22.うそつき
「スズ様……? スズ様ではありませんか!」
「エ、エリスちゃんっ!? なんでここにいるの!?」
「それはわたくしの台詞ですわ! どうして、スズ様が陛下のお部屋にいるのですか!? エルマー様と外出されたはずでは!?」
「えっと、その……いろいろあってね……」
とっさに言葉をにごしてしまう。
王様の部屋に入ってきたのは、私の世話係を務めている、侍女のエリスちゃんだった。
見知った可愛い顔に、少しだけほっとしつつも、まだ混乱が上回る。どうして、エリスちゃんが王様の部屋に来たんだろう。
エリスちゃんは、物を浮かせる能力と、本当の名前が分かる能力、あわせて二つの能力を持っていると言っていた。
能力を調べることができる能力者だとは言っていないから、きっと王様にお茶でも出しにきたんだろう、そう思った。
「この子を知っているのですか、エリス」
王様は意外そうにたずねる。
エリスちゃんは悩むようなしぐさを見せてから、おずおずと頷いた。
「は、はい……。昨日からスズ様……あっ、えっと、こちらの女性のお世話をさせて頂いています。あの、陛下……まさか、治癒能力者というのは……?」
「はい。この子です。私もこの目で見ていますから間違いありません。彼女、レベルを言わないので、調べて頂けませんか?」
「嘘……まさか、そんな……スズ様が……?」
エリスちゃんは信じられないような表情を浮かべて、食い入るように私を見た。
それは、驚きとか、悲しみとか、喜びとか、いろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざった表情で。あのおしとやかなエリスちゃんにこんな顔をさせるほど、治癒能力者は異端なんだと、改めて思い知らされて悲しくなる。
「エ、エリスちゃん、あの……」
「――スズ様が、治癒能力者だったなんて。とにかく調べさせて頂きますわ」
「え、まさかエリスちゃんが、能力を調べることができる能力者なの?」
「……そうですわ、スズ様。お伝えしておらず、申し訳ありません。でもそれはお互い様のようですわね」
エリスちゃんは悔しそうに、ぎゅっとくちびるを噛んでそう言った。
「で、でもエリスちゃん、物を浮かせる能力と、本当の名前が分かる能力って言ったじゃん!」
「いいえ、本当の名前が分かる能力などではありませんわ。その人が偽名を言っているかどうかが分かるのは、本来の能力、能力感知能力の副産物なのです」
「えっ、どういうこと?」
ぴんとこなくて思わず聞き返してしまう。
エリスちゃんは、真っ直ぐに私を見たまま、口を開いた。
「……以前、わたくしはスズ様にお伝えしましたね。レベルによって、発動条件に相手の名前が必要な能力が存在すると。わたくしの能力がまさしくそれなのです。わたくしが所持している能力感知能力は、レベルが高くありません。ですから、相手の名前が分かって、初めて発動できる。スズ様に初めてお会いしたとき、顔を合わせているのに能力が分からなかったから、本当の名前ではないと分かった。それだけですわ」
……そういうことだったんだ。
私が勘違いしていただけで、最初から本当の名前が分かる能力なんかじゃなかったんだ。
「――スズ様。あのとき、聞きそびれてしまいましたね。スズ様の本当の名前はなんですか?」
「い、言えないよ! 言ったら調べるつもりなんでしょ!」
「スズキサクラ、ですよ。先ほどそう言っておりました」
横から王様が低い声でそう告げる。
しまった。さっきこのために名乗らされたんだ。
反射的に王様を見ると、王様は私に向かってにっこりと笑った。それを恨めしい目で睨んで、エリスちゃんに向きなおる。
エリスちゃんはうなずいて、ゆっくりと私に近づいてきた。
拘束されたままの身体をよじりながら部屋の隅に移動する。こんなことをしても無駄だって分かっていても、逃げることをやめられなかった。
「エリスちゃん、お願い、やめてよ」
「……スズ様、申し訳ございません。それは無理なご相談ですわ。ティルナノーグの王国民は陛下を裏切ることなんて、絶対にしませんの」
エリスちゃんは静かにそう言って、芋虫みたいに転がっている私の目の前で立ち止まる。その場に膝をつき、透き通るように白い手を伸ばしてきた。
ひたり、と冷たいエリスちゃんの両手が頬に触れる。
目の前にはアメジストみたいな紫色の大きな瞳。
その中に私の姿が映ってしまうんじゃないかと思うぐらい、近くにエリスちゃんがいる。こんな緊迫した状況だっていうのに、エリスちゃんが美少女すぎてちょっと緊張した。
「……え?」
エリスちゃんの小さな声が漏れる。
大きな瞳がさらに大きく見開かれていく。頬に触れている手が小さく震えて、呼吸音が激しくなる。
明らかな動揺だった。
きっと私の治癒能力のレベルがばれてしまったんだろう。
だけど、その動揺は一瞬だった。
エリスちゃんは瞳を閉じる。小さく深呼吸をして、次に瞳を開けたとき、手の震えは止まっていた。
「陛下、分かりましたわ」
エリスちゃんは立ち上がり、凛とした声で王様にそう言った。
私は冷や汗が止まらなかった。どうしよう。治癒能力のレベルが10だってことがばれてしまう。
戦争が起こる、と言ったアイリスさんの言葉が頭をよぎって、目をぎゅっとつむった。
「スズ様の能力は、身体強化のレベル8、移動能力のレベル7、そして、治癒能力のレベルは4ですわ」
エリスちゃんははっきりとそう言った。
驚いて、顔を上げる。エリスちゃんの表情は落ち着いたまま、真っ直ぐに国王様を見据えていた。
「レベル4ですか。もっと高いかと思っていましたが」
「いいえ。陛下、間違いありませんわ。スズ様の治癒能力のレベルは4です」
「ふむ、あなたが言うのなら、間違いないのでしょうね。治癒能力というのはレベル4でもあれだけのことができるのですね」
エリスちゃんが嘘をついているのか、能力の発動に失敗したのかは分からない。
とにかくレベル10だということを、この腹黒そうな王様にバレずにすんでほっとした。
……まぁレベル4でも十分やばいのかもしれないけど、戦争までは起こらないだろう。
「も、もういいでしょ! いいかげん、この拘束解いてくださいよっ」
王様に向かって訴えてみる。けれど、王様は優しい表情のまま、首を振った。
「申し訳ありませんが、それはできません。拘束を解いたら、あなたはまたすぐに逃げ出すつもりでしょう。外の世界はとても危険な場所です。ましてあなたは現在最高レベルの治癒能力者。あなたを王宮から出すつもりはありませんし、危険性を理解するまで拘束も解きませんよ」
その言葉に、血の気が引いた。
もしかしてこれからずっと、死ぬまで外の光を浴びずに生きていくことになるのかな。そんなの嫌だ……。
あまりにも絶望的な言葉に、うっすら涙を浮かべてしまう。
けれど、そのとき。
「――陛下。失礼を承知で、申し上げますわ」
突然エリスちゃんが強い口調で、王様にそう切り出した。
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