20.モーガン戦
「どうしよう、バロン。先に進めないよ……?」
「……うん。どうやら、先手をうたれてしまったようだね」
「せ、先手ってなに?」
「もう王宮に、スズのことが知られてしまったのさ。今、騎士たちが血眼になって、スズを探してるはずだよ」
その言葉に、血の気が引いていくのが分かった。
治癒能力者だということが、王宮にバレてしまった。つまり、逃亡生活が確定してしまったってことだ。
「ど、ど、どどどうしようバロン……っ!」
「わーもうっ! スズが寄り道して人間なんか助けたりするからじゃんっ!」
「ううう……でも、あれに関しては全く後悔してないから! あんなの見てられないよ!」
「もっと自分の心配しなよ! スズのばかばかばかっ!」
顔面に飛びつかれて肉球でぽかぽか殴られる。
怒ってるところ悪いんだけど全然痛くない。モフモフして気持ちいいぞ。
「とにかく終わったことを後悔しても仕方ないよ! 出来る限り、ぼくがスズを守ってあげるからねっ!」
「バロン。うう、ありがと……」
「いいんだ! 絶対にスズを人間共になんかに渡さないからっ」
「……いやだから、私も人間だからね?」
バロンは一体私をなんだと思ってんだ。
でもバロンが守ってくれるのは、すっごく心強い。何たって能力使い放題の精霊だもん。さっきエルマー様に襲われたときだって、バロンのおかげで助かったし、きっと何とかなるはず!
「ねぇ、スズ。とりあえず一か所にじっとしているのは危ないから、すぐに移動しようよ」
「うん分かった……って、何あれ。ねぇ、バロン。でっかい鳥がこっちに近づいてきてない?」
そう言いながら、目を細めて注意深く見る。
間違いない。見たことないぐらい大きな鳥が二羽、こっちに向かって真っ直ぐに飛んでくる。
……しかも、大きな鳥の足を人間が掴んでいるように見えるんですけど。
めちゃくちゃ嫌な予感がする。
大きな二羽の鳥は、あっという間に目前にやってきて、私たちの前で止まった。
「いたいた。やっと見つけた」
大きな鳥に捕まってやってきた一人。見覚えのある男の人に、優しい笑顔で話しかけられる。
こ、この人は。
「モ、モーガン様……っ!?」
「あ? 俺のこと覚えててくれた? 嬉しいな」
大きな鳥と一緒にやってきたのは、私の王宮の面接を対応した騎士の一人、モーガン様だった。モーガン様は人のよさそうな笑みを浮かべながら、ゆっくりと近づいてくる。
「モーガンくん。こいつが治癒能力者かー?」
甲高い声が聞こえて、やっともう一人の存在に気が付いた。
十歳にも満たないような、幼い女の子だ。もう一羽の大きな鳥の背中に乗っている。
腰まである長い綺麗な白髪をおさげみたいに三つ編みしていて、髪の毛の先端だけ濃い紫色。大きな灰色の目はだるそうに半分閉じられている。私と同じ、王宮の制服を着ていた。
「ああ、そうだよ、カノン」
「ほーん。そんなスゴイ女に見えないねー」
「俺もすっかり騙されたよ。ありがとうカノン。ここまででいいよ」
「あーい。じゃーあたし帰るねー。じゃあ3号クンは、モーガンくんの言うことを、ちゃんと聞くんだよー?」
カノンと呼ばれた幼い少女はそう言って、モーガン様が掴まっている鳥に向かってそう言った。鳥はガァと返事をするように鳴いて、少女は満足そうにうなずいた。
それからすぐに、手をひらひらと振って、少女は去っていった。な、何だったんだろ……。
一人になったモーガン様は、真っ直ぐに私を見て、それからにっこりと笑った。
「スズちゃん、治癒能力者だったんだね。びっくりしたよ。でも面接で嘘を言ったら駄目じゃないか」
「そ、それはすみませんでした……あんまり言いたくなくて……」
「大丈夫、怒ってないから。さあ、一人じゃ危ないからこっちにおいで」
「いえっ! 私は行くところがあるので、ここで失礼しますっ」
「こらこら、どこに行くの。この王国から出たら危ないよ」
この王国にいたら危ないの間違いだろ!
その言葉はごくりと飲み込んで、へらっと笑った。
「私のことはおかまいなく。実は私、この王国を出ようかと思っているんですよ。でも透明なバリアに遮られてどうしても出られないんです。モーガン様、出る方法分かります?」
「はは、知っていても教えるはずがないだろ? それはこの世界に来たばかりで本当に分かっていないのか、知らないふりをしているのかどっちなのかな?」
こ、怖すぎる……。
モーガン様は変わらず優しい表情を浮かべている。だけど目だけは笑っていない。それがめちゃくちゃ怖い。
バロンは存在を察知されないためなのか、今のところ私の背中に隠れたまま黙ってはいるけど、イライラしているのか柔らかい毛が逆立ってる。
「……そういえば、エルマーから逃げたらしいね。一体どうやったの? たしかに移動能力者は逃走術に優れてはいるけど、一度捕まったらまず逃げられないのに」
「い、いえ……まあそれは、何とか」
「きっと優秀なのと召喚契約したんだろうね。まさかその……毛玉がそうかな?」
バロンのこともばれてる。
無意識に一歩後ずさった。
「――逃げるよ、スズッ!」
唐突にバロンが叫んで、すぐに移動能力を使って逃げ出した。けれど大きな鳥がものすごいスピードで追いかけてくる。やばい、私より全然早い。
平行に並んできたモーガン様は、またにっこりと敵意のない表情で笑う。
「どうして逃げるの? この王国から出たら危ないって言ってるじゃないか。さあ早く戻ろう」
「い、嫌ですよっ! 二度と王宮から出られなくなるんでしょ!?」
「それは仕方ないよ。治癒能力者は周りの国からも狙われてしまうんだから」
「ここに来たばかりの私にとっては、この王国もその他の国も一緒ですよっ! ほっといてくださいっ!」
「そうか……よく分かったよ。君は、本気で逃げるつもりなんだね」
そう言って、モーガン様は私に向かって真っすぐに手を伸ばしてきた。
「なら本気で捕まえさせてもらう。エルマーはきっと油断したんだろうね。けど、俺は油断なんてしない。治癒能力者ってことは、ちょっとぐらい傷ついても死なないだろうし、女の子相手に悪いけど、本気でいくからね」
「え、ちょっと待って、モーガン様、タイム、タイムっ!」
「待たない。いくよ」
「―――スズッ! このまま真っ直ぐ移動しちゃ駄目だっ! 方向を変えてッ」
バロンにそう叫ばれて、ギリギリのところで移動方向を変える。
移動した瞬間、黄色い閃光が前方を横切った。
閃光はそのまま大木に激突し、真っ黒な炭になって崩れ落ちた。もしあのまま真っ直ぐに移動していたら直撃していた場所だ。
鳥肌が立った。殺す気かよ……っ!
「な、ななななな何あれぇ……っ」
「雷だよ、スズ。雷発生能力。しかも、レベル9か……やっかいだね」
「雷っ!? あんなの直撃したら死ぬじゃんっ! いいの!? 治癒能力者が死んでいいの!?」
「……スズならまず死なないだろうね。でも再生するまでの一瞬は動けなくなるから、その間に捕まえようとしているのさ。あの人間、ちゃんと見極めてるよ。頭のいいやつだ」
「いやいやいや死ぬでしょ! さすがに死ぬでしょ! ど、どどどどうしよう、バロン……」
「止まっちゃだめだよスズ! できるだけ統一性なくバラバラに移動するんだ! ぼくが隙を作ってみるから」
バロンにそう言われて、私は上下左右、無茶苦茶に移動をした。
移動のたびに黄色い雷光がものすごい勢いですぐ近くを横切るから、反射的に悲鳴が漏れてしまう。洒落にならない。怖すぎる。
相変わらずマナが尽きかけてて、移動するたびにくらくらする。けど止まったら、あの恐ろしい攻撃が直撃してしまう。止まるわけにはいかない。
「スズ、攻撃手段はある!?」
「こ、攻撃!? 逃げるんじゃないの!? あんなのと戦えないよっ!」
「残念だけど、あいつはスズより早いからこのままじゃ逃げられないよ。それにスズのマナもギリギリだから、時間もない。どうにかして早く、あいつが掴んでるでっかい鳥を落とさなきゃ」
モーガン様が足首を掴んでる、大きな鳥。
たしか少女に3号クンって呼ばれてたっけ。たしかにあの鳥を落とせば、モーガン様の移動手段はなくなるだろうけど。
「スズ、いいの持ってるね。その剣、使ったことある?」
バロンにたずねられて、腰に差している剣を見る。
今日エルマー様に買ってもらった、ぴかぴかの剣。もちろん使ったことはない、新品だ。
「そんなのないよ! 今日買ってもらったばっかりなんだから!」
「うう、使ったことないのかぁ……。でもそんなこと言ってたら何もできないから、今から使ってもらうよ! いいかい、スズ。次、あいつが攻撃してきたら、あの鳥をその剣で攻撃して」
「え、え、えええっ! そんな急に言われても……」
「大丈夫! スズならできるよ。精神論で言ってるわけじゃない。だってスズは身体強化レベル8だもん。剣ぐらい使えるよ!」
「そ、そういうもの?」
「そういうものっ!」
自信たっぷりにバロンはそう言った。
……そう言われると妙に説得力あるな。何だか使えるような気がしてきたぞ。どれにしたって、もう方法はないんだ。
大きく深呼吸をする。腹をくくることにした。
「スズ、でっかいのくるよっ!」
バロンの声が聞こえて空間を移動する。
同時に、でっかい雷光が目前に現れて、ギリギリで移動する。
「――痛、っ」
肩にかすり、激しい痛みに襲われる。
服の袖が大きく破れて、血が宙を舞った。かなり深手だったけど、その傷も一瞬にして元の腕に再生していく。
私はモーガン様の懐に移動した。
「―――時間停止っ! 今だよ、スズっ」
どうやらバロンが能力で時間を止めてくれたらしい。周りの全ての風景がぴたりと止まる。
「よしっ、ごめんね、鳥さんっ」
剣を抜き、大きな鳥の翼に切りかかった。
―――その時だった。
何もないところから、突然、人が現れて、振り下ろす腕が止まる。
夜の海のような濃紺の髪。不気味なぐらい輝いている金色の瞳。
その人は、この世のものとは思えないほど、不気味な美しさを持つ人だった。
はっと気が付いたときには、持っていた剣は落とされていて、背後から両手を掴まれていた。
「こんにちは。捕まえましたよ、ゴフェル」
不気味なほど美しいその人は、にっこりと笑い、私にそう言った。
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