24.召喚契約


 感情が表情に出てしまったのか、王様は私を見て小さく笑った。 


「ふふ、そんな顔をしないでください。後から条件を増やして申し訳ありません。この条件はあなたが嫌なら、断って頂いても大丈夫ですよ。何とでもなりますからね」

「……ちなみに、どういう条件ですか?」


 おそるおそるたずねる。

 王様は形のいいくちびるで笑みを浮かべて、真っ直ぐに私を見た。


「私と召喚契約をしてください」

「え、召喚契約って……私と王様がですか?」

「ああ、ややこしい言い方をしてしまいましたね。あなたが望むならかまいませんが、あなたが私を召喚するのではありません。私があなたを召喚するのですよ」


 ん? どういうことだろう。

 言っている意味が分からなくて、首をかしげてしまう。

 すると王様は微笑んで、片手を私の目の前に差し出した。

 次の瞬間、何もないところから一本の剣が出てきた。柄を手に取って見せた後、剣は再び何もないところへ消えていく。

 驚いて目を見開いた。この能力はまさか……。


「お分かり頂けましたか? 私はあなたと同じ、移動能力者です」

「そ、そうだったんですか!? あっ、私がモーガン様と戦っているとき、王様が突然現れたのも……」

「はい、移動能力ですよ。レベルは10です。ふふ、あなたの先輩ですね」


 王様は嬉しそうにそう言う。

 ……バロンが言ってた、王様のレベル10の能力って、移動能力のことだったんだ。

 完全に私の上位互換じゃん……。

 私は十メートルごとにしか移動できないのに、レベル10だと瞬間移動ができるんだ。バロンがレベル10はまさしくレベルが違うって言ってたけど、どうやら本当らしい。

 万が一、王様と敵対するようなことがあっても、私じゃまず勝てないだろう。

 

「……私が王様の召喚獣になるってことですか? でも、私じゃ、王様のお役に立てるかどうか……」

「いえ、あなたを戦わせるつもりはありませんよ。契約しておけば、万が一他の国にさらわれても、すぐに呼び出せるでしょう。知っているとは思いますが、召喚の呼び出しは拒否できますし、マナが少なくなった状態や、戦闘不能状態のとき……たとえば睡眠時、拘束時、気絶時には召喚できません。他国にさらわれたときに、応じてくだされば結構ですよ」

「えっ、召喚できない場合があるんですか? 知らなかった……」

「おや、知らなかったんですか。あなたの召喚獣も、先ほど私が戦闘不能にしましたので、回復するまでは呼び出せないはずですよ」


 何でもないようにそう言われて、改めて目の前にいるこの人が恐ろしくなる。

 一瞬で、あのバロンを戦闘不能にしたんだ。

 

「……呼び出しを拒否できるっていうのは、本当ですよね?」


 一番不安なところを、おそるおそるたずねる。

 拒否できるというのが嘘なら、私は一生、この王様から逃げられないことになる。これはとても重要な質問だ。

 王様は微笑んで、うなずいた。


「本当ですよ。ただ、移動能力者の召喚には、強制召喚というものがあります。強制召喚は知っていますか?」

「強制召喚……? 知らないです、教えてください」


 聞き覚えのない言葉にたずね返すと、王様は呆れたようにため息を吐いた。


「あの精霊は、あなたに何も教えていないんですね。強制召喚というのは、言葉通り、呼び出しが拒否できない召喚です。これはレベルに限らず、召喚が使える能力者が生涯で一度だけ使える能力です。他の召喚と同じように、戦闘不能状態のときは機能しませんが、それ以外では呼び出しの拒否はできません」

「えーっとえーっと! それは、私にも使えるってことですか?」

「ええ、使えますよ。生涯で一度きりですが。それに、安心してください。私はもう、強制召喚を使ってしまいましたから、二度と使えません。強制的にあなたを呼び出すことはできませんよ」


 王様は少し残念そうにそう言った。

 ……王様は一度しか使えない、その貴重な強制召喚をもう使ったんだ。

 一体誰に使ったんだろう。気になるけど、さすがにそこまで突っ込んだことは聞けないな。まぁ聞いたところで分からないだろうけどさ。

 とにかく、召喚を拒否できるっていうのが本当なら、この契約は私にメリットしかない。

 王様の心象を悪くするのも微妙だし、ここは大人しく従っておくことにした。

 

「わかりました。召喚契約、お受けします!」

「ありがとうございます。では、早速契約しましょうか」


 王様はそう言って、やっと私を拘束しているロープを解いた。

 解放された両手をおずおずと差し出すと、王様はすぐに私の手に触れて、ゆっくりと手を離した。

 ……ん? もう終わったのか?

 何かバロンのときより簡単な気がするし、実感がわかないんだけど。

 思わず首を傾げてしまう。


「もう終わったんですか?」


 たずねると、王様はにっこりと笑った。


「ええ、すでに召喚契約は完了していますよ。では、あと二つの条件も呑んでいただけるということでよいですね?」

「はい! ご慈悲に感謝します! 王国のために一生懸命働きますので!」

「ありがとうございます。ああ、そうだ。あなたのことは信用していますし、大切にしたいという気持ちはあります。けれど……」


 王様は一度そこで言葉を切った。


「――もし。もう一度、逃げたそのときは、すぐに捕らえて二度と王宮から出しませんので、そのつもりでいてくださいね?」


 笑顔でそう言われて、私は大きく頷いた。


「ぜぜぜ絶対に逃げませんっ!」


 口調は柔らかいけど、絶対本気だ。うう、この王様、キレイだけど怖いよ……。

 ふとエリスちゃんを見ると、ほっとしたような表情を浮かべていた。助かったのもエリスちゃんのおかげだ。あとでお礼を言わなきゃ。


「今日は酷いことをして申し訳ありませんでしたね。今日からここはあなたの国です。全ての王国民であなたを守りますから、どうぞ気楽にお過ごしください」

「そこまでしてもらわなくて大丈夫です……」

「では、エリス。彼女を部屋に。部下が決まるまで、扉前に見張りをつけてくださいね」


 王様の言葉に、エリスちゃんはうなずいた。


「……了解いたしました。スズ様、こちらですわ」


 エリスちゃんに、扉へと案内される。

 国王様に向かって一礼し、部屋を出た。

 扉を閉めた途端、その場にずるずると座り込んでしまった。

 ああよかった……。私、助かったんだ。

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