第26話

  翌日、朝食をとったヴィートは、骨董品街に向かっていた。昨日飲んでいた時に面白い話や変わった話が無いか聞いたところ、東区に広がる市の、スラムに近い部分は骨董品街となっており、古今東西の訳の分からない代物が集まっているというのだ。ローランドの話では異能が物に宿る事もあるらしく、一度チェックをしておくべきだと考えた。


 安い雑貨や食品等が売られている商店街の奥、謎な小物を売っている異国の行商人が集う地帯を過ぎる。スラムに近い、雰囲気が怪しい路地。この辺りが骨董品街だろう。


 どの店もどうやって儲けているのかわからない奇妙な店ばかりだ。古ボタン屋、空瓶屋、古釘屋……。とりあえず定番の魔道具屋を見に行ってみる。


 中央区にも魔道具屋があり、便利な携帯コンロや水の浄化機など売っているが、この骨董品街の魔道具屋は怪しさが段違いだ。店の中はガラクタの様な機械で煩雑としており、何が売っているのかさっぱりわからない。


 「すみませーん。誰かー?」

 「はーい、すぐ行くから待っててくれー。」


 奥から現れたのは分厚い生地の作業服を着た男だ。


 「この店は魔道具店……でいいのかい?」

 「なんで疑問形なんだ。どう見たって魔道具屋だろう。」

 「そうか?ガラクタに見えるが。」

 「……まぁ動かない物も多いが、遺跡産の貴重な物だからな。断じてガラクタではないぞ。」

 「それじゃ少し見せてもらおうかな。」

 「ああ、ただ勝手に触らないでくれよ。壊れたり誤作動を起こしたりするとどうなるかわからないからな。」

 「そんな危ねーもん置くなよ……。」


 店内の魔道具をじっくりと見ていく。すると、ヴィートのセンサーに引っかかる物が鎮座していた。


 「こ、これは!」

 「ん?ああ、これか?遺跡から出土したんだが何に使うのかさっぱりなんだ。」

 「これはじゃないか!」

 「えんじん……?」


 ヴィートの目線の先にあったのはどう見てもバイクのエンジンだ。こっそりと〈アナライズ〉をかける。〈アナライズ〉とは例の探査魔法の事である。せっかくなので名前を付けてみたのだ。


 エンジンの内部にはガソリンの入る給油口は無く、その代わりに魔法陣が刻まれている。どうやら魔力を用いた動力機関であるようだ。古代文明ではこのような魔力機関が一般化していたのだろうか?


 しかし、解せないことは、前世のエンジンに酷似していることだ。動力に魔力を用いるのであればもっと効果的な形になっているはずなのだ。魔力の無限の業を利用しているにしては無駄が多い。やはり過去には転生者がいたのだろうか?


 考え込んでいるとしびれを切らした店主が話しかけてくる。


 「なぁ、えんじん、って何だ?」

 「ああ、すまない考え込んじまった。これはエンジンといって魔力を使って動力を取り出す機械だよ。」

 「動力?」

 「動力ってのは、そのまま動かす力って事。こいつを車輪に取り付ければ馬が無くても動く馬車、なんてものが作れるはずだ。」

 「はぁー!凄えな!お客さんは魔道具に詳しいのかい?」

 「んーまぁ素人よりは詳しい、ってところかな。」

 「それじゃ、さっそく取り付けてみよう!」

 「待て待て、壊れて動かねえよ。」

 「そうか……。残念だ。」

 「エンジンが出てきた状況を知ってるかい?」

 「あぁ、なんでも遺跡から根こそぎ持ってきた時こいつが混じってたんだと。それで、使い道も分からないからここに流れてきた、って訳だ。」

 「同じ物が出たりは?」

 「いや、これだけだった。」

 「ふむ。それじゃ、試作品だったのかもしれないな。どうにも無駄が多いようだし。専門的な話になるからはっきりとは言えないが、多分同じ働きをしようと考えるならゴーレムを使ったほうが、効率がいいはずだ。」

 「ゴーレムか。ネアトリーデ魔国ではゴーレムの研究もおこなわれているらしいな。もしかすると馬無し馬車も研究されてっかもなー。」

 「そうなると、一部分だが古代文明を越えるかもしれないのか。夢のある話だな。」

 「ははは。お客さんは話が分かる。魔道具ってのは夢が無いとな!」


 店主と意気投合し、しばらく話して店を後にした。


 『しかし、エンジンか……。』

 『お前の考えていることはわかる。転生者だろう?』

 『ああ。そこここに転生者の存在を感じるんだ。例えばフォーク。』

 『確かに。私の時代にはまだ匙とナイフしかなかったからな。』

 『自然に発達した可能性もあるけど、気になるよな。』

 『もしかしたら古代文明というのは、転生者達が作ったのかもしれんな。』

 『転生の原因はなんだと思う?』

 『うむ……以前も言ったが〈宿命通〉はありえん。〈宿命通〉を得るために修行するのであれば、〈神足通じんそくつう〉や〈天眼通てんげんつう〉を得るはずだ。あるとしたら……魔力を使った転移だろうか。正直な所わからんとしか言えんな。』

 『そうか。ま、遺跡に行けるようになったら調べてみますかね。』


 情報面では多少収穫があったが、異能では収穫なしのため、次に気になった店に入ってみることにした。その名も“瓶屋”である。


 店に入ると、午前中だと言うのに薄暗い。狭い店内はぎっしりと何かの瓶詰が並べられている。半透明な結晶、粉を吹いた謎の塊、羊か何かの目玉……ここに長居すると呪われそうな気がする……。


 ヴィートが店の中を見回していると店主が声をかけてきた。ローブを着た老人だ。男か女かもはやわからないほど深いしわが刻まれている。その姿は置物の様に店に同化していた。


 「いらっしゃい。」

 「どうも。瓶詰屋って書いてあったけど、何が売ってるの?」

 「瓶詰ですわな。」

 「それはまぁ、わかるけど。」

 「儀式魔法の触媒やら錬金術の素材やら、普通の食品やら……とにかく瓶詰なら全部扱うております。」

 「ふーん……それじゃこれは?」


一見して何も入っていない瓶を指差す。


 「それは遠い昔、悪魔を閉じ込めたと言われる瓶です。」

 「何も入ってないように見えるけど。」

 「それは悪魔が人を騙して開けさせようと透明になっておるとか。開けた者には死が待っておると言われています。」

 「物騒だな……。」

 「それで、あても無いようですが何かお探しですか?」

 「えーと、いわくつきの瓶詰ってないかな?……例えば神の力が封じられてるだとか。」

 「……お客さんの方がよほど物騒だと思いますがね……。それではこんなものはどうです。とある教会の地下に納められていた神の遺骨だとか言われている瓶です。」


 『ローランド、どうだ?』

 『いや、ごく微量にしか神の力を感じんな。聖人や契約者の骨だろう。』


 「うーん、ちょっと違うな。別のは?」

 「これは無限の力が込められた瓶と言われています。開けた者は全てを意のままに出来るとか。」

 「……なんで店主はそれを開けないんだ?」

 「所詮は噂ですから。」


 『これは?』

 『ただの高濃度魔力水だな。一時的に多少の力は出るだろうが、すぐに魔力が抜けて駄目になるだろうな。』


 「これじゃないなぁ。」


 ふと端の、店の角にあたる棚にほんのり光る瓶を見つける。あの遺跡で出会ったローランドの姿がフラッシュバックする。


 (ビンゴか!?)


 ヴィートの目線に気が付いたのか店主が説明を始める。


 「冒険者が遺跡で見つけた謎の光を瓶に詰めた物だそうで。何十年前から光り続けています。」


 『どうだローランド。何か感じるか?』

 『……瓶越しだとよくわからんが、可能性は高いぞ。必ず確保しろ。』

 『了解!』


 「これを買いたい。いくらだ?」

 「かなり古い物で価値があるでしょうから。金貨15枚って所でしょうか。」

 「げ、高いぞ。それはいくらなんでも足下見すぎじゃないか?」

 「いやならいいんですよ。いくらでも置いておけますし。金貨15枚でも欲しい人に譲ればいいんですから。」


 (くっ、コイツ手ごわい……こっちの欲しい気持ちを完全に読んでいる……。)


 「はぁ、わかったわかった。金貨15枚だな。ほら、確認してくれ。」

 「はい、確かに。どうぞ持って行ってください。」


 そうして光る瓶を麻袋にしまい、店を出る。思わぬ収穫に頬も緩んでしまう。


 (これでローランドが力を取り戻したら、何が出来るようになるかなー。実体化?異能レーダー?それとも、もう〈天眼通てんげんつう〉?)


 考え事をしながら歩いていると、少年にぶつかられる。


 「おっとごめんよ!」


 そう言って少年はそのまま奥へと消えて行った。何か引っかかる、不自然さがある動きだったが……。


 急激に脳に走った過去の記憶。それは数月前、城門の前で親切なおじさんにかけられた言葉だった。


“気をつけな。田舎じゃいなかった詐欺師やスリにやられる奴が多いんだ。”

“田舎じゃいなかった詐欺師やスリにやられる奴が”

にやられる”


(ま、まさか!)


 焦って麻袋を確認する。すると切れ込みが入れられ中にあるはずの瓶が抜き取られている!


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