間章 前夜、ある者達の問い


 夜更けのことだった。

 紺碧こんぺき天蓋てんがいの元、風が吹いている。

 涼しいとは言い切れない、肌にまとわりつくぬるい風だった。

 それは巍々ぎぎ堂々どうどうと構える旅館の屋根の一角にいた。

 へりで器用にしゃがみ込む姿は、時代錯誤じだいさくごな忍者の姿を思わせる。

 忍者と見紛みまがう理由はもう一つ。

 猫のように丸めてなお大きな上背から、更に大きく突き出て天をく、刀のつかだ。

 さやに収まった刀を背に掛けたそれは、西側にあるはずの角部屋の方を見つめていた。

 そこからは見えないはずの場所を、ただ凝視ぎょうししていた。


「−−−−良かったのか」


 不意に、それはしゃがれ声でひとちた。

 自問、のはずだ。

 けれど、それは誰かに問い掛けているようで。


「…………」


 それきり、それは何も言わなかった。

 肯定の意の沈黙か、それとも深淵しんえんなる意図による黙秘かは分からない。

 ふと、それは上を見上げた。

 そこにあるはずの空は無く、〈世界〉がその身で黒にも近い濃紺のうこんの蓋をしているだけだ。

 瞳をらせば、それでも衛星写真で見る大陸のようなものは見て取れる。

 天をおおうほどのものが上空に来れば、それは新月の時よりも暗くなるはずなのだが、〈世界〉に限ってはその限りでは無かった。

 光を透過とうかしているのか、自身で照らしているのか。

 どちらでも無いように思えるのだが、そうでなければなおも変らぬ明るさを説明する事ができない。

 幾度いくどと無く議論を呼びながら未だ解かれぬその問いを思い出しつつ、それは再び西の方を見た。

 もう一度、風が吹く。

 舜転しゅんてん

 それは煙のように立ち消え、その場には誰もいなくなっていた。

 か細く、何処かでひぐらしの鳴く声がした。



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