15.戦士の街
エルマー様に腕を引っ張られて、長い階段をどんどん降りていく。
階段の途中で、昨日と同じく小鳥のような声で鼻歌を歌いながら、用具を浮かせて掃除をしているエリスちゃんとすれ違った。
「あらスズ様。と、エルマー様ではありませんか。おでかけですか?」
「エリスちゃん! うん、そうみたい! いってきます!」
「いってらっしゃいませ、楽しんできてください。どうぞお気をつけて」
天使のような微笑みでそう言われて、ついだらしなく頬が緩んでしまう。
はぁぁ、本当にかわいいなぁ、エリスちゃん……。
「エリス……あの侍女さん、すっごく可愛くないですか? しかもめちゃくちゃいい子なんですよ!」
そう言うと、なぜかエルマー様は思い切り顔をしかめた。
「……けっ、どこがだよ」
「えっ、マジで言ってます? あんな美少女、私の世界じゃ見たことないですよ」
「侍女なんて何考えてるか分かんねーよ」
エルマー様はそっけなくそう言った。
……なんだ? エルマー様はエリスちゃんをあまりよく思ってないのか? あんなにいい子で美少女なのに? まぁ見るからに正反対のタイプだからかな。
階段を降りきって、大きな扉を開けて王宮の外に出る。
賑やかな城下街に出た瞬間、そこかしこで人々の黄色い悲鳴が上がった。
「あーうっぜぇな、どけ! 近寄ってくんなよ!」
エルマー様はあからさまな不快感を隠しもせずに、人々を手払いする。
騎士が民衆の憧れというのは本当らしい。
群がってくる人々を次々に「邪魔だ、どけ」と乱暴に追い払う塩対応ぶりだったが、それでも黄色い歓声は止まなかった。エルマー様すごい。本当に人気者なんだな。
人波をかきわけて進んでいくと、城下街の中心に出たみたいだ。大きな道が四つ、東西南北にのびている。
相変わらず聞こえる黄色い悲鳴を無視して、エルマー様は看板を指した。
「この王国は王宮を中心にして、他四つの地区に分かれてんだよ。どこから行く?」
「四つの地区、ですか。どう違うんですか?」
「ここから北の道に行くと、物理強化系の能力者が多く集まる『ファヴァカルター』がある。東は魔法系能力者たちが集まる『グリモワール』、南はサポート系の能力者が集まる『サウスミンスター』、西はあまり治安がよくねぇ。無法者が多い『ヴィラーロット』だ」
「へぇ、王宮以外にも能力者はいるんですね」
そう言うと、エルマー様はうなずいた。
「能力者が全員王宮に勤めるわけじゃねぇからな。王宮には自然と優秀な能力を持つ奴が多く集まってくるから、王宮で中級者扱いされるより、各地区で上級能力者として生きていくことを選ぶ奴も多いらしい。まあ騎士の俺より強い奴なんてまずいないけどな」
さりげなくビックマウスを混ぜてきたエルマー様は無視して、四つの街について考える。
……そうか。アイリスさんが、異世界からの転移者は、住む場所を選ぶことになるって言ってたけど、この四つのどこに住むか選べるんだな。
王宮をクビになったら、どこに行こうかなぁ。身体強化と移動能力を生かすなら、ファヴァカルターかサウスミンスターがいいのかな。でも能力者が多いところにはあんまり行きたくない。治癒能力のことがバレそうだし。
「おい、早く決めろよ」
「うーん。あ! エルマー様の出身スラムがあるのはどちらなんですか? ぜひ行ってみたいです!」
「あ? それは……秘密だよ」
「えっ、何でですか?」
「……そんなことはいいだろ。お前が行きたいところを言えよ」
なんだなんだ。隠したいことでもあるのか? まあいいや。
「せっかくだし、北から順番に見たいです」
「じゃあ、ファヴァカルターから順番に行くか。この道をずっと真っ直ぐ行けば着く。よしスズ、行け」
そう言って、エルマー様は私の腕をがしりと掴んだ。そしてなぜかそのまま動く気配がない。
私は首を傾げた。
「え、何してんですか?」
「いやお前こそ、何してんだよ。移動能力持ちだろ。遠いから連れてってくれよ」
「んん? どういうことですか?」
「なんだ、もしかして知らねーのか? 移動能力は触ってる相手も一緒に移動できるはずだぞ」
「そうなんですか!?」
驚いてすぐに移動能力を使ってみる。
北への道へ移動すると、腕を掴んでいるエルマー様も一緒についてきた。おお、本当だ。知らなかった。
そのまま移動能力でファヴァカルターへ向かう。
私のレベルだと一度に十メートルぐらい先にしか移動はできないけど、歩くよりはずっと早い。
「うおー早えー! やっぱお前使えるな! いい部下捕まえたぜ!」
エルマー様は楽しそうに、はしゃいでいる。
うう、気のせいじゃなければ気に入られてる気がする……。これはまずいぞ。穏便に王宮をクビになるという私の計画が危うい。
瞬間移動を繰り返して北へ進んでいく。数十分後には大きな鉄製の建物が見えてきた。
この王国は、思ったより大きくはないみたいだ。多分、東京都ぐらいの大きさぐらいだと思う。
「よーし着いたぞ、ここが戦士の街、ファヴァカルターだ」
そう言われ、門を見上げる。
鋼鉄製の大きな門。その先は、さっきまでいた豊かな城下町とは違う。活気あふれる炭鉱街という感じだ。男性の低い怒号がそこかしこで響き、みんな忙しそうに走り回っている。
「ここでの非能力者の主な労働は炭鉱と鍛冶業だ。王宮への武器も大方ここから仕入れてるんだぜ。ほらそこにも武器屋がある」
「おお! かっこいいですね!」
簡素な露店にずらりと並べられた剣を見る。どれも細部の模様までかっこいい。
「気に入ったやつはあるか?」
「えっと、この中だったら、これが好きです」
そう言って、一つの剣を指す。
小ぶりだけど、剣にお花の模様が入ってるし、取っ手のところにキラキラ輝く石が入っていてかわいい。ごつすぎないのもいい。
「じゃあそれ買ってやるよ。お前武器持ってねーだろ」
「え、いいですよそんなの。使い方分からないし」
「……お前一応、王宮の兵士になったんだろ。武器の一つぐらい持っとけよ。てかせっかく移動能力持ってるんだから、攻撃用の武器はたくさん用意しておいた方がいいんじゃねーの? 移動能力者って、何もない所から武器出して攻撃すんのが定石だろ? 賃金もらったらまず有り金全部はたいて武器を買うことをおすすめするね」
「なるほど……! よく分かんないんで、お金もらったらそうします!」
戦う機会があるのかは謎だけど、たしかにエルマー様の言うとおりだ。
移動能力を攻撃として使うならストックは必須なんだろう。賃金がいつもらえるのか分からないけど、もらったらたくさん武器を買おうと思った。
エルマー様が硬貨を支払い、店主から剣を受け取る。さっそく腰に差してみた。うん。一気に兵士っぽくなったぞ。
「おお、めっちゃかっこいい! 気に入りました! ありがとうございます!」
「いいよそんなの。ほら、次はこっちだ」
手招きされて、次に大きくて古びた建物に入る。
中には受付のようなテーブルがあって、奥にたくさんの紙が張り出されていた。大勢の人が受付に集まり、張り出された紙を吟味している。
「ここはギルドだ。依頼と受注者を同時に募集してる」
「ギルド……! 何か聞いたことあります!」
「あの張り出されている紙に、内容と成功報酬が書かれているんだ。ファヴァカルターにいる能力者は、ギルドで生計を立てている奴が多い」
「へぇーなんかゲームみたいで楽しそうですね」
「甘くみんなよ。依頼の中にはえげつないやつも結構あるぜ。高価な報酬に目がくらんで身の丈に合ってないクエストを受注し、失敗して死ぬやつだって結構いる」
「まじですか……前言撤回します……」
現実はゲームとは違うんだな……。
王宮をクビになってファヴァカルターに来たとしても、やばそうなクエストを受けるのはやめようと思った。
「まあこの街はこんなもんだろ。次はグリモワールだ。行け、スズ」
エルマー様はそう言って、また私の腕を掴んだ。
私が行くんですね、はいはい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます