第二話 彼女とカスタードクリーム

「・・・いいにおいですね」



沈黙に耐えかね口を開いた。

若干声がうわずってしまったのが恥ずかしい。



「え・・・」



前を向いていた腕の中の彼女が、もぞもぞとこちらに向き直る。

大きな瞳に長いまつげと、そばかすまじりの柔らかそうな頬が目に入る。

先ほどの触れた感触を思い出し、ドキリとして思わず眼を泳がせる。



「頭・・・変な臭いしますか?」


「・・・・・・あ、いや君の匂いとかじゃなくて!その、パンの匂いが・・・」


「あっ、ですよね。ごめんなさい・・・」


「いっいや、君もいい匂いするよっ?!」


「はい?!」


「あっいや違う違う違う!!ええっと、あ、甘い物って好きですか?!」


「はっ、はい!好きです!」


「ですよね!一緒に食べませんか!」


「はっはいぃ!!!」



僕はかなりのテンパリストなのだが、彼女も同類だったようだ。

とんちんかんな会話の末、何故か一緒にパンを食べることになってしまった。


列を抜けて、隣のパン屋に入る。



「わぁ、どれもおいしそう」



先ほどとは打って変わり、棚に陳列された焼きたてパンに目を輝かせる彼女。

僕は彼女が棚を見やすいようにと、ゆっくり頭部を傾けた。

まるで赤ん坊を扱うように。

そうっと、大事に抱えながら。



「ごめんなさい。重いですよね?」



彼女が心配そうな声で訪ねる。



「いえ、そんなことないですよ。それよりここの名物知ってます?」


「名物、ですか?」


「カスタードメロンパンっていうんですけど、「ストップ」って言うまでカスタード入れてくれるんですよ。」


「それすごい!食べてみたいです!」



腕の中の彼女と再び目が合った。

大きな目をさらに見開き、期待するようにこちらを見つめてくる。

そんな彼女の期待に応えるべく、手すきの店員にメロンパンを注文する。



「ではお客様のタイミングで「ストップ」とおっしゃってください」



そう言うと彼は大きな注射器のような道具をメロンパンに突き刺し、カスタードクリームを注入し始めた。

大きな容器からみるみるカスタードが減っていく。



「もっと入れますか?」


「はい!たっぷりお願いします!」


「結構入っちゃってますけど大丈夫ですか?」


「もう少しだけ」



その時、カリッとしたメロンパンがあからさまにふくれ始めた。



「これ以上入れるとカスタードがあふれてきちゃいますが・・・」


「じゃああと一押しだけお願いします」



残念そうな顔で彼女が最後のおねだりをする。

その表情はまるで子供だ。

かしこまりましたと店員がちょいと押したとたん、ついにメロンパンがはじけた。

どろりと垂れたカスタードが机の上で飛び跳ね、僕の白シャツに色を付ける。



「わああーーーどうしようごめんなさい!!!」



すると彼女はまたあたふたとテンパリ彼女に戻った。

頭を左右に振り何かを手伝おうとしているようだが、腕の出現が済んでいない彼女には見守ることしかできない。



「申し訳ありません!今タオルをお持ちしますね」



そう言うと、店員は店の奥に消えていった。

腕の中で、彼女がしょんぼりとうなだれる。



「ご迷惑ばかりかけてしまって・・・ごめんなさい」


「大丈夫ですよ。夢ですよね、たっぷりカスタードって」



その後戻ってきた店員に再びカスタードを入れ直してもらったが、最初ので懲りた彼女は通常の半分ほどでストップの声を上げてしまった。




店を出て、占いの館への行列に並び直す。

彼女は依然うつむいたままだ。



「食べないんですか?」


「あの・・・本当にごめんなさい。体と荷物が来たら必ずパンの分とクリーニング代支払いますので」


「気にしないでいいですよ。それより食べてみてください」



彼女にメロンパンを差し出す。

少しはみ出たクリームを遠慮がちになめると、彼女の顔に再び笑顔が戻った。



「んん!甘過ぎなくておいしい!」


「でしょ?おいしいカスタードたっぷり入れてくれるって、人気なんですよあそこ」


「毎日でも食べれちゃいそう」



僕の腕の中で、彼女が満面の笑みを浮かべている。

恥ずかしがったり慌てたり、すぐ笑顔に戻ったり。

ころころと表情を変える彼女に、僕は既に夢中だった。

もし、こんな子と毎日一緒にいられたら・・・



「あの、よかったらまた・・・」



そう言いかけたところで、彼女の様子がおかしいことに気づいた。



「どうかしましたか?」


「おかしい・・・」


「え?」




「私の体が来ない」


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