第2話

 

「うふふ」


「……どうなさったのですか? 随分とご機嫌ですわね」


突然笑みを浮かべた私に、仲の良い友人は訝しげな顔をした。

今日は入学式から、一ヶ月。

学園全体で行われる舞踏会の日だ。


「今日はとても楽しい催しがあるのよ、貴方も楽しみにしているといいわ」


私は手元のグラスを回した。

中の透明の液体が、シャンデリアの光を受けてピカピカ輝いて見える。


ふふふ、本当に楽しみだわ。


ほんの少し前までの私は恐怖と絶望で一杯だったのに、今は楽しくて仕方がない。


「あの女……宜しいのですか? 殿下は貴女の……」


あの女がホールに入った事で、周囲が殺気だつ。

入学して一ヶ月で、よくもここまで嫌われたものだと感服する。

私は友人に微笑むだけで、何も言わなかった。


今日、私は友人と共にいる。

それはつまり王太子が、私のエスコートをしていないということ。

王太子は今日、私ではなくあの女をエスコートしている。

あの女と目が合った。

あの女は王太子と侍らせている男達を連れて、真っ直ぐ私の元へやってきた。


「ごきげんよう? 殿方をそんなに侍らせて…今日も、下品ではしたない人ね?」


確か、最初の私はこんな事を言った筈だ。

もう記憶が定かではないけれど、私は極力同じように話しかけた。


「酷い、そんな事を言うなんてっ……謝ってくださいっ!!」


目に涙を溜めてあの女が、私に吠えかかる。

この後の流れはこうだ。

私が無礼者と言って、持っていたグラスの中身をふりかける。

あの時は、中身は透明ではなく瑞々しい赤色だったけれど。


「何とか言ったらどうなんですかっ!?」


中々グラスを傾けない私に焦れたのか、あの女は私に詰め寄った。

この続きは分かっている。

私にかける気があろうとなかろうと、女のドレスはワインで汚れる。

自分からわざとかかろうとするからだ。

あの女が態々グラスを持った手を掴んで、自分のドレスの方へと傾ける。

私はそれでは面白くないと、少し上に向けて溢れるよう指でグラスを傾けた。


パシャリ


グラスの中身が、女の顔へとふりかかった。

その瞬間──


「ぎぃや゛あ゛ぁ゛ぁ゛っ!!? あづい、いだいいだいっっ!!!!」


女がまるで断末魔のような叫び声を上げた。

血肉が焦げるような、不愉快な臭いが周囲に広がった。


「……ふ、ふふふっ、ふふふふふっ、楽しい、楽しいわっ! こんなに笑ったのは、いつ以来かしら? 今日の貴方はとても素敵ねっ、今なら好きになれそうよ? ふふふっ!」


あの女の無様な姿を見るのが楽しい。

苦しむ姿に恍惚すら感じる。


「な、何で笑っているんだ? ……こんな、こんなおぞましい事をっ!」


狂ったように笑う私に恐怖を抱きながらも、王太子達はあの女を助けようと駆け寄った。

駆け寄ったが、彼等は女に触れる事はなかった。


「だ、たす……け゛て゛……」


顔中が焼けただれた女が手を伸ばすのに、誰もその手を掴む事はない。

女の顔はまるで化け物のような有り様へと変わり果てていた。

所詮はその程度の繋がり。

かつての私のような姿に、暗い満足感を覚えた。


「こん゛、な゛の、……りせ゛っと、よ。こん、なの゛わだし、…の゛せかいじゃなぃ゛」


血の涙をながしながら、何やら呟いている女。

その目には私への憎悪が宿っている。


私、知っているのよ?

貴方がこの世界を何度も繰り返させているって。


だからこそ、私はこんな凶行に手を染める事が出来た。


「“ろ゛ードっ”」


その言葉で世界は巻き戻った。

全てをやり直すつもりなのだろう。

自らが望む結末になるように。


いいわ、望む結末に至るまで何度だって繰り返しましょう?

何度だって私は付き合うわ。

ふふふっ、言ったでしょう?

私も同じ事をするって。

だから、逃げられるなんて思わないでね?


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