5.精霊のバロン
扉の先は外だった。
真緑色の草原、色とりどりの花。生い茂る木々。それがどこまでも続いていて、先が見えない。空は晴天で光が少しまぶしい。何だか久しぶりに外に出たような気がした。
「わぁ、きれい……!」
こんな状況だっていうのに、感嘆の声を上げてしまう。
ゆっくりと歩きながら、周囲を見渡していた、そのときだった。
「あれ? 君は……! うわ、嘘でしょ! すっごく珍しい人間がきたよ! あ、お姉さん、こんにちはー!」
……ん?
突然かわいらしい声が聞こえて、慌てて辺りをキョロキョロと見回す。けれど、声の主はどこにも見あたらない。
「ちょっと、どこ見てんの~? 下だよ、下~」
そう言われて、地面を見る。
そこには、とてもかわいい小動物がいた。
片手でひょいって持ち上げれそうなぐらい小さくて、犬とキツネが混ざったみたいな見た目をしている。長めの耳はぴんと立っていて、毛並はふわふわ。まるで、ぬいぐるみみたいだ。
だけど、その両耳にはピアス、首には金ぴかの大きなネックレスを装着していて、それに気が付いた途端、一気に小動物感が消えた。……なんか可愛くないなぁ。
っていうか、もしかしてこの子が私に声をかけたのだろうか。
小動物は観察するように、じっと私を見て。
それから、にっこりと笑った。
「こんにちは、おねえさん! ぼくの名前はね~バロンっていうの! おねえさんの名前はー?」
にっこりともう一度あいさつされて、ようやくこの小動物に話しかけられているのだと確信する。
すげぇ、動物がしゃべってる。何でもありなんだな、ダンジョンって。
「ちょっと~! 聞いてる? もう一回聞くけど、おねえさんの名前は~?」
「あ、えっとね、鈴木桜っていうの」
「……スズキサクラ~? ふーん。ヘンな名前だね~! 長いからぼくはおねえさんのことスズって呼ぶね!」
「……はぁ、まぁ好きにどうぞ」
初対面で失礼な小動物だな。
しかし、この小動物は何者なのだろう。もしかしてカワイイ姿で油断させておいて、襲いかかってくるっていうパターンかな?
「ねぇ、君は」
「ぼくはバロン・アス。バロンって呼んでいいよ!」
「えーと、バロンはさ、どうして人間の言葉を話せるの?」
おそるおそるたずねると、バロンは大きな耳を上下に揺らして、にっこりと笑って私をみた。
「んとね、ぼくは精霊なんだ! このダンジョンの管理者で、世界を作った存在。君たちの言葉で言うところの神様の一種みたいなものかな。だから、何とだって話せる。人間とも、動物とも。植物ともね。それに世界で起きている全てのことを理解しているよ。神様だからね!」
大量の情報を、一気に脳みそにぶち込まれたような気分だった。
もはやどこからつっこんでいいのか分からない。
「え、えっとえっとえっと……今、ダンジョンの管理者って言った……?」
「うん言ったよ!」
精霊とか神様とかのくだりよりも、このバロンとかいう小動物が、このダンジョンを管理しているということが、今の私には一番重要だった。
「君が管理者なら話が早い。どうしたらここから出られるの? 私ここから出たいんだけど……」
「それなら安心して。スズは見事このダンジョンをクリアした。さっきのネクロちゃんがこのダンジョンのボスだからね!」
「じゃあ私、出られるんだね!」
「うーん。残念ながら、まだ出られないんだ。ここからは、ボーナスステージだよ。君は最初の部屋を無事脱出し、ネクロちゃんを倒した。これで君が分かっているだけで、二つの能力を手に入れたわけだ。このままでも十分だけど、この先の世界で強者として生きていきたいなら、ボーナスステージはクリアしないとね」
「――待って。ごめんね、あなたが何を言っているのか一つも理解できないんだけど」
思わず頭を抱えて、静止を促す。
バロンはしっぽをひらひらと振ってから、ぴょんと私の肩に飛び乗った。
「……本当に何も知らないんだね。何かヘンな感じ。まぁ他の世界から来たんだし、無理もないか~。まぁそれも別に珍しいことじゃないけどね~」
「たしかに私はこことは全然違う所から来たけど……それって珍しいことじゃないの?」
「うん。ここにくるほとんどの人間がそうだよ。もう元の世界には帰れないけど、名残惜しい?」
「え。もう帰れないの?」
「うん、帰れないよ! 本来なら可能性はゼロではないけど、スズは……もう無理かな~」
残念だね~と少しも残念そうじゃない表情でバロンは言った。
……さらっと爆弾発言されたけど、これは泣きわめいて問い詰めた方がいいのか? え、私もう日本に帰れないの?
もう朝六時に起きて、朝ごはん作って食べて、化粧して出かけて、上司や客に怒られたりする日常は戻ってこないの?
あ、今気が付いたけどこれ別に帰れなくていい気がしてきたわ。
頭をぐるぐるさせて混乱している私の横で、バロンは言葉を続けた。
「スズはダンジョンの一つめの部屋を抜けて、扉をくぐったでしょ? あれがこのダンジョンの第一ステージなんだー。あの扉をくぐればクリア。身体強化の能力が手に入るよ。これはみーんな決まってるんだ」
「し、身体強化って何? どういうこと……?」
「そのままの意味だよ。身体が軽くなっていろんな動きができたり、集中力が増したり、頭が良くなったり、力が強くなったりする能力。まぁクリアする時間によってレベル10まであるよ。ぼくが見たところ、スズの身体強化はレベル8ってとこかな」
「レベル8!? それ結構いいんじゃないの?」
「けっこう高い方だよ。スズ、度胸あるからクリアするの早かったからね。スズが行く世界ではどの能力も5以上はめずらしいんだよ~。そもそもあの部屋をクリアできるのは百人いたら二、三人いればいい方だし」
「むしろ二、三人もクリアすることに驚きなんですけど」
そうか、でもやっと合点がいった。ネクロちゃんをあんなに簡単に倒せたのは、この身体強化のおかげだったんだ。明らかに身体能力が上がってたもんね。
「そんで、ボス。スズはネクロちゃんを倒したよね。ネクロちゃんが現れる前の部屋に、ボタンがいーっぱいあったでしょ。あれ、押すボタンによって出てくるボスが違うんだー。現れたボスを倒すと能力が手に入るんだけど、倒すボスによって手に入れる能力が違うんだよ」
「そうだったんだ。ネクロちゃんはボスの中だと強い方なの?」
「う~ん。まぁ中の下ってところかな。もっと強いボスはいっぱいいるよ。けどネクロちゃんは強くないわりに能力がけっこういいんだ。スズはもう能力使ってみた? ネクロちゃんの移動能力!」
「ネクロチャンノイドウノウリョク?」
何の呪文なのかと思わず聞き返してしまった。
うう……やばい、もう頭パンクしそう。
「ネクロちゃんみたいに、空間を移動できる能力だよ! 瞬間移動みたいなかんじ? 断続的に続けていれば空だって飛べるし、逃走力もあるよ。スズ、ネクロちゃんを倒すのもそこそこ早かったから、レベルは7ぐらいかな~。そのレベルだったら応用でいろんなことができるよ。空間から武器をストックして自由に取り出すことだってできるし、三人までなら契約して自分の元に召喚することだってできる。でもまあ、どっちかっていうと補助型能力だね!」
「ごめん、それ日本語?」
「ニホンゴが何か分からないけど、ちゃんとスズが分かる言語でしゃべってるよ~。さぁ今までの説明は終わり~。ボーナスステージについて話していいかな~?」
バロンは私の肩から飛び降りた。
結局ほとんど理解できずに、混乱したままだ。けれどそんな私の心情も知らず、バロンは悪戯っぽく笑って、突然二つに分身した。
突然二匹になったバロンを見て目を疑う。
あれ? さっきまで一匹だったよね? どうやって増えたんだ?
「まだまだ増えるよ~」
そう言ってバロンはどんどん分裂し、どんどん増えていく。辺り一面にまで増えたところで、一匹のバロンがまた私の肩に乗った。
「ぼくが本体で説明役だよ。これからスズは、このダンジョンのボーナスステージに挑戦してもらうよ。拒否権はないけど、もしやりたくないなら、タイムリミットまでそのへんでボーっとしててもいい。ペナルティはないからね。だけどね、さっきも言ったけど、もしスズが、この先の世界で強者として生きたいのなら、このボーナスステージのクリアは必須だ。心して臨んでよね!」
バロンは一気にそれだけの事を言って、さらに続ける。
「このステージのクリア条件はぼくに触れること。たくさんのぼくがいるだろ? どれに触れたっていい」
「え? それだけ?」
「そうそれだけ。制限時間は一時間だよ。ちなみに触れるぼくによって、与えられる能力とレベルが異なる。レベル1の使えない能力かもしれないし、もしかしたらとんでもない能力かもしれない。とにかく十体に触れれば十通りの能力が手に入るってことさ。まあそんなに簡単じゃないけどね」
バロンの説明を聞いて一気に力が抜けた。
危険性も少ないし、すっごく簡単そうだ。バロンの言う通り、意外に難しくても、私は強者になりたいわけじゃないし、危険性がないってだけで、ほっとした。
「始めるよ! ぼくはね、スズに期待してるんだ。がんばっていい能力の僕を捕まえてよね」
「まあ、ほどほどにがんばる」
「よーし、じゃあはじめ―――ッ!」
肩に乗っていた説明役のバロンが一瞬で消え、周りにたくさんいたバロンも一つ残らず消えてしまった。動きは全く見えなかった。
広い広い空間に、私だけが取り残される。
「………え?」
さすがボーナスステージ。
一筋縄じゃいかなさそう。
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