第一章 究極の逆転方法:提示

『まもなく京都駅です。JR西日本、JR東海へはお乗り換えです。今日もリニア特急をご利用くださいましてありがとうございました』


 将棋を指していると時間はあっという間に経ち、京都駅到着のアナウンスが鳴り響いた。


「ねぇ貴己」

「うん」

「いつの間にこんなに強くなったの? 一丁前に矢倉なんか組んじゃって」

「今まで何回負かされてきたと思ってんだ。流石に対抗策の一つ二つは講じるさ」

「それにしたってその差し回しは私のこと嫌いすぎでしょ」

「そっちが鬼殺しとか急戦棒銀とかそんなのばっか仕掛けてくるからだろ」


 それらは端的にいえば超速攻、アグロやビートダウンと呼ばれるもの。

 序盤から角や飛車、桂馬といった強い駒をフル活用して一気に相手陣地に攻め入る戦術を果琳は好んで用いる。

 彼女の魔導に通ずるところがあり彼女らしいなと思ったが、調べたところどうやら初心者に滅法強い戦法を取っているだけらしかった。

 やはり彼女らしい。


「いや、もうこれは勝ちでいいだろ」


 まだ詰みの手順は見えていないが、ここから巻き返すのはどうやったって無理がある。

 何度負けたかも定かでは無いが、俺は今日、ようやく初の勝利を果たす……!


「そういえばさ」

「うん?」


 謎の既視感と違和感を感じ、果琳の方を見た。

 果琳は変わらず盤面を見下ろしている。

 まだ何か打つ手が無いかと思索し続けているのだろう。

 その様にとてつもない優越感を感じた俺は果琳に声を掛ける。


「どうした? 今更やっぱ無しは聞かないぞ」

「ううん、そうじゃなくて貴己に見せようと思うの。劣勢時の究極の逆転方法」

「はい? そんなものあるのか」

「うん」


 果琳は未だ盤面を注視し続け、顔を上げることは無い。

 京都駅到着も間近、他の乗客は既に降りる準備を始めていた。


「で、それを今から見せてくれるのか。でももう時間ないぞ」

「大丈夫、一瞬だから」

「なら早く見せてくれ」


 ちょうど、リニアモーターカーが京都駅へと到着した瞬間であった。


「うん。ちゃぶ台返しって知ってる?」

「は? −−−−−−−−んなぁっ!?」


 言うやいなや将棋盤をひっ掴み、手早く駒を内側へと流し入れたかと思うとそれをパンと二つ折りにしてしまう。

 電光石火の早業、文字通り一瞬だった。


「それは流石にずるいだろ! 卑怯だ!」

「知りませんよーだー」


 俺が騒ぎ立てている間にも果琳は身支度を済ませ、ペロリと舌を出すとさっさと出口へ行ってしまう。


「……くっそー」


 吐いた悪態すら腑抜けてしまった。

 見ず知らずの奴にやられたら全力で殴り込みにかかっているところだが、果琳相手だと何故かそんな気にもならない。

 それどころか妙に愛嬌さえあったように思えてくる。

 それが彼女の人徳というやつなのだろう。

 カリスマと言い換えてもいい。

 兎にも角にも俺は今日も彼女のカリスマに振り回されているのであった。

 まぁそれはそれとして先ほどの分は後でしっかりと回収させてもらおう。


 ……このままで終われるか……!


 復讐の炎をメラメラと燃やしつつ果琳の後を追う。


「あっちょこれ、降りられない」


 人の列がかなり後ろまで続いており、どこにも割り込める隙がない。

 降りるタイミングを完全に逸した。


「……くっそー」


 もう一度悪態を吐いた。


 □ □ □


「流石に人の数が多いな……あ、京都タワー」


 果琳と共に京都駅の改札を抜け外へ出る。

 抜けるような青空、割と近くに見える京都タワーが目を引いた。

 俺が阿呆みたいに京都タワーを見上げている間、果琳はスマートフォンの画面を開き唸っていた。


「果琳、どうかしたのか?」

「待ち合わせがこの辺のはずなんだけど」

「待ち合わせ?」

「うん、迎えの人を行かせましょうって言われて分かりましたー、ってところまでは良かったんだけどその迎えに来てくれる人の特徴を聞くの忘れてた」

「何をしてるんだお前は。まぁここが待ち合わせの場所だってんなら待ってればその内くるだろ。気長に待とうぜ」

「そだね〜」


 言って、俺と果琳がその辺の柱に寄りかかった時だった。


「鬼が出たぞおおおおおおッッッ!!!!」

「「!!」」


 屋台や食事処が立ち並ぶ賑やかな通りから必死の形相で人が走り出てくる。

 奥は人だかりでよく見えないが、悲鳴がいくつか上がっていた。


「まだ太陽だって登り切ってないぞ? それにこんな人の多い所で鬼が出るなんてにわかには信じられないんだが」


 俺は思ったままの言葉を口にする。

 普段ならば果琳も何か言うところだが、果琳は俺の言葉には反応せず悲鳴が上がった方向を一心に見つめている。

 そして、不意に呟いた。


「…………いる」

「いる……って、鬼が!?」


 次の瞬間には、騒ぎがする方へ駆け出している。


「んなっ!? ちょっと待て!」


 人の流れに逆行して、後を追う。

 そして角を曲がった先、道の真ん中にいるそいつを見つけた。


「……まじかよ」


 それは背丈が人よりも大きな一ツ角の鬼だった。

 定食屋の障子戸が倒されているのを見るに、そこから持ってきたのであろう大きめの壺を抱えており、そこに手を突っ込んではタレのような物を夢中で舐めている。

 黄土色の肌をしているのも相まって、どこぞの蜂蜜好きな黄色い熊を連想した。

 なお、アレとは違い何も着付けてはいない。

 必然、ブツは垂れ下がりっぱなしである。

 あまり見ていたくはない。

 が、これは好都合だ。

 これ程の大きさの鬼になると大抵が棍棒などの武器を携えており、凶暴で力も強く、普通なら手がつけられないのだが、今はタレを舐めるので夢中になっている。

 果琳もそれを分かっているのだろう。

 大きく息を吐き、浅く息を吸い込むと、鬼の元へ臆さず

 文字通り、ひとっ飛びである。

 人間の跳躍力では無いが、魔導で身体能力を底上げしているためこの程度の芸当は造作も無い。

 それよりも真に驚嘆すべきはこの後だ。

 真正面に人が突然現れ驚愕の声を上げる鬼に、果琳が手をかざし、言い放つ。


龍炎の咆哮フラメ・ドレク!』


 極太の熱射線が鬼を喰らい尽くし、炎柱となって天を駆け上がっていった。


「あっつっ」


 余波の熱風が強烈な勢いでこちらへ押し寄せる。

 思わず腕で顔を覆い、熱波が収まりそちらを見れば燃え尽き炭の塊になった元鬼の姿とケロリとした様子で傍に佇む果琳がいた。


「お前なぁ……『龍炎の咆哮フラメ・ドレク』は狭い場所じゃ使うなって前にも言ったろ」

「ご、ごめん。咄嗟に出てきたのが『龍炎の咆哮これ』しか無かったんだよ〜」

「まじで路地裏とかでそれ使ってくれるなよ。俺が死ぬから」


 言いながら俺は見るも無惨な姿になった元鬼を見下ろす。

 真っ黒に焼け焦げており角すら無くなっていた。


「唯一の特徴の角まで焼け落ちてるじゃんこっわ」


 一体何度で灼かれたらこんなことになるのか。

 想像するだに恐ろしい。


「あー! そうじゃん! 角まで焼いちゃダメだった!」

「え? なんで?」

「鬼の角が万病に効くって話知らない? 売ったら高く売れそうじゃん」

「それはどこ情報なんだ。さいの角じゃあるまいし」


 当の本人はこんな調子である。

 あまりの出来事に言葉を失っていたらしい人々がようやく人心地を取り戻したらしく、周囲が段々と騒ついてくる。

 と、そこに人の良さそうな男性が駆け寄ってきた。


「あぁ、やっぱりそうでしたか! 私、中御門なかみかど様よりあなた方をお迎えにあがるよう申しつけられた者で御座います。遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。事後処理などはその手の者に任せて、騒ぎになる前にここを離れましょう。必要な書類などは後で運ばせますので」

「あー! そうじゃん! 書類書くのめんどくさいよー!」

「できるところは俺も書いてやるから取り敢えず行こう。騒ぎになるとそれこそ面倒臭い」


 実際もう既に騒ぎになっているが、俺たちはその男性が用意していた車に乗り込むとすぐにその場を離れた。

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