12.騎士の部下内定
「現在、王宮に属している人間は約五百人いる。私のように、王国の安全のために兵士を務める者もいれば、侍女として働く者や、食事を用意するコック、庭師もいる。だがここで働いている者は使用人も含め、全員が何らかの能力者だ。王宮で働くには、優秀な能力者であることが絶対条件。たとえ侍女であろうとも、選ばれた人間しか足を踏み入れられない場所なのだ」
長い廊下を歩きながら、アイリスさんは興奮した表情で話を始めた。
……きっとアイリスさんは、王宮の人間であることに誇りを持っているんだろうなぁ。
けどね、本当に申し訳ないんだけど、私は全く興味がないし、今からでも王宮勤務の内定を取り消してほしいぐらいだ。
……そんなこと、アイリスさんの前じゃ口が裂けても言えないけど。
「この国の王様はどんな人なんですか?」
何となく気になってそうたずねると、アイリスさんは嬉しそうに笑った。
「この王国を治めているのは、とても強く美しい一人の王だよ」
「一人の王? お妃様はいないんですか?」
「妃はいない。代わりに、妹が一人いると聞いている。しかし、その妹の姿はここ数百年確認されていない。生きているのか亡くなっているのかは不明だな」
「ん? 数百年……って。何を言っているんですか。そんなの死んでるに決まってるじゃないですか」
冗談かと思って笑ってそう返す。
けれど、アイリスさんは神妙な表情で、首を振った。
「この王国が建国したのは今から237年前。そして、建国したのは今の王だ」
「……は?」
「建国してから現在まで、王の姿は何も変わっていないと伝わっている。だから、妹が生きていても不思議じゃないさ」
「どういうことですか? えーっとつまり、王様は不老不死ってことですか……?」
「……」
アイリスさんは答えなかった。
この世界にきて、現実離れした景色や人をたくさん見てきた。もうちょっとやそっとじゃ取り乱さないぞって思ってたけど、これはちょっと……ぞっとした。何かマトモな王様じゃなさそうだなぁ。まぁ治癒能力者を監禁してるぐらいだし今さらか。
「話を戻してもいいか? 王には騎士と呼ばれる直属の部下が七人いて、王と並んで民衆の憧れの的になっている。先ほどのモーガン様とエルマー様は、そのうちの二人だ。騎士はそれぞれ直属の部下を一人持つことが許されていて、スズが任命されたのがそれだ」
「えーっとえーっと、つまり私はさっきのエルマーって人を守る係ってことですか?」
そうたずねると、アイリスさんは眉根を寄せた。
「……様をつけろ様を。まぁ表向きはそうだが、実際には守る必要などないぐらい八人の騎士は強い。レベル8や9の能力を所持している方がほとんどだし、そもそもスズの移動能力はどちらかというとサポート向きで、戦いに向いた能力じゃない。騎士は雑務も多いから、そういった仕事や身の回りの管理などを任されるのだと思う」
「雑務か……それならまぁできるかも。っていうか得意です!」
数年下っ端OLをやってきたのだ。イエスマンだったことも相まって、めんどくさい仕事は全部回ってきた。雑務ならやりなれている。
「それは頼もしいな。……だがここだけの話、エルマー様は大変難しいお方でな。部下をすぐに変えることで有名な方なのだ。つい三日前にも直属の部下の腹が鳴ったことに激昂し、解雇なさったばかりで部下がいなかった。だからスズが任命されたのだろう」
「えぇ、何それ……お腹が鳴るなんて生理現象じゃないですか。エルマー様、見た目通りワガママだなぁ」
「めめめ、めったな事を言うものではない! 聞かれていたらどうする……っ!」
アイリスさんは焦ったようにキョロキョロと辺りを見回しはじめた。あっそうか。この王宮内は能力者だらけだから、密偵みたいな人もいるのかもしれない。
それにしても、前の部下を三日で解雇か。
それを聞いて正直かなりほっとした。自分で言うのも何だけど私は要領がいい方じゃないし、すぐに呆れられて明日には解雇されそう。
「まぁ王宮の説明はこんなところだな。分からないことは順次聞いてくれ。では次に、お前の部屋に案内しよう」
「えっ、部屋がもらえるんですか?」
「もちろんだ。王宮に勤める者は全員がここに住んでいる」
そう言ったアイリスさんの後に続いて、さらに階段を上る。
歩いている途中、バケツとモップを持った、侍女と思わしきかなり可愛らしい少女と会った。少女はすれ違いざま、花が咲くように微笑み、私たちに向かって小さく会釈をした。
……うっわ! 何あの女の子。めちゃくちゃ可愛い……!
あまりの可愛さに思わず目で追うと、美少女の侍女さんは小さく鼻歌を歌いながら、掃除道具を頭上に掲げた。その瞬間、持っていたたくさんの掃除道具が宙を舞い、なんと勝手に掃除をはじめた。モップは踊るように床を磨き、たくさんの雑巾が白い壁を磨き、ホウキは床を掃いている。
「ア、アイリスさんちょっと見て……! 掃除道具が浮いてる!」
「は? 侍女の能力だろう。キョロキョロするな。こっちだ」
「あ、はい」
アイリスさんに言われて、仕方なく前を向く。すごいなぁ。王宮ではこの光景が日常なんだ。
アイリスさんの後に続き、三階の奥へと進む。
やがて一つの扉の前で止まった。
「ここがスズの部屋だ。どうぞ開けてくれ」
そう言われて、ドアノブを回し扉を開ける。
「……うわぁ」
部屋はとても広い。
就職してから住んでいた1Kのマンションの十倍以上はある広さだ。
だが広すぎて落ち着かない。ゴテゴテの派手な家具にベルベッドの真っ赤な絨毯。お姫様でも眠るの? っていうぐらいメルヘンなキングベッド。アイリスさんが得意気にこっちを見ているけどコメントに困る。
ぶっちゃけ趣味ではない。畳が恋しい。
「いい部屋だろう? 何か他に欲しいものがあったら、王宮の侍女に言うといい。大抵のものは用意してくれるはずだ」
「……じゃあ畳ってありますかね?」
「タタミ? なんだそれは。聞いたことがない」
アイリスさんに首を傾げられ、ため息を吐いた。
この世界に畳はないらしい。
「クローゼットに服が入っている。兵士や騎士は制服が決まっているから、必ずそれを着用するように」
「分かりました。……ってちょっと待って。その制服ってまさかとは思うけど……」
とてつもなく嫌な予感がして、アイリスさんをじっと見る。
兵士であるアイリスさんの格好は、金色のバイアスでパイピングされた黒色のジャケット。派手な赤色のマントに、赤いチェックのミニスカート。太ももまでの長さの派手な金属製のブーツ。
……まさかとは思うけど、これじゃないよね?
「この服だ。かっこいいだろう」
誇らしげにアイリスさんが言って、私は頭を抱えた。
「いや無理無理! 二十歳越えて、こんな恥ずかしい服着れないよ!」
「何を言っている。私だってとうに二十歳を超えているぞ。……というかスズは二十歳を超えているのか? 信じられん……十代半ばぐらいの少女かと思っていた」
「……あー元の世界でも、童顔な種族なんですよ」
何となく言葉をにごす。
ってそんなことはどうでもいい。嫌だ。着たくなさすぎる。
「……そうは言っても、女性の兵士と騎士の制服はこれしかないんだ。すぐ慣れるだろうから、我慢して着てくれないか」
「ううう……分かりました」
アイリスさんを困らせたいわけじゃないので、しぶしぶ了承した。
まあ、明日にはクビになるかもしれないし、我慢して着るしかないか。
「以上で説明は終わりだが、他に聞きたいことはあるか?」
「いえ、とりあえず大丈夫です……」
他にも聞いた方がいいことはあるんだろうけど、これ以上聞いたら頭パンクしそうだしやめておくことにした。
「まぁ今日はゆっくり休んでくれ。食事は時間になれば運ばれてくる。とりあえず明日の朝は侍女に起こしにこさせるから、すぐに準備をしてエルマー様の元へ伺うんだぞ。エルマー様の部屋は最上階の一階下、右から三番目の部屋だ」
「了解です……」
「では、私は仕事があるので失礼する」
アイリスさんはそう言って、扉を閉めた。
広い広い部屋がしんと静まり返る。防音も完璧だ。静かすぎるのが気になって、大きな窓を開ける。すると、さわやかな風が吹いて少しほっとした。
部屋からの景色は、賑やかな城下町と遠くに大自然。バツグンだ。部屋には大きなお風呂も設置されているし、生活に困ることはなさそう。
「……あ、そうだ」
部屋の隅に設置されているクローゼット。
それをおそるおそる開けると、アイリスが来ていた服と全く同じものがずらりと並んでいた。全部で10着以上ある。
……何でこんなにあるんだよ。絶対いらないだろ。
そのうちの一つを手に取り、ためしに着用してみることにした。着てみると、仰々しい制服は思ったよりずっと軽くて動きやすい。
だけどさぁ。
「……この服はないわ」
設置されている全身鏡に映った自分を見て呟いた。
そもそもこんなのを着てどうやって戦うんだ。ちょっと動いたらパンツ見えるでしょこれ……。
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