第4話

 

「あぁ、こんな所に居たのか。探したぞ」


「……殿下」


始まりの日に巻き戻り、ぼうっと窓の外を眺めていた私に王太子が声をかけてきた。


あの女は学園から姿を消した。

だから、もう此処には居ない。


けれど、最後に見たあの目。

あの女から私の元へとやって来るかもしれない。

そうしたら、やっと、やっと私は望んだ結末に辿り着ける。


「……どこか、体調が悪いのか?」


気遣わしげな視線を私に向ける王太子。

あの女が来るまで、私達の仲は良好だった。

そのまま結ばれるのだと、誰もが思っていた筈だ。


「いいえ? 寧ろ、気分はとてもいいんですのよ?」


別に来なくてもいい。

また私があの女を殺すだけだから。

まだ私は待っていられるから。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆








「では、次は新入生代表の挨拶を────」


入学式はつつがなく行われた。

式場にあの女の姿は見当たらない。

自宅にいるか、王都から抜け出そうとしているだろう。

式が終わったら、探しにいくとしよう。


「姉上!」


聞き馴染んだ声に振り向けば、そこには私に向けられた目映い笑顔。

私の可愛い弟。


「ふふ、代表の挨拶見ていましたよ。とても、立派でした」


「本当ですかっ!? 僕、姉上が見てるから頑張ったんです!」


私は昔と同じようにその髪を撫でると、弟は嬉しそうに頬を緩めた。


「流石は貴女の弟君ですね。これから楽しみです」


そんな私達を暖かい目で、見守る友人達。

満たされた暖かい世界。

でも、この世界がとても脆い事を私は知っている。

だから、私は──


「──死ねェッッッッッ!!!!!!!」


周囲の喧騒を消し去るような金きり声。

初めて会った時の可愛らしい少女の面影は微塵も残っていない。

髪はボサボサで、目は血走っている。

顔や首には目立つ引っ掻き傷が、多く見られた。

手には刃の大きいナイフを握り、真っ直ぐ私の元へと走ってくる。


「まぁ……やっとですのね」


あの女だ。

あの女がやっと、私の元へとやって来た。

私はこの時をずっと待っていた。


私は極上の笑みを浮かべた。


「させるかっ!」


王太子が側にいた騎士の腰から剣を抜くと、私にナイフが届く前に女を切り捨てる。

かつての私と全く同じように、地に伏す女。

それでもなお、顔を私へと向けて憎悪を吐き出し続ける。


「お前が、お前のせいで、死ね! 死ねっ! 死ねェッッッ!!! これで終わると思うなっ! 何度でも何度でもやってやるっ!!」


あの女もようやく分かったようだ。

憎悪でも怒りでもない。

大した理由があるわけでもない。

それなのに与えられる暴力、苦痛、絶望。


そんなのものに甘んじ続けるのは、耐えられないでしょう?


私は何度も何度も女に教えた。

何をしようが、逃げられないと。

心が壊れてもなお、追い詰めた。


それが、この結果だ。

女は形振りかまわず、私を殺しに来た。

私がやったのと、同じように。


「”ろっ──“」


「黙れ、屑が。姉上の姿をお前ごときがその薄汚い目に写しているだけで、吐き気がする。次などあるわけがないだろう」


弟が王太子が持っていた剣を奪い取ると、女が呪文を唱え終わる前にその首を落とした。

ピクリとも動かなくなる女。


「大丈夫ですか姉上っ!? 全く警備は何をしているんだ、このような不審者を学園に入れるなど」


前の世界ではあんなにあの女を愛していたのに、今は視界に入れる事すらしない弟。


「お前が無事で良かった……おい、早くそれを片付けろ」


私の肩を抱き、周囲の騎士達に指示を出す王太子。


「何だったんですかね、あの女……まさか、殿下の婚約者に手を出すなどと……貴女が人に恨まれるような事をする筈がないですし、きっと殿下に懸想した者の犯行では? それにしても……貴女が無事で本当に良かったです」


貴女はこの国に無くてはならない人ですから、と私を労る友人達。

かつてとは、大違いだ。


「えぇ、皆様、私をお助け頂きありがとうございます」


あの女は本当に死んだ。

これでこの世界はもう覆らない。

本音を言えばもう少し遊んでもよかったが、別にもういいだろう。

だって、私はようやく望んだ結末を手に入れる事が出来たのだから。


ありがとう。

貴方のお陰で、私大切な事に気付けたの。


「皆様のような方々が側に居てくださって、私本当に幸せ者ですわ!」


この脆くも美しい世界を守る為ならば、手段を選らんではいけないって。

本当に大切なものならば、持てる力を全てを使って守らなければね。




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