7.巨獣との戦い
幸いにも巨獣は、まだ私に気がついていないみたいだ。
泉のそばに生えている大きな木に姿を隠して、巨獣の様子をうかがう。
巨獣がくわえているのは間違いなくバロンだ。ぐったり動かず、生きているのか死んでいるのか分からない。
バロンに触れるには、あの巨獣を倒さないといけないんだろうけど……そもそもあのバロンは、巨獣を倒さないと触れられないっていう仕様なのか、何かトラブルがあってああなっているのか判断できない。あんなでかいモンスター絶対に倒せないから、トラブルじゃないならもう諦めたいんだけど。
その時、口にくわえられているバロンがぴくんと動いた。どうやら生きてはいるらしい。続けて様子をうかがっていると、顔を上げたバロンと目が合った。
「あ! スズぅううう! 助けてぇええっ!」
バロンの悲痛な大声が響いた。慌てて木に全身を隠す。
トラブルだったのかよ! ダンジョン管理者様のくせに一体何をやってんだ!
バロンは泣きわめきながら、何度もスズ~スズ~と私を呼ぶ。やめてよ、そんなに呼んだら巨獣にバレちゃうじゃんか!
グルルルル、と巨獣が呻く声が聞こえる。
木の影からちらりと様子をうかがうと、巨獣とばっちり目が合った。ほらみろ、見つかっちゃったじゃん!
巨獣はバロンをくわえたまま、すぐさま私に一撃をしかけた。
凄まじいスピードの大振りパンチ。何とかモーションが見えたから瞬間移動で避けられたけど、隠れていた大木はきれいに真っ二つに割れて倒れた。ひぇぇ……威力やばすぎ。
巨獣は迷いなく次々に私に攻撃をしかけてくる。
手に入れたばかりの瞬間移動で何とか避けられるけど、私が攻撃する隙が全くない。うん、バロンには悪いけど、これは倒せないわ!
「ごめん、バロン。逃げるね! がんばって!」
「ちょっと! ちょっと待ってよ! スズが逃げたら、ぼく間違いなく食べられちゃうよ!」
「食べられちゃうよ、って言われても……。そもそもバロンはこのダンジョンの管理者でしょ? なんでダンジョン内にいるモンスターに襲われてんの?」
「こいつは新人だからぼくの言うことを聞かないんだよ! 本体ならこんなやつ一瞬で消せるんだけど、ぼく今一万個に分裂しているせいで、本来の一万分の一しか力が出ないから、襲われちゃったの!」
バロンは泣きわめきながらそう訴える。
何だそれ。言っちゃ悪いけどマヌケすぎでしょ。バロンがすごいやつなのかマヌケなやつなのか分からなくなってきた。
「でも君は、たくさん増えたバロンの一匹でしょ? 死んだらどうなるの?」
あんなに慌てているんだ。もしかしたら、一匹でも死んだら本体ごと消失してしまうのかもしれない。
「それが大変なんだよ! ぼくの力が……一万分の九千九百九十九に減っちゃうんだよっ!」
再び襲いかかってきた巨獣の一撃を避けて、私はバロンに背を向けた。
ちょっとでも心配して損した。
「じゃあバロン、がんばってね!」
「うわああああんっ! スズの馬鹿! ろくでなし! このぼくを敵に回してただですむと思うなよっ!」
「うう……もう仕方ないなぁ……」
そこまで言われたら、さすがに逃げにくい。
強く頼まれるとノーと言えない性格なんだよなぁ。会社でもさ、客の無理な要求を断れなくて影でイエスマンって陰口を叩かれてたぐらいだし。
巨獣は次々に私を攻撃してくる。
私は消えたり現れたりを繰り返して、全て避けた。移動をし続けていれば何とか避けられそう。ネクロちゃんの能力ほんとすごい。めっちゃ便利。この能力がなかったらとっくに死んでる。
「問題はこっちからの攻撃だけど……」
巨獣が大振りをした一瞬の隙を狙って、蹴りを食らわせてみる。
だけど、巨獣はびくともしない。
「うわぁ、全然効いてない……」
あまりの手ごたえのなさに倒せる気が全くしない。もう逃げていいかなこれ。
「バロン! こいつの弱点とかないの!?」
「そんなの知らないよ! 最近捕まえてきたばっかりなんだから!」
「……さっきこの世のすべてを理解しているとか言ってたくせに」
「こいつはぼくの管轄外なの! 神聖な存在はぼく以外にもたくさんいるんだからね!」
何て役立たずなんだ、ダンジョン管理者。もう威厳ゼロだよ。
しかし攻撃がきかないとなると、他の手を考えるしかない。瞬間移動で避けながら、私は巨獣を倒す方法を考えた。
そういえば、ネクロちゃんの能力で、契約すれば三人まで召喚できる、って言っていた。それはバロンも召喚できるんだろうか。それなら、助けられそうだけど。
「バロン! 召喚の契約ってどうやるの!?」
「えっ、まさかぼくと召喚契約する気……? あの……ぼく一応、めちゃくちゃ神聖なスゴーイ存在なんだけど……」
「嫌ならいいよ。いっとくけど、私あんなバケモノ絶対倒せないから」
「いや、嫌なわけじゃないんだけど、ただ……召喚契約には互いの同意と互いの両手を合わせる必要があるんだ。だから契約するにはぼくに触れる必要があって……」
巨獣の口にくわえられているバロンは、かろうじて両手が出ている。かなり危険だけど、隙をみて触れるぐらいはできそうだ。
「何とか触れるとは思う。問題があるの?」
「いや、助けてほしいんだけど、ぼくに触るのはやめた方がいいかな……」
「はぁ? 何言ってんの? あっ、触れると私が能力を手に入れちゃうから? そんなに能力を渡したくないの?」
「スズに能力を渡したくないわけじゃないよ! ぼく以外のぼくの能力なら喜んで渡す。だけど、このぼくの能力だけは手に入れない方がいい。スズのために言っているんだよ」
「意味わかんない。つまり、もう助けなくていいってこと?」
イライラしながらそうたずねると、バロンはうっと言葉に詰まって。
「ぼくに触らずに助けてよおおお!」
「無茶言うなっ!」
無茶苦茶な要求に思わずキレてしまった。
もう、ワガママな精霊だな。イエスマンでもさすがにその要求は飲めんぞ。
『残り五分で~す~っ! スズ~! ぼくの一部を助けてあげて~っ!』
本体ののんきな声が聞こえて気が抜ける。どういう仕組みなんだよこいつは。
「もうしょうがないな~! 他に方法……あっ、そうだ!」
思いついて、瞬間移動で泉の元へ移動する。
ネクロちゃんの能力の一つに、武器をストックしていつでも取り出せる能力があるって、バロンが言っていた。武器がどこまでのものを指すかは分からないけど、ひょっとしてこの水なら……!
私は泉に両手を入れ、大量の水を空間内にストックする。こういう使い方をするのは初めてだったけど、不思議と使い方は理解していた。
泉の水量がみるみる減っていく。巨獣の一撃を再び避けて、私は両手を巨獣に向けた。
『残り一分だよ~っ! スズ~早く早く~っ!』
バロン本体ののんきな声は無視して、私は叫んだ。
「くらえっ!」
巨獣のすぐ頭上に空間を開く。そこからストックした泉の水を一気に放出した。
大量の水が巨獣を直撃した。ブォォ、と巨獣がうめき、同時に口を開ける。その隙にバロンが抜け出す姿が見えて、ほっと撫で下ろす。
無事に、バロンを助けられた。
そう思い、一瞬油断してしまったんだ。
気がついたときには、すぐ目前に巨獣の鋭い爪が迫っていた。
―――やばい、避けられない。死ぬ。
そう思った。
「―――スズ、ごめんねっ!」
バロンの声が聞こえた。
同時に頬に、ふにっと柔らかい感触がした。
柔らかい肉球に顔面を押されて、わたしの身体は巨獣の一撃をギリギリ避け、地面を転がった。
『3、2、1……ボーナスステージ終了~っ!!! スズ、一匹確保~おめでと~っ!」
本体の賞賛の声を理解する前に、私はバロンを掴んで、巨獣から逃げた。
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