14.騎士のエルマー様
「お、遅かったですかね? すいません……えへへ……」
何を言っていいのか分からなくて、とりあえず謝ったけど、エルマー様は相変わらず不機嫌そうにじろじろ私を見てる。
……うわぁ予想以上に、面倒臭そうな人だなぁ。
私職場でも、何も言わないけど察しろタイプの人とは、めちゃくちゃ相性悪かったんだけど。これはすぐクビにされそうだな。
エルマー様はソファに寝そべったまま、口を開いた。
「……お前、名前何だっけ?」
「名前ですか! 鈴木桜と申します!」
「スズキサクラ? 何だそりゃ、ヘンな名前。長げぇからスズって呼ぶからな」
「それで大丈夫です……大体そう言われるんで……」
名前をヘンだと言われたのは、これで三回目だ。
日本人の名前は、この世界じゃよほど馴染みがないらしい。
……もうめんどくさいからこれからはスズと名乗ることにしよう。
「スズ。それをやれ」
ソファに寝そべったままのエルマー様が指した方を見る。
立派な机の上に、羊皮紙が山積みになって置かれていた。少しの衝撃で机から崩れ落ちそうなぐらい、ものすごい量だ。
「えっと、これをどうすればいいんですか?」
「紙面のどっかに承認のハンコ押して」
「こ、これ、全部にですか?」
「そうだよ、早くしろ」
そう言われて、山積みの羊皮紙にそっと近づく。
手前に承認と非承認のハンコが置かれていた。よし、多分この承認のハンコを押せばいいんだな。
そっと重い椅子を引いて座らせてもらう。
羊皮紙をある程度まとめて、左手の親指で捲りながら右手でどんどんハンコを押していく。社会人一年目のときはほぼ一日中ハンコを押させられていたから、こういう作業は得意だ。
「おお。早ぇじゃねーか」
「えへへ、ありがとうございます。元の世界で似たようなことをしていたので、こういうのは得意なんですよ! ところでエルマー様はこの書類全てに目を通されたのですか? すごいですねー!」
何気なくそう言うと、エルマー様は顔をしかめた。
「あ? 見るわけねーだろそんなモン。俺、字とか細かいやつ読むの大っ嫌い。一分で爆睡するね」
「え?」
思わずハンコを押す手がぴたりと止まる。
じゃあこれ全部、目を通してないってこと?
「か、確認せずにハンコを押しても大丈夫なんですか……? これ全部承認になっちゃいますけど……」
「んなのいいんだよ。俺だけが見てるわけじゃねーんだから。王国における全ての決定や改定は、王直属の騎士八人全員の承認が必要だ。俺が見なくても、モーガンとか真面目な奴がちゃんと見るんだよ。黙って押しとけ」
「な、なるほど、了解です……」
それならまぁいいか、と再びハンコを押し続ける。
たまに書類を目で追うと、国民から王宮へ要望を訴えるものがほとんどだった。
住居設備の向上、市場のトラブルに、国民同士のトラブル。ふーん不満もいろいろあるんだなー。
面白半分で読んでいると『治癒能力者』という文字が見えて、思わず手を止める。
それは貧困街で流行している疫病を収束するために、治癒能力者を派遣してほしいという、貧困街からの訴えだった。
「……オイ手ぇ止まってんぞ……って、ああまたそれか」
いつの間にか起き上がっていたエルマー様にのぞきこまれ、低い声でそう言われる。
「これ、どういう要望なんですか?」
「……今、西地区管轄の貧困街でやっかいな疫病が流行してんだよ。その救助依頼だろうな」
「やっかいな疫病? どんな病気なんですか?」
たずねると、エルマー様は少し言いにくそうに、口をつぐんだ。
「……その疫病に感染すると、じわじわと身体が壊死していくんだよ。感染力が高く、致死率は約三割だ。もう住人の半分以上が感染してるらしい」
「えっ、致死率三割って……それやばくないですか? 早く治癒能力者を派遣しないと……」
「お前はここに来たばかりだから分かんねーだろうが、王宮側は治癒能力者だけは絶対に外に出すつもりはない。この要望書ももう何十通と来てるが、毎回非承認になってる」
「は!? 何でですか?」
多分、私は信じられないような目でエルマー様を見ていたんだろう。
エルマー様はバツが悪そうに、頭をかいた。
「一番厳重に警備されているのがこの王宮だからだよ。お前は知らねーだろうが、治癒能力ってのはかなり珍しい能力で、世界でたった四人しか確認されてない。それもこの国にしかいねぇから、他国の奴らが常に狙ってんだ。外に出したら、さらわれる危険性が一気に高くなる。そもそもこの疫病だって、治癒能力者を狙う他国の人間が、おびき寄せるために流行させたって可能性も考えられているぐらいだ」
言葉が出てこなかった。
街一つが滅びかけてるのに、たくさんの人たちの命と、治癒能力者が他国にさらわれる可能性を天秤にかけて、治癒能力者を選ぶこの王国も、治癒能力者を手に入れるたびに、致死率の高い疫病を流行らせたかもしれない他国も、普通じゃない。
頭がおかしいんじゃないかと思った。
「じゃあこの疫病に、どう対処してるんですか?」
「あーあまりいい対処じゃねぇ。気分が悪くなるぞ。流行を防ぐためにその地区一帯を封鎖して、出入り禁止にしてる。つまり住民が閉じ込められてんだ。んで、そこに住んでいる奴らが、王宮の治癒能力者たちを派遣してくれって訴えてるのさ。……中は酷い状況だと思うぜ」
「そんな、ことが……」
何を言っていいのか分からずにうつむく。
するとエルマー様は、小さくため息を吐いた。
「……まー言いたいことは分かる。だが治癒能力っていうのは、お前が思ってるよりずっと希少な能力なんだ。そもそも重宝がられているが、治癒能力者のレベルは最高でたった2なんだ。この疫病を収束させようと思ったら、数ヶ月はかかるぜ。断言するが、その間に治癒能力者が他国の手にかからず、無事でいるなんてことはありえない。だから、貧困街の奴らには悪いがどうもできねぇんだよ」
「……でも、方法があるのに、命の危機に助けてくれない国なんて、私なら絶対に住みたくないです」
言ってからしまったと思った。
騎士の前で、王宮を貶めるようなことを言ってしまった。怒られる、そう思った。
だけど、エルマー様は驚いた表情で私を見て、それから意外にも肩をふるわせて笑いはじめた。
「外の人間ってこえー。そんな台詞、王国民なら口が裂けても言えねぇよ。俺がうるせぇ奴だったら、お前投獄されてるぞ」
「す、すみません……! つい……気を付けます」
「別にいい。俺はそういうの全然気にならねーから。それに、俺だって何とかしてやりたいと思ってる。俺も
あっさりと告げられた言葉。
流しそうになったその言葉を遅れて理解して、エルマー様を見る。
「えっ!? エルマー様って、スラム出身なんですか!? ぜ、全然見えないですね……」
「……あ、やべ言っちまった。知らねぇ奴が多いから、言いふらすなよ」
「い、言わないです! 今言った疫病が蔓延してるスラムですか!?」
「……いや別のスラムだ。騎士になったのは三年ぐらい前なんだよ。騎士の中じゃ新米だ」
「ど、どうやってスラムの住人から王宮の騎士に……?」
ちょっと聞きすぎだろうか。
少し心配したが、エルマー様は上機嫌に話を続けてくれた。
「生まれは選べねぇ。俺が生まれたところは、そりゃあ酷いところだったぜ。整備もされてねぇから汚ねーし、そこかしこで犯罪が起きていた。俺はたまたま持ってた能力が強かったんで、恐喝やら盗みやら好き放題して暮らしてた。今じゃ考えられねぇぐらいクソみてぇな暮らしだったが、その生活に不満なんてなかったから、能力使って偉くなろうなんて、これっぽっちも考えてなかったな。だが三年前ぐらい前に……とある奴に、王宮の騎士にならないかって……まぁ誘われたんだ。詳細は言いたくねえから省略するが、ダメ元で王宮に面接に行ったら通ったわけ。騎士は実力が全てだからな。強ければなるのは難しくねぇらしい」
「す、すごいですね……正にシンデレラボーイ……」
「ははは。すげぇだろ? ところでシンデレラボーイってなんだ?」
「えっと、スゲー人ってことです!」
「そうだろそうだろ。すげぇんだよ俺は。敬えよ俺を。だはは」
エルマー様は物凄く上機嫌そうだ。
……てかこんなにしゃべる人だったのか。最初の印象と全く違うぞ。単純で扱いやすすぎる。
「そうだ! お前、こっちに来たばかりで何も知らねぇんだろ? 俺が直々に国を案内してやるよ」
「え? いやでもまだ書類……」
「いいよそんなの。もう十日は放置してるやつだから、一日ぐらい変わらねーよ」
「うわっ、ちょっと!」
腕を引かれて立たされる。
そのまま引っ張られるままに、部屋を出た。
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