8.召喚契約




「う、わぁ……っ」


 突然、景色がぐにゃりと歪んで、吸い寄せられる感覚がした。

 思わずぎゅっと目を閉じて、おそるおそる目を開けたときには、はじめにバロンと会った場所に戻っていた。

 目の前には、ニコニコとうれしそうに笑っているバロンがいる。

 抱えていたバロンは消えていた。本体に戻ったのかもしれない。


「スズ、おめでとう! 一人のぼくに触ることができたんだね。すごいよ~!」

「さ、触った……? え、私触ったっけ……?」

「うん! スズのほっぺたに、一人のぼくの肉球がばっちり触ったよ! スズが危ないって思ったから、思わず助けちゃった!」


 あ、そっか。

 私、巨獣に襲われそうになったところを、間一髪で助けてもらったんだ。

 

「……でも、それ触ったっていうか、触られたっていうか」

「ううん。同じことさ。ぼくは全部見ていたよ。出会ってからこの短い時間で、スズはこのぼくに助けたいって思わせたんだ。これはすごいことなんだよ。ぼくは基本的に人間なんてゴミクズぐらいにしか思ってないからね。そんなこのぼくが人間であるスズを助けたんだ! そう思わせるだけの何かが、きっとスズにはあるんだね!」


 バロンは興奮したようにそう言った。

 いやいやゴミクズって酷すぎでしょ。さすがにちょっと引くわ。

 ドン引きしている私にかまわず、バロンは言葉を続けた。

 

「スズ、ボーナスステージクリアおめでとう。さあ能力を受け取って! って言いたいところだけどさ……」


 バロンはなぜか深刻そうに私を見た。


「……スズ、君が触れてしまったぼくはね……よりによって、とんでもない能力のぼくなんだ。君はとんでもない能力を手に入れてしまった」

「とんでもない能力?」


 そういえば、助けたバロンもそんなようなこと言ってたな。『ぼくの能力だけは手に入れない方がいい』って。

 ヘンなことを言うなぁ、と首をかしげた。

 その能力がどんな方向にとんでもないのかは知らないけど、あくまで“能力”なんだから、使わなければ脅威にはならないはずだ。


「よく分かんないけど、どんな能力でも、私は悪いことに使ったりしないよ」


 そう言うと、バロンは首をぶんぶんと振った。


「いや、そういう意味じゃないよ。ぼくはスズが能力を悪用するなんて全く思ってない。根がいい子なのはよく知ってるしね。それに、そもそも誰がどんな風に能力を使おうとぼくの知ったことじゃないよ。手に入れた以上、悪用だろうが何だろうが好きに使っちゃって~って感じ。でも、ぼくはスズを気に入っちゃったから、君が心配なんだよ」

「私が心配?」


 ますます意味が分からなくて、首をかしげる。どういうことだろ?

 それをたずねる前に、バロンは私を真っ直ぐに見て。

 そしてもう一度話をはじめた。


「――君が手に入れた能力はね。これから君が行く小さな世界では、とても希少な能力なんだ」

「希少な、能力?」

「そう。治癒能力さ」

「……ちゆ? ああ、怪我を直したりする治癒のこと? よくありそうな能力だけど」

「よくありそう、なんてとんでもないよ。とっても珍しいんだ。残念だけど、君が行く世界はもう決まっている。その世界では、たくさんの能力が発見されているけれど、治癒能力はレベル2までしか発見されていない。それも所持者は五人以下さ」


 五人以下。

 それが多いのか少ないのかも私には判断ができない。バロンには悪いけど、いまいち希少さが理解できなかった。


「私はその治癒能力の何レベルなの?」


 何となくそうたずねる。本当に軽い気持ちだった。

 するとバロンは待ってましたと言わんばかりに、私に詰め寄り口を開いた。


「レベル10だよ」

「レベル、じゅう」

「そう、10。最強レベルだよ」

「そ、そっか……すごいね!」


 そう答えつつも、まだぴんとこない。

 首を傾げる私に、バロンは呆れたようにため息を吐いた。


「いいかいスズ。この世界には何万種類の能力が存在する。さっきも言ったけど、その能力の性能はレベルで決まっている。レベルは1から10。数が多いほど能力で出来ることの幅が広い。ここまではいいね?」

「う、うん……。何万種類もあるんだ。へぇ」

「レベル5以上は珍しいって話もしたよね。だけど、珍しいってだけで探せば結構いるんだ。どれぐらい存在するかはその能力によるんだけど……たとえばさっきスズが手に入れた空間移動能力は、レベル5までの所持者なら、君がいく世界で100人はいる。でもレベル6なら20人、レベル7なら10人、レベル8なら5人、レベル9なら2人。だけど、レベル10はどの能力でも、すべての世界で絶対に一人しか存在しない。その人が生きている限りね。それに、レベル10はレベル9とはまさしくレベルが違うんだ。全てにおいて上位変換。レべル10の保持者ってだけで人々から敬われて一生遊んで暮らせるよ」

「えっ、そんなにすごいの、レベル10って」


 すごい能力を手に入れたっていうのは、何となく理解できた。

 どんなことができるのかは分からないけれど、使い方に気を付けなきゃいけない。バロンは言いたいのはきっとそういうことだって思った。


「分かった、バロン。私、使い方に気を付けるよ!」

「全然分かってない。大事なのはここからだから、最後まで聞いて」

「あっ、ハイ」


 バロンに一蹴されて、大人しくうなずく。


「いいかい? さっきも言ったけど、スズが手に入れた治癒能力は種類ある能力の中で最も珍しいレア能力なんだ。所持者は5人以下。それにくわえて、所持者全員がレベル2以下。ねぇ、スズ。治癒能力って最初に聞いてどう思った?」

「えっ、どう、って言われても……。うーん、よくありそうで、けれど大事な能力だなって」


 小さいころよくやっていたRPGゲームを思い出してそう答える。どのゲームでも回復魔法が使えるキャラクターは重宝した。パーティに一人は入れておかなければ安定しないというのがどのゲームでも定石だろう。

 バロンは私の回答に深く頷いた。


「そう、とっても大切な能力なんだ。誰もが必要とする、大切な能力。つまり、治癒能力っていうのは、需要と供給のバランスが全くとれていないのさ。……ねぇ、スズ。その5人以下の治癒能力所持者は、これから君が行く世界でどうやって生きていると思う?」


 そうたずねられたとき、やっとこの能力を『手にしてしまった』と言ったバロンの言葉の意味が分かった気がした。

 きっと、この能力を所持している人たちは。


「……えーっと、強い人に、利用されている、ってこと?」

「それに近いね。治癒能力者たちは全員、君が行く世界の一つの国、その王宮に軟禁されているのさ。閉じ込められて、能力を他人に使うことを強要されている。だからスズ、まず一つアドバイスをしよう。絶対に自分が治癒能力者だと言わないことだ。能力を判別できる能力者もいるけれど、その能力も比較的珍しい。普通に生きていたら、まず調べられることはないからね」

「わ、分かった……。絶対に言わないし、使わない」

「それがいい。でもね、きっといつかはバレる日が来るだろう。いいかい、スズ。その日までに、絶対に信頼できる、強い仲間を探すんだ」

「仲間……?」

「そう。たしかにスズは他の治癒能力者と比べて十分強い。身体強化も持ってるし、移動能力はかなり守備型だ。それでも上には上が山ほどいる。一人じゃ自分を守れない。だから、あと二人。召喚契約をしてくれる仲間を探さないとね」

「探して、どうすんの」

「決まってるだろ。守ってもらうのさ」

「えぇ……そんな人いるかなあ……って、あと二人?」


 あれ? たしか召喚契約できるのは三人までって言ってなかったっけ?

 そうたずねる前に、バロンは私に向かって、両前足の肉球をつきつけた。


「スズ~両手を出して」

「え?」


 反射的に両手を出すと、バロンはそのフニフニとした肉球を私の両手に押し付けた。

 触れ合った手が熱くなる。やがてバロンは手を離して、にっこり笑って私を見た。


「はい、契約完了。困ったことがあったらいつでも呼んでよね!」

「えっ、バロン。私と契約してくれたの!?」

「うん。ぼくスズのこと好きだから、別にいいよ~! まぁ本体はここから離れないから、一万分の一の力だけどね。出来ることは限られちゃうけど、それでもそこらの人間より強いよ! できるだけぼくが守ってあげるね~」

「バロン……! ありがと!」


 自分の手下に襲われている姿を見ているだけに、一抹の不安を覚えるけど、仮にもすごい存在みたいだし、とても心強い。


「さあ、スズ。説明は終わりだよ。そろそろこのダンジョンを出なきゃ。これから君は異世界に足を踏み入れるんだ」

「ううう……心細いけど、なんとかやってみる」

「スズなら、大丈夫さ。それに困ったことがあったら、いつでもぼくを呼んでよね」


 そう言って、バロンはまた笑った。

 それからすぐに周囲が光りはじめる。身体がぷかぷか浮いて、ぎゅんと引き戻される感覚がする。まるで、夢から覚めるみたいに。

 そうして私は意識を失った。

 次に目が覚めたとき、バロンが言っていた新しい世界が始まるのだ。


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