第27話

 「やられたっ!!」


 たまらず駈け出す。少年はどうやらスラムの方に逃げて行ったようだ。少年の姿はおぼろげながら覚えている。ここに至っては身体強化も解禁だ。入り組んだ路地を走る為に制動できる最速で走る。


 ほどなく少年の後姿を見つけた。


 「まてっ、ごらァ!!」


 思わず獣のような声が出る。それに怯えたのか少年が一段階ペースを上げた。スピードはヴィートの方が圧倒的に速い。しかし、複雑な形状の路地ではなかなか思うように進むことが出来ないのだ。少年は土地勘があるらしくひょいひょいと先へ逃げ、姿は見えなくなった。


(クソッ、見失ったか!?)


『ヴィート、〈自領域拡張〉だ!急げ!』

『ああ!』


 普段とは桁違いの速さで薄い魔力が拡散されていく。入り組んだ構造とスラムに住む沢山の住人に脳の処理が追いつかない。頭が急激に痛みながらもなんとかその位置を把握した。300mほど先、屋内に逃げ込んだようだ。


 (絶対に逃がさん!)


 急いでその位置に向かいドアを開ける。するとさっきの少年が甕に顔を突っ込んで水を飲んでいる。黒髪でやんちゃそうな顔立ちだ。


 「あ、もう来ちゃった?」

 「てめぇ……舐めた態度しやがって……はぁ、まあいい。とにかくさっき俺からスった瓶を返してもらおう。」

 「瓶?なんの話かな?」

 「とぼけるな!」

 「そう言われてもねェ、無いものは出せませんなァ。」

 「何?」


 『こいつ!本当に持っていないぞ!』

 『なにぃ!?どういう事だ!?』

 『どうもこうも、瓶の発していた、ごく微妙な神力を感じない!どこかに隠しているのだとは思うが……。』


 「どこに隠した!言え!」

 「乱暴だなあ。いいのかい?この辺はスラムだ。喧嘩になったら俺よりもあんたの方が狙われるぜ。金持ってそうだからな。」

 「ふふふ……はっはっは!」

 「な、なんだよ急に笑い出して。」

 「スラムの住人がどの程度やれるかは知らないが。望むところだ。たまにはそういう戦いも楽しそうだ。」

 「げ、本気かよ。」

 「ああ、もちろん。骨は折らないよう相手してやるぞ。」

 「こりゃとんでもない相手からスっちまったかな。なぁ、返したら許してくれる?」

 「俺としては“スラム住人対抗大喧嘩祭り”が始まった方が楽しいが。」

 「冗談キツイって。」

 「まぁ、余計な時間を食うのもなんだからな。瓶を返せば見逃してやろう。」

 「はぁ……。それじゃ出るか。じつは仲間がいてな。そいつに投げ渡したんだ。」

 「それで追いかけてきた相手はお前が白を切るって算段ね……まぁそこそこ良くできてるんじゃない?相手が脅されても構わずボコボコにする可能性はあるけど。」

 「そもそも俺の足についてくる兄さんが異常なんだって。いねえぜ?ここまでこれた奴は。」


 そんな話をしながら小さな家を出ると、近くの路地から強烈な火柱が立ち上る。パッと見ただけでも王城と同程度は高い。


 「なっ、なんだ?」


 『これはまずいな……。』


 取り急ぎ火柱の根元に急ぐ。しばらくすると火柱が収まり、中から少年が現れる。スリ少年の仲間だったらしく、心配そうに駆け寄っていく。


 「バック!どうしたんだ!何があった!」


 火柱から現れた少年はバックと言うらしい。何事もなかったかのように振る舞う。確かに服もきちんと着ているし怪我もしていない。


 「うん?ソニーじゃないか。」

 「怪我はないか?あの火柱はなんだったんだ?」

 「ふふふ。大丈夫だよソニー。なんでもない。それで、ソニーはのかい?」

 「いや、捕まっちまった。」


 そう言って親指で後ろのヴィートを指した。


 「そっか。でも安心して。あの人を殺せばいいんだよね?」

 「な、何言ってるんだバック!」

 「大丈夫さ。やれるよ。」


 そう言って指先をヴィートへと向けるバック。訓練によって培われた戦闘勘がヴィートの身体を動かした。そして、身体があった場所を熱線が通り過ぎていく。熱線に当てられた壁は音もなく10cmほどの円形にえぐれた。


『あの小僧、異能を取り込んだようだ。』


 そのまま次々と熱線が放たれる。まるでマシンガンのようだ。しかし、いくら熱線が速いとはいえ、所詮は素人の少年が放ったもの。身体強化と〈見切り〉で悠々と避けていく。


「当たれ!当たれよう!」


 癇癪を起したバックに呼応するかのように熱線が大きくなっていく。このままだとよけきれないかもしれないと判断して宵闇を抜いて吸収する用意をしておく。


 剣を抜いたヴィートを見て、スリ少年……ソニーが泣きそうな顔をしている。


 「殺さないで!大事な友達なんだ!」


 『……この顔見ちゃったら流石に殺せないよなぁ。どうしたらいい?』

 『体が触れれば私が異能を引きずり出して無力化しよう。ただ、そこそこ時間がかかるぞ。そうだな、3分だ。3分小僧を拘束しろ。』

 『あの火柱はどうしたらいい?』

 『異能の放つ神力もエネルギーには違いないのだ。なんとか魔力で抑えこめ!』

 『了解!』


 「安心しろ。お前の友達は殺さずに返してやる。」

 「何で当たらないんだよ!死ねよ!」


 熱線……もはや線ではなく熱とでも呼んだ方がいい大きさの物が飛んでくる。宵闇に魔力を通し、熱線に穴をあけて凌いだ。


 「お前とは初対面のはずだ。そんなに恨みを買う理由は無いと思うが?」

 「僕の邪魔をするからだ。この世界は力こそ全てだろう?だったら力を手に入れた僕は何をしたっていいはずだ!」

 「だったら、ここで斬られても文句は言えないな?」


 ヴィートから殺気が放たれる。異能を手に入れて気分が昂っていたバックですら怯んでしまう。殺気や威圧の闘気はマシアスとの高次元の鍛練や魔物との命の取り合いで手に入れたものだ。怯んだ隙を見逃さず一瞬でバックを拘束する。バックの腕を後ろに回し、首と腕をがっちりとホールドした。


 「放せ!放せよ!」


 ヴィートの腕の中でバックがもがくが、圧倒的なステータス差によりびくともしない。そこには大人と子供という表現では生ぬるいほどの筋力差がある。


 「放せぇ!!」


 『ヴィート、作業に入る。気をつけろよ!』


 バックの体内に魔力を浸透させ、生み出される神力をかき乱すように動かす。結果として火柱は立たなかったが、漏れるようにしばしば炎が噴き出している。ヴィートも何度もその炎を身体に受けており、尋常でない熱さと傷みが顔面を襲い、集中力を削っていく。


 身体強化を使ってダメージを軽減し、〈セルフヒーリング〉で即時癒す。神代魔術師のレベルに達しているヴィートでも神力を阻害しながら、これらを並行して行うのはかなり神経をすり減らす作業だ。


「まだか!早くしてくれ!」

『まだだ!まだ1分しか経ってないぞ。』

「くっそ!勘弁してくれぇ!」


 ぐんぐん魔力が消費されていく。魔力よりも神力の方が一段階、無限の渦に近い。完全に性能に差があるが、それを量で補ってなんとか押さえつけている状態だ。


 宿命通の効果で残存魔力が分かりすぎるほどわかってしまう。現在の魔力量は13万ほど。単純計算、1分で8万の魔力を消費している。3分はギリギリ持たない。


 「おい!ソニー!バックの気を惹け!このままだと殺すしか手が無いぞ!」


 動揺して固まっていたソニーに声をかける。パワーで押し負けているのなら環境を利用する、戦闘剣の教えだ。ソニーは覚悟を決めたようで、顔から決意がにじみ出ている。徐々に拘束されているバックへと近づいてくる。


 「バック!わかるか?俺だソニーだ!」

 「ソニーも僕の邪魔をするのかい?」

 「力があれば何をしてもいい、っていうのは俺たちが一番嫌ってたことじゃないか。」

 「僕は力を手に入れたんだ。何をしてもいい側に回ったんだよ。ソニーだって同じじゃないか。足が速いって力で好き勝手にスリとってる。何が違うの?安心してソニー。今度は僕がソニーを守ってあげる。お腹いっぱい食べられるようにするし、寝るところだって用意できる。そのためなら何でもする。」

 「そうじゃない。そうじゃないんだ。殺しちゃいけない。人を殺したらきっと戻れなくなる。」

 「あの路地裏に戻るつもりはないよ。」


 接触するほど近づいたソニーはヴィートごとバックを抱きしめる。ソニーを傷つけないようにか、バックの身体から神力が噴き出さなくなる。


 「バック。俺たちの生活は確かに厳しい。でも俺は楽しかったよ。バックと一緒だったから。」

 「僕は……僕はみじめだったよ。いつだってソニーに守ってもらって、ソニーの足の速さでご飯を食べて……。」

 「悪かった。お前がそんな気持ちでいたなんて気が付かなかった。」

 「ソニー……僕は……僕は……。」

 「俺ならどうしてくれてもいい。だから、関係ない人を襲わないでくれ。それをすると、汚い大人と一緒になってしまうから。」

 「僕は君に認めて欲しかった。君にそんな顔をさせるつもりじゃなかった。」

 「ああ。わかってるさ。バックは優しいから。」


 言葉が出なくなり、嗚咽を漏らすバック。それと同時にバックの身体の中にあった神力の塊がバックから引きはがされた。

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