわ」
「はい、かしこまりました」
エルマー様のそっけない返事にも、エリスちゃんは嫌な顔一つせず、笑顔でうなずいた。エルマー様、相変わらず愛想悪いなぁ……。
部屋の扉の前に置かれているティーワゴンには、ティーポットとカップ。それに、ケーキスタンドの格段にお菓子とケーキが積まれている。
エリスちゃんはワゴンを私たちの傍まで引いた。それから能力でポットや茶葉を浮かせて、準備をはじめる。
ふわりと浮いた茶葉がティーポットに入って、そこにお湯がそそがれる。蒸らしている間、茶葉のいい香りがした。
「わぁ、すっごくいい香り! ね、エルマー様!」
「あ? 全然わかんねー」
エルマー様は物凄くどうでもよさそうにそう言って、鼻を掻いた。
……本当に騎士感がないよな、この人。育ちがよさそうなのは見た目だけだよ。
エリスちゃんは、流れるような手つきでティーカップをセットして、テーブルに置いてくれた。
「どうぞ。本日は王宮のお庭で取れた、ギプルの花のお茶ですわ」
ギプルの花って何だろう。
分からないけど、王宮に生えてるぐらいだから、きっといいお花なんだろう。
高級そうなカップを手に取って、オレンジ色のお茶を一口飲む。さわやかな味でおいしい。
「おいしい! お花のいい香りがして癒されるよ」
「ふふ、よかったですわ。スズ様、お疲れのようでしたので、リラックス効果のあるお茶を選びましたの」
そう言って、ふんわりと微笑んだエリスちゃんを見て、つい顔がゆるんでしまう。
はぁ、エリスちゃん天使すぎ。
王様からかばってくれたときのエリスちゃんもかっこよかったけど、やっぱり普段のおっとり美少女は最高に癒されるなぁ……。
ふと隣を見ると、エルマー様がぐびっと紅茶を一気飲みして、勝手にポットからおかわりと注いでいた。……つっこまないぞ、私は。
エリスちゃんが、三段のスタンドから、フルーツのケーキを取ってくれたので、ありがたく頂いた。ケーキもめちゃくちゃおいしい。
「そういやスズ。外、すげー騒ぎになってんぞ」
大口でケーキを食べているエルマー様にそう言われて、首をかしげる。
「ん? なんの騒ぎですか?」
「お前の騒ぎだよ。レベル4の治癒能力者が見つかったって、王国中に広まってる」
その言葉に、思わずケーキを吹きそうになる。
「は? もう広まってるんですか? バレたのついさっきなのに?」
「……お前さぁ、ヴィラ―ロッドで疫病の奴全員治したんだろ? それ自体はすげーありがたいんだけどさ。んな目立つことしたら、あっという間に広まるに決まってるだろ?」
「……うっ、それ王様にも言われましたよ……」
呆れたように言われて、うなだれる。
やっぱりバロンの言うとおり、あれは悪手だったんだなあ。全然後悔はしてないけどね。
「そういえば、バロンは無事なのかなー。王様が戦闘不能にしたって言ってたけど……」
「バロン? もしかしてあの毛玉のことか? お前、ヘンなのと召喚契約してんだな。一瞬だけだったが、能力消されてビビったぜ。精霊とか言ってたけど、マジじゃねーよな?」
「うーん、多分本物だと思いますよ。微妙にすごいし、ダンジョンで契約したし」
そう言うと、エルマー様は目を見開いて、まじまじと私を見た。
「……マジか。あの毛玉、本物の精霊なのか。そうかお前、ダンジョン攻略してるんだったな。地味にすげぇ奴だな……」
「あれ? エルマー様のあのえげつない能力は、ダンジョンを攻略して手に入れたんじゃないんですか?」
「俺のは生まれつきの能力だよ。つーか、ダンジョンクリアして能力手に入れた奴なんて、ほぼいないと思うぜ。ここ数百年ぐらい、ダンジョンに入って、戻ってこれた奴が全く確認されてないらしい。言い伝えだと、成功失敗に関わらず、ランダム移動で戻れるはずなのにだ。そんな状態だから、今じゃびびって誰もダンジョンに近づいてねーよ」
あ、そうだ。この世界に来たばかりのときにアイリスさんに、そう教えてもらったっけ。
普通なら失敗しても記憶を消されてどこかに戻されるはずなのに、返送されるはずの挑戦者が全く見つからないって言ってた。
ダンジョンのことだし、バロンなら何か知ってるかもしれない。今度呼び出したときに聞いてみよう。生きてんのかなーバロン。
「ってか、んな話はどうでもいんだよ。お前、九人目の騎士になるんだってな。まー
「……私の何を警戒するんですか。めちゃ弱いですよ、私」
「まぁたしかに騎士の中じゃダントツに弱いが、他国の奴らは“この王国の騎士”って聞いただけで物凄く警戒するんだよ。ティルナノーグ王国の騎士なら、さぞかし強いんだろう、ってな。雑魚相手なら、騎士ってだけでまず手を出してこねぇと思うぜ」
「な、なるほど……」
エルマー様の説明に、ものすごく納得してしまった。
騎士ってだけで、敵はびびって襲ってこない可能性があるのか。便利だなー騎士。
「つまり、騎士になれば、襲撃される心配がなくなるんですね!?」
「そんな簡単じゃねぇよ。頭の良い奴はそんなもんじゃ騙されねぇし、ハッタリだってすぐ気が付く。それに腕に自信のあるやつもいるしな。そこでお前の部下だ」
エルマー様は、ケーキの上に乗っている赤い果実をフォークで刺して、それを私に突き付ける。得意げに話を続けた。
「お前の部下の募集はもう始まってる。希望者をふるいにかけて、三日後の昼から面接だってよ。暇だし俺が選んどいてやるよ」
「あ、ありがとうございます! ……でも、希望者なんているんですかね? 私の部下になる人は、強い奴から私を守らなきゃいけないっていう貧乏くじを引くわけでしょ。そんなの誰が好んでやるんですか?」
「分かってねーな。希望者なんて山ほど来るぞ」
「え?」
思わず声を上げてしまう。
「治癒能力者ってのは、神聖視されてるからな。お前だって見ただろ、サウスミンスターで信仰対象にされてるぐらいなんだぜ。お近づきになりたい奴は多い。でもまーほとんどがゴミだ。面接できる人数にまで、俺がふるい落としといてやるよ」
「なんかもう……よくわかんないんで任せます……」
「いざとなったら俺がボディーガードになってやるから安心しろよ!」
「何言ってんですか……同じ騎士なのに、そんなのできるわけないでしょ……」
聞いてるだけでぐったりと疲れてくる。
これが全部自分のことだと思うと疲労感がはんぱない。
はぁ、何でこんなことになってんだろ。悩んでも仕方ないって思ったばかりなのに、つい頭を抱えてしまう。
そのとき、今まで黙って聞いていたエリスちゃんが、突然エルマー様の空になったカップを下げた。
「さぁ、エルマー様。お茶はもうよろしいですか? 女性の部屋に長居するなんて感心しませんわ。スズ様は、本日様々なことがあってお疲れです。今日のところはもうお帰りください」
「あ、ああ? まだ、話が終わってねーんだけど……」
「そもそも、入浴直後の女性の部屋に入るなんて非常識ですわ。さぁ、早くお引き取りください」
エリスちゃんが強くそう言うと、エルマー様はぐっと言葉に詰まった。
「ま、まぁそうだな……スマン、配慮が足りなかった。じゃあスズ、俺帰るわ。どうせ暇だろうから、明日も遊びに来てやるよ!」
エルマー様はそう言って、逃げるように部屋を出て行った。
「ああもう! 明日もいらっしゃるなんて、長居してはいけないと申しあげましたのに!」
エリスちゃんは可愛い顔をむっとさせて、エルマー様が出て行ったばかりの扉を睨んでいる。
……すげーなエリスちゃん。騎士相手にめちゃ強いじゃん。
そしてエルマー様はめっちゃ弱い……もしかして女の子に甘いのかもしれないな。私にも甘いところがあるし、そんな気がする。
「スズ様。さしでがましいことを申し上げますが、これからは簡単に人を部屋に招いてはいけませんよ。エルマー様は大丈夫かと思いますが、どこから狙われているのか分からないのですから。部下が決まるまでは大人しくなさっていてください」
「う、うん。分かった。心配してくれてありがとね」
あまりにも心配そうに言うエリスちゃんに向かって、うなずいた。
エリスちゃんすごい過保護になっちゃったな。こんな可愛い子に心配してもらえるのはうれしいけどさ。
そうして私は三日間、王宮の部屋でだらだらと過ごすことになってしまった。
エリスちゃんやエルマー様がちょいちょい遊びにきてくれるから、退屈すぎるってことはないんだけど、何だか落ち着かない。
常に行動を共にしなきゃいけない部下がどんな人になるのか、不安だったんだ。
……私の意見が通るかは分からないけど、無害そうな人がいいなあ。
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