11.騎士
王宮の中は、とてつもなく豪華な作りをしていた。
透き通るような大理石の白い壁には、よく分からないけど高そうな絵画や装飾品が飾られ、高い天井にはきらきらと輝くシャンデリアがいくつも設置されている。床には赤いベルベットの絨毯。
まるで、小さな女の子が夢見る絵本の中のお城みたいだ。
私も数年前までは少女と呼べる年齢だったから、ちょっとソワソワしてしまう。
中央の大階段を上がると、たくさんの扉が等間隔に設置されている。これが全部部屋だとしたら、とんでもない部屋数だ。
アイリスさんに手を引かれたまま廊下をしばらく進む。
やがて一つの大きな扉の前で止まった。
「……そういえば、あなたの名前は?」
「あ、鈴木桜といいます」
そう答えると、アイリスさんは怪訝そうに私を見た。
「スズキサクラ……? 相変わらず異世界人の名前は、難解なものが多いな。それに長すぎる。スズと紹介させてもらう。いいな?」
「もう好きに呼んでください……」
「……今から、ここにいる方たちに、今からお前を会わせる。くれぐれも大人しくしていろよ」
私の手を引いているアイリスさんが緊張した声でそう言った。
少し心拍数が上がる。私は大人しくうなずいた。
アイリスさんが扉をノックする。
「失礼します」
「し、失礼しまーす!」
扉が開く。おそるおそる中に入った。
すっごく広い部屋だ。外観に負けず劣らずとても豪華。
どこに人がいるんだ? と目を凝らして、やっと見つけた。大きな革製のソファに二人座っている。
近づいて、アイリスさんがお辞儀をしたので、私も真似て頭を下げた。
二人共男の人だ。年齢は私より少し上……二十代半ばぐらいに見える。一人は筋肉隆々のごつい身体に、茶色い長髪を一つにまとめている。瞳はきらきら輝くゴールド。もう一人は細身の身体、肩ほどの金髪に瞳は深い海みたいなブルー。二人ともCGみたいな外見だ。この世界じゃ普通な外見なのかもしれないけど、見慣れない私はまじまじと二人を見てしまう。
無意識にじろじろ見すぎてしまったのか、アイリスさんに肘でつつかれた。
あんまり見るなってことだろう。慌てて目をそらした。
「アイリス。伝書鳥で知らせてくれてありがとう。だがすまないね、今日は俺とエルマー、二人しか集まらなかったみたいだ」
茶髪の男の人が肩をすくめてそう言った。
もう一人の金髪の男の人は面倒くさそうに足を組み、黙って髪の毛を触っている。
私に興味がないみたいだ。いいぞ。
「いえ、とんでもございません。モーガン様、エルマー様。こちらこそ突然の申し出にも関わらず、対応頂きありがとうございます。この者の名前はスズ。本日異世界からの転移してきた者なのですが、能力者のようで……」
「異世界からの能力者なんてすごいね。どんな能力なんだい? 教えてくれる?」
何を言っていいのか分からず黙っていると、またもやアイリスさんに小突かれた。あっ、自分で言わなきゃならないのか。
「……えっと、空間移動? を、少々」
「空間移動? いい能力じゃないか。レベルは分かるかい?」
「レベルは7って言われました。身体強化のレベルは8です」
そう答えると、二人の男の人は驚いた顔をした。
それからすぐに茶髪の男の人……モーガン様は柔らかく笑う。
「……へぇ、本当かい? ぜひ見せてくれないか?」
モーガン様にそう言われて、どうしようかと身構える。
私はこの王宮で働きたいわけじゃない。だってここには治癒能力者が軟禁されているんだ。ここで働くことになればバレる可能性が高くなるし、捕まるリスクは下げたい。それにもう元の世界に戻れないなら、せめて異世界でのんびり暮らしたい。
だとしたら、ここで能力を見せるのはどうなんだろう。
万が一、気に入られでもしたら、ここで暮らすことになってしまう。でも怪しい行動をとれば、バロンが言っていた能力判別能力者とかいうのに調べられて、治癒能力のことがばれてしまうかもしれないし。あああ、もうどうしたらいいんだ!
「……どうしたんだ。緊張しているのか?」
動けないでいる私に、モーガン様は不思議そうに首を傾げた。
「ハッ、簡単な話だぜ、モーガン。この女が嘘をついているんだろ。本当は能力なんて持ってねーから見せられねーのさ。大体そうホイホイと能力者が見つかってたまるかよ。ましてやレベル8と7だと? 嘘をつくならもっとマシな嘘をつくんだな!」
今まで黙って気だるげに座っていた金髪の男の人……エルマー様に荒い口調でそう言われた。モーガン様はそれを聞いてか怪訝そうに私を見た。
「嘘なのかい?」
「……えっと、ですね……」
しめた。
嘘で通せば、王宮で働くことはなくなる。
アイリスさんには悪いけど、ここは嘘でしたで通そう。
「言っておくが、王宮の人間に嘘をつくことは重罪だよ。最悪死罪もありえるが」
「すぐに見せますッ!」
声を張り上げてすぐに移動能力を見せた。
広い部屋の中で空間移動を繰り返し、家具を消して取り出したりもした。身体強化を見せたほうがいいのかとちょっとアクロバットな動きも見せた。
しばらく見せてから、毛質のいい絨毯の上に着地した。
「ど、どうすか……?」
おそるおそる尋ねる。
さすがにこの世界に来て早々に殺されるのだけは避けたいぞ。
モーガン様とエルマー様は目を見開いて、じっと私を見ていた。部屋はしんと静まりかえっている。しばらくして、口を開いたのは金髪の性格の悪そうな方、エルマー様だった。
「おい、お前……」
「は、はい! 何でしたでしょうか!」
「俺の下につけ」
「はい! エルマー様の下に……って、はっ!?」
「ちょうど部下を探していたんだ。お前はなかなか使えそうだな」
「つ、つまりどういうことですかね……?」
状況についていけない私は困惑した声でたずねる。
するとモーガン様は、にっこりと笑った。
「おめでとう。君は王宮の人間になったよ。しかも騎士の直属だなんて、他の国民から羨まれるだろう」
「えっ、えっ!? 私、王宮で働くことになっちゃったんですか……?」
何とかそれだけを理解し呟くと、傍で見ていたアイリスさんに、大きく咳払いをされた。
エルマー様は相変わらずエラソーにソファに座ったまま、私に向かって手払いをする。
「今日は下がれ。おい、アイリス。こいつに王宮について教えてやれ」
「か、かしこまりました! ほら、行くぞスズ」
アイリスさんに再び手を引かれ、一礼して部屋を後にする。
部屋を出た瞬間、アイリスさんに両肩を掴まれた。
「よかったな……っ、エルマー様の直属なんて……っ、すごいことだぞっ」
「そ、そうなんですか……? つまりアイリスさんと一緒ってことですかね?」
「……私など王宮に勤めてはいるが末端の兵士で……。お前の方が立場が上になってしまった。これからは口のきき方にも気を付けなければならないな……。無礼な口をきいてしまい今まですまなかった」
「え!? 何言ってるんですか、いいですよ、そんなの! やめてくださいマジで!」
突然そんなことを言って、頭を下げたアイリスさんの身体を、慌てて起こさせる。
頭を下げられるなんて元の世界でもされたことがないし、こんな美人にさせたくなかった。
したことなら山ほどあるけど。
「ねぇ、アイリスさん。エルマー様もああ言ってたことだし、よかったら王宮について教えてくれませんか? まだ分からないことがたくさんあるんです」
「あ、ああ……そうだったな」
長い王宮の廊下で、アイリスさんは口を開いた。
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