第3話

 

他に人気のない廊下。

いつもは使われていない筈の教室に、2人は居た。


「私、貴方が好きなんですっ! 婚約者がいると分かっているのに、それでも好きなのを止められないんですっ!」


「俺も……俺もお前が好きだ」


入学式から3ヶ月後の今日、王太子とあの女はついに心を通わせたらしい。

今回、あの女は舞踏会の日に私に近付く事はなかった。

流石に私を警戒したのだろう。

そのわりに、虐めや嫌がらせは私にやられたと王太子達に言っているようだが。


あの女がのたうち回る様が愉快であったので、もう一度同じことをしようと考えていたのに残念だ。

だが、これからまた何度も繰り返すのだ。

それはまた次の機会にでもやればいい。

私は予め隣の教室に用意していた箱から、液体の入った瓶を取り出した。

今日、2人がこの教室に来るのは分かっていた。

色は前回と同様に無色透明、けれど中身は別物だ。

中身を開けると、強烈な嫌な臭いが鼻をつきさす。

私はそれを2人のいる教室の周囲にばらまいた。

念入りに隙間なく、決して逃がさぬよう。

教室内の窓は、既に開かないように細工してある。

後はこの外へと続く扉を、開かないようにするだけだ。


「でも、貴方には婚約者が……」


「あんな女、好きでも何でもない。お前をもう愛してしまった……自分の気持ちを抑える事なんて出来ない」


私の準備はもう終わってしまったのの、中の2人は自分だけの世界で愛を囁きあっている。

これから起こる事を考えると、その顔がどのような苦痛に歪むのか、直で見られないのが残念で仕方がない。


好きになったら止められない?

そんなの自分の行動を正当化したいだけでしょう?

自分達の為だけの行い。

抑えられないのは恋慕ではなく、ただの性欲ではなくて?


私はマッチに火を付けた。

それをばらまいた液体の上に、放り投げる。

途端に広がり、燃え上がる炎。

私はその様を口角を上げて眺めた。


「……? 何だか、この教室熱くないか? それに、この臭いは…」


十分に燃え広がったところで、王太子は異変に気付いた。

今頃気付いたところでもう遅い。


「? ……私も凄い嬉しくて、ドキドキして体が熱いです。ふふ、緊張してたからかな? 断られるんじゃないかって、思ってましたから」


王太子の言葉に何を勘違いしたのか、甘えるようなあの女の声が聞こえる。

あの女はまだ気付いていないらしい。

あの女の頭には、綿菓子がつまっているのかもしれない。

今現在、自分は命の危機に晒されているというのに。


「っ!? 火事だっ!!? 燃えているっ!!」


女と違い自分のおかれた状況に気付いた王太子は、教室から脱出しようと扉を開けようとした。


「ぐっ!!? この、何で開かないん、だっ!!?」


触れた扉は高熱を持っている。

触れた掌は火傷をおった筈だ。

それでもこの教室が6階にある事を考えれば、扉から出た方が安全だと何とか開けようともがいている。

きっと掌は酷い有り様になっているだろう。


ガシャガシャ、ガシャガシャ。


何度扉を開けようとしても、扉は決して開く事はない。

私が開かない細工をしている。

2人はこの教室から出られない。


ごめんなさいね?

でも、また繰り返すのだし……別にいいわよね?


「ぅ、嘘よ、火事なんてっ、こんなのシナリオにないっ!! 助けて、早く扉を開けてよっ!!!」


ゴホゴホッ。 


中は煙が充満しているのだろう。

何度も咳き込む音が聞こえた。

廊下にいる私も夥しい煙と熱気に、近くにいるのが苦しくなってきた。


「あづい、あづい゛、もう嫌こんなの、……」


煩い叫び声が急に弱々しくなった。

煙を吸いすぎたみたいだ。

助けが来ないと分かったのだろう。


「”ろ……ぉど“」


あの女は自らの死を回避する為、魔法の呪文を口にした。


あら、堪え性のない。

もっと貴方の苦痛に満ちた声を、聞きたかったのに。









◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆









それから何度も何度も繰り返し、何度も何度も私はあの女を死に至らしめた結果。

始まりである入学式の日、あの女は学園から姿を消していた。


「あら、私逃がさないって……言わなかったかしら?」


学園に来なくたって、あの女の居場所は分かっている。

私はあの女が暮らす家を訪れ、あの女を、時にはその家族も一緒に始末した。

執拗に、何度も何度も。

ありとあらゆる方法で。


「どうして……?」


あの女がかつての私と同様に、何故なのかと尋ねる。

女は学園に足を踏み入れていない。

私の婚約者や弟、友人達に近付く事はない。


「……だって、私も同じ事を貴方にされたのよ? 私だけ、苦しいなんて……不公平ではなくて? それにね、私──」


虚ろな目をする女の顎を持ち上げて、その口から滴る赤黒くなってしまった血をペロリと舐める。

口に広がる鉄臭いこの味が不味くて仕方がなかったのに、今は私の気分を高揚させる。


「私、今とぉっても楽しいわ! こうしていると、私は生きているのだと心から実感出来る……ふふ、今回はもう終わりね。ほら、魔法の呪文を唱えてもいいわよ。そして何度も何度も繰り返しましょう? 私が貴方を何度だって殺してあげる」


その為に、口につけていた猿轡を外したのだ。

もう直この女は死ぬ。

その前に、また始めからやり直さないといけない。

だって、私はまだまだ遊び足りないのだから。

それに、望む結末にまだ至っていない。


「…………”ろ………………ど“」


世界が終わる最後の瞬間。

女がその目に宿していたのは、強い強い憎しみであった。


ふふふ、さようなら。

またすぐにお会いましょう?



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