25.俺が悪かった


「……スズ様、立てますか? すぐにここから移動しましょう」

「エ、エリスちゃぁん……助けてくれてありがとう……私……」

「お話はあとですわ」


 エリスちゃんに力強く手を引かれて立ち上がる。

 そのまま足早に歩きはじめたエリスちゃんの背中を追って、着いたのは私の部屋だった。

 部屋に入り、エリスちゃんがすぐに扉を閉める。すると、今度はエリスちゃんがずるずるとその場に座り込んでしまった。


「……っ」

「エリスちゃん!?」


 小さな身体が震えている。慌ててエリスちゃんに寄り添った。


「急にどうしたの!? 大丈夫!?」

「わ、わたくし……身体の震えを止めるのに必死でした……」

「そ、そうだよね……あの国王様キレイだけど、めちゃくちゃ怖かったもんね! 腹黒そうっていうかさ」

「……陛下のことではありませんわ」


 エリスちゃんはふらつく身体を起こして、真っ直ぐに私を見る。

 そして口を開いた。


「――スズ様は、レベル10の治癒能力者なのですね」


 エリスちゃんは、はっきりとそう言った。

 思い出して、はっとする。やっぱりエリスちゃんは王様に嘘をついたんだ。


「……気付いてたんだ。発動に失敗したのかと思ってた」

「発動に失敗するなんて、そんなことありえませんわ。あまりにも驚いて、つい嘘をついてしまいました……」

「どうして嘘を言ったの? 王国民は、王様を裏切れないって言ってたのに……」


 そうたずねると、エリスちゃんは突然、大きな紫色の瞳から大粒の涙をぽろりとこぼした。


「エ、エエエリスちゃん!?」

「……うっ、うう……っ、も、申し訳ありません……。このことを陛下に知られたら……スズ様が間違いなく、厳重に幽閉されてしまうと思ったので……つい嘘を……。わたくし、悪い子ですよね……」

「ぜ、全然悪い子じゃないよ!? エリスちゃんみたいないい子、見たことないよ! あーごめんねごめんね! 私なんかをかばってくれてありがとう! 泣かないで!」


 美少女を泣かせたショックで、狼狽してしまう。

 慌てて広い部屋を走り回り、クローゼットに入っていた綺麗なハンカチを見つけて、エリスちゃんの涙をぬぐってあげた。

 美少女に泣かれると、罪悪感が半端じゃない。

 でも泣いてる顔もめちゃくちゃ美少女で、ちょっとドキドキしてしまう……。

 しばらくすると、エリスちゃんは落ち着いたようで、真っ赤になった目で、私を上目使いに見た。


「……スズ様。よく聞いてください。この事実を知っているのは、わたくしだけです。わたくしは何があってもスズ様の味方ですわ。何か困ったことがあったら、わたくしを頼ってください」

「うん。ありがとね、エリスちゃん。相談できる子ができてうれしい!」

「……少し落ち着いてまいりました。取り乱してしまい、申し訳ありません。スズ様、とても疲れた顔をしていらっしゃいますね。温かいお茶を入れてまいりますわ。しばらく待っていて頂けますか……?」

「え、いいよそんなの! エリスちゃんの方が疲れてるじゃん。休んでて!」


 立ち上がったエリスちゃんに、慌ててそう言うと、エリスちゃんは疲れた表情で首を振った。


「わたくしは大丈夫ですわ。心配をおかけしてしまいましたね。それよりスズ様、お洋服がずいぶん汚れていますわ。それにお袖も破れています。ご入浴してきてくださいな。その間にお茶の準備をしてまいりますので」


 エリスちゃんは、ぎこちなく微笑んで、ふらふらと頼りない足取りで部屋を出て行ってしまった。

 だ、大丈夫かな、エリスちゃん……何か様子がおかしいけど。

 でも、しっかり者のエリスちゃんがあんなに憔悴しちゃうぐらい、治癒能力は特別なものなんだ。分かっていたつもりだったけど、今日一日で否応なしにそれを理解させられて、悲しい気持ちなる。

 

「……でも落ち込んだところで、どうにかなるわけじゃないし」


 ひとりごちて、顔を上げた。

 悩んだところで、どうにもならないのだ。

 この世界でこの能力と、どうにか生きていくしかない。

 まぁ、たぶん何とかなる! さっきまで絶体絶命だったけど、こうして王様に外出許可だってもらえたわけだし!


「とりあえず、お風呂入ろ……」


 エリスちゃんの言葉に甘えて、お風呂にでも入ることにした。

 脱衣所で脱ぎながら確認すると、服はいたるところが黒く焦げていて、パフスリーブの白い袖にはべったりと血がついている。モーガン様に攻撃されたときのものだろう。こんな汚い姿で、あの潔癖そうな王様に会って大丈夫だったんだろうか……。


「うわ、身体も血まみれだ……」


 血が固まって皮膚にはりついている。

 傷は回復するけど、汚れはこうして残るらしい。こんなに出血したのに、ぴんぴんしてるって本当にすごいな。治癒能力がなかったら死んでいたかもしれない。まぁ持ってなかったら、こんな目には遭ってないんだけどさ。

 大理石でできたぴかぴかの浴室に入り、身体をゴシゴシ洗う。

 熱いお湯をあびて、浴槽いっぱいに張ったお湯の中に入る。あーきもちいい。この世界にもお風呂の文化があってよかった。お風呂好きだからうれしいよー。

 結構な長風呂をしてしまったけど、浴室から出てもまだエリスちゃんは戻っていなかった。

 クローゼットに入っていた楽そうな白いワンピースに着替えたところで、ノックの音が聞こえた。

 きっとエリスちゃんだろう。そう思った。


「スズ、入っていいか?」


 だけど、予想に反して聞こえたのは男性の声だった。

 しかも聞き覚えのある声だ。

 この声は、たしか。


「もしかして、エルマー様ですか……?」

「そうだよ。入るぞ」

「ど、どうぞ……」


 エルマー様に会うのは、ヴィラ―ロッドで攻撃されて以来だ。

 人にあれだけ乱暴しておいて、どんな顔で入ってくるんだろ……。

 扉がゆっくりと開かれて、現れた人を見て。


「うわっ、あんた誰ですか!?」


 驚いて、思わず声をあげてしまった。

 現れた人は、多分エルマー様だろう。背丈が一緒だし、面影がある。

 けれど、顔に殴られたような跡があり、真っ赤に腫れ上がっていた。前に見たときより、一回り顔が大きくなっている気がする。ボコボコ、という言葉がぴったり当てはまる顔だった。


「……俺だよ。エルマー」

「……どうしたんですか、その顔」


 たずねると、エルマー様は言いにくそうに、口をつぐんだ。


「……俺、お前に逃げられただろ。その関係で、こっぴどく怒られたんだよ……」

「誰にですか?」

「……言わねぇよ」

「まさか……王様ですか!? こっわ! うわー男前が台無しですねー」


 エルマー様は答えずに、不機嫌そうに口を閉じる。

 それから私を見て、ぎょっとした表情をして、一歩後ずさった。


「あ、風呂入ってたのか……すまん。出直すわ……」

「別にいいですよ。服着てるし」

「……え、そうか?」


 慌てて扉に向かおうとしたエルマー様が戻ってくる。

 それからエルマー様は何か言いたそうに、顔をあげては俯くを繰り返していた。

 何か言いたいことでもあるのか?

 そう思って黙って見ていると、エルマー様は、やっと口を開いた。


「……スズ、悪かった。ヴィラ―ロッドで乱暴なことをしただろ。今すぐに捕まえねーとって、あせったんだ。冷静じゃなかった。すまん」


 エルマー様はかなり沈んだ声でそう言った。

 うわあ、見て分かるぐらいヘコんでる。あの高飛車なエルマー様がこんな風になるんだな。物珍しげにまじまじと見てしまう。


「もういいですよ。何か痛い目にも遭ったみたいだし、隠してた私も悪いですから」

「……マジで悪かったな」

「私、王様と契約してこの王国に住むことになったんです。もう逃げる必要がなくなったので、乱暴なことはしないでくださいね」

「さっき、話は聞いた。あのあとモーガンに襲撃されたって聞いたが、大丈夫だったのか?」

「容赦なく雷レーザーで攻撃されて、殺されるかと思いましたよ」


 そう言うと、エルマー様は目を見開いて驚いた。


「な、何だと! あいつ、女相手にそこまでやったのか……っ!?」

「……エルマー様も変わらないと思いますけど」

「うっ、そうだな……悪かった……」


 エルマー様は、またうつむいた。

 こう言っちゃ悪いけど、私の一言で表情が変わるエルマー様がちょっとおもしろい。


「そうだ。スズこれ、お前の剣。ヴィラ―ロッド周辺に落ちてたぞ。戦ってたときに落としたんだろ」

「あ! 拾ってくれたんですか。ありがとうございます」


 差し出された剣を受け取る。王様に襲撃されたとき落とされたんだ。結構気に入ってたから戻ってきてよかった。

 それからすぐに、またノックの音が聞こえて扉を見る。


「スズ様、遅くなってしまって申し訳ありません。お茶を淹れてまいりましたわ――って、エルマー様!? 何をしてるんですか!?」


 エリスちゃんは声を上げて、慌てて部屋に入ってくる。


「女性の部屋に勝手に入るなんてっ!」

「い、いや……スズが入っていいって言ったんだよ……」

「本当ですか、スズ様!?」


 たずねられて、うなずいた。


「うん、本当だよ。それより、エリスちゃん。よくエルマー様って分かったね。この顔、ひどくない?」


 笑ってそう言うと、エリスちゃんはエルマー様の顔を確認するように、じっと見て。

 それから、やっと驚いた顔をした。


「まぁエルマー様! 何ておいたわしい! その顔、どうされたんですの?」

「……いや、別に」

「綺麗なお顔が台無しですわ。きっとスズ様に乱暴をしたから、騎士のどなたかにやられたんでしょう」

「何でもねーよ!」


 エルマー様は苛立たしげにそう言って、答えなかった。

 負けず嫌いそうだからなあ。やられた相手の名前は言いたくないんだろう。

 あ、そうだ。と思い立って、エルマー様に近づく。


「それ、治しましょうか?」

「え? い、いいのか……?」


 エルマー様は、なぜか少しとまどっていた。


「治して頂いたら、いかがですか? わたくし、スズ様の治癒能力、見てみたいですわ」


 エリスちゃんがそう言うと、エルマー様はおずおずとうなずいた。


「……じゃあ、頼む」

「任せてください!」


 返事をして、エルマー様の痛ましい顔に触れる。

 さっき、お風呂に入ったからか、疲れはとれて、マナも少し回復していた。これぐらいの傷を治すこと、なんでもない。

 力を使うと、腫れ上がっているエルマー様の顔はみるみる小さくなり、すぐに元の端正な顔に戻った。


「終わりましたよ」


 そう言うと、エルマー様は確認するように、自分の顔に何度も触れる。

 それから、まじまじと私を見た。

 

「……お前、マジでやべぇな……」


 感動したようにそう言われて、ちょっとだけ、自分が誇らしくなった。

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