第25話


 昼食を終え、戦闘剣道場へと向かう。戦闘剣道場も9日ぶりだ。


 「マシアスーいるかー?帰ってきたぞー。」


 「あ、ヴィート。お帰り。ダンジョンはどうだったかい?」


 「うーん、ゾンビやら動く壺やらで全然剣の修練にはなんなかったな。」


 「ははは。そっか、それで戦いに飢えてるって訳だね?」


 「察しがいいな。一戦付き合ってくれ。」


 木剣をマシアスに投げ渡す。薄く笑みを浮かべながらマシアスが剣を受け止めた。


 「それじゃ始めようか。」


 マシアスが剣を構え、闘気を漲らせる。正眼の構えである。大会以降、一皮剥けたように洗練された空気を纏うようになっている。マシアスが放つ清廉な闘気は聖職者の様でもある。


 「おう!」


 対するヴィートは木剣を順手に持っている。左手は軽く添えるだけでいつでも投げ技が出来るようにしている。戦闘剣術そのものが顕現したかのような荒々しい闘気。じりじりと空気を焦がすようだ。


 2人の闘気が触れ合った瞬間、掛け声も無くヴィートが踏み込んだ。混じりあう闘気を切り裂き木剣が振り下ろされる。狙いは手だ。マシアスはその振り下ろしに剣を合わせていく。絶妙なタイミングで差し込まれた木剣で振り下ろしが弾かれる。


 マシアスの剣はますますの冴えを見せ、最近では剣を振るうと言うよりも剣を、といった状態になってきている。力の流れに沿って、すっと剣を置いてやると相手の剣が逸れていく。達人の領域に半歩足を踏み入れているのだ。


 ヴィートに出来ることは今まで通り、マシアスが対応できないほどの速度を出すか、マシアスの経験に無い奇策を用いるかしかない。


 剣が弾かれた隙を裏拳で埋める。流石にそれを剣ではいなせないのか、少しばかりマシアスが距離を取った。


 「やるじゃん。」


 「“日々成長してるもんで。”」


 大会でヴィートが言い放った言葉をそのまま返される。ヴィートはその挑発に乗った。


 「“成長してるのが自分だけだと思わないことだよ”だったか。それじゃ俺も成長を見せないとな。」


 ヴィートはあえて距離を取り上段に構える。ヴィートは剣に格闘を取り入れた極接近戦を得意とし、マシアスもカウンター主体の戦い方から近づいた方が良い。長距離は2人とも得をしない距離なのだが、ヴィートは闘う事が心底楽しい、といった表情だ。


 「新たな必殺技だ。初戦は勝たせてもらうぜ。」


 「……いつでもどうぞ。」


 「しィ!」


 口から急速に息を吐きながら振り下ろした。今までに比べて明らかに速い。その剣先からは衝撃波が発生してマシアスを襲った。〈ソニックショット〉だ。ステータスが上昇したヴィートは強化魔法無しで衝撃波を発生させる事が可能になっていたのだ。


 普通なら木剣が持たない所を魔力で木剣を強化して強度を補っている。普通の人間の中でも、気の扱いに長けた者は武器を強化することが出来る、と聞きヴィートが解禁した技術の一つだ。全開の身体強化魔法や、魔法を使った〈ソニックショット〉はヴィートの中では反則だが、強化魔法一部掛けや自力で放った〈ソニックショット〉はギリギリセーフらしい。基準はよくわからないが……。


 ヴィートの表情から何かが来ることはわかっていたが、流石に音速で飛来する不可視の斬撃は避けれなかったようだ。マシアスは断ち切れた木剣を前に呆けたように立ちすくんでいた。


 「ふふん。勝負あり、ってところかな?」


 「なっ……何だい今の?全然見えなかった……。」


 「剛剣の極地、って所か。とてつもない速さで剣を振るうとな、斬撃が飛ぶのさ。」


 「飛ぶ斬撃……。でも木剣が切れても僕が切れてない所を見ると、結構射程は短いようだね?」


 「げぇ、もう気付くのかよ。」


 「もう一回だヴィート!今日中に飛ぶ斬撃に対応してみせる!」


 「あ、スイッチ入ったねコレ。まぁこっちも望むところだけど。」


 そうしてマシアスと日が暮れるまで戦い続けた。今日の所はヴィートが勝ち越したが、マシアスも流石で〈ソニックショット〉を使うヴィートに食らいついている。もう数度、戦えば完全に見切られてしまうだろう。日が落ちたあたりで周囲のギャラリーにアルバンとネイルが混じっている事に気が付いた。


 「あ、アルバンとネイル。来てたんだ。一言、言ってくれればいいのに。」


 「かけたわ。お前ら2人が集中しすぎて気が付いてないだけだっつーの。」


 「ヴィート、お前ね、斬撃飛ばすって何なの?マシアスも何、平然と飛んでくる斬撃避けてるの?」


 「いやぁ、平然とじゃないさ。内心、戦々恐々としてたよ。でも大分つかめてきたかな。結局、ヴィートの癖で飛んでくるから。来るタイミングが分かったら避けれるもんだよ。」


 「駄目だ、何言ってるか全然わかんねえ。」


 「ああ、こいつらアホだな。剣術バカだ。」


 「おい、アホからバカに変わってるぞ。」


 「いいんだよ、そういうのは。これから飲みにいかないか?」


 「お、アルバンの奢りか?」


 「そんな訳ないだろ。マシアスの奢り!」


 「……何で僕?」


 「ヴィートが銅級から銀級に昇格したんだ。知ってたか?」


 「いや、初耳。そうなのかい?」


 「ああ、今朝な。流石情報通。耳が早い。」


 「それで小金持ちのマシアス君がヴィートの昇格祝いに奢ってくれる、という訳さ。」


 実際の懐具合で言うなら、アステリオスの報奨金や、オークションの支払い、希少なダンジョン素材の売却でヴィートの方が潤っている。しかし、アルバンがそれを知る由もない。


 「ヴィートの分は奢ってあげても良いけど君ら関係なくない?」


 「そう堅い事言うなってー。」


 「頼んますよ、お大尽様!」


 「お前らタダ酒飲みたいだけだろ。」


 「ま、ほら、それはいいとして店とってあるから。行こうぜ!」


 「強引だなぁ。」


 そうして2人して連れてこられたのは師範行きつけの焼肉屋だ。とても大きなコンロで、牛肉の塊がいくつも刺さった串が何本も焼かれている。食べるときは外側を削ぎ落とし、皿に盛っている。野趣あふれる雰囲気で、一仕事終えた冒険者や、訓練を終えた兵士や道場生でにぎわっている。


 皆にワインが行き渡った所でアルバンが音頭を取った。


 「ヴィートの銀級昇格を祝って、乾杯!」


 ぐっとワインをあおる。爽やかで疲れた体に染みるうまさだ。そのワインの余韻が残っている口に肉を頬張る。うまみと塩気が口いっぱいに溢れる。その脂が残っている口にまたワインを流し込む。この繰り返しは永遠に出来る。そうヴィートは感じた。


 しばらくは皆が無言で肉とワインをかきこんだ。しばらくすると腹にたまるパンと漬物が運ばれてきて、食事も少しゆったりしたものになる。


 「いやー、ヴィートは王都に来てまだ4か月位だったか。もう銀級ってのは速いよな。」


 「タイミングにも恵まれたかな。」


 「ああ、“楽園の主アステリオス”だったか。確かにそう出るレベルの魔物じゃないなアレは。」


 「ネイルも見に行ったのかい?」


 「いや、噂で聞いたのさ。“怪力のヴィートが素手でとんでもない化け物を仕留めたそうだ”ってね。」


 「俺は見に行ったぞ。あんなもん剣持ってたってごめんだな。何で素手だったんだ?」


 「いや、まだ剣買う前だったから。あと、拳でもそこそこ戦えるし。」


 「これだもんなー。やっぱり強い奴ってのはどこか頭のネジが飛んでるもんなのかね?」


 「あはは。言われてるよヴィート。」


 「いや、“あはは”じゃねーよ。お前もだぞマシアス。」


 「そういやマシアスって毎日何してんの?」


 「住み込みで道場の手伝いだね。下級クラスの子たちを面倒見たり、自主練したり、掃除したりって感じ。」


 「お給金はナンボ程もろてますのん?」


 「どこの訛りだそれは。」


 「大体一日銀貨1枚かな。でも住み込みだから家賃とか食費はかからないんだ。」


 「なるほどなー。ヴィートは?」


 「基本的には狩りだから、かなり日によるけど大体金貨1枚~金貨5枚位かな?」


 「なっ!……はいじゃあここはヴィート君の奢りねー。」


 「ゴチになります!」


 「いやいや、ヴィートのお祝いでしょ?いいよ僕が払うから。」


 「はぁー、俺も冒険者になるかなー。」


 「やめとけってアルバン。ヴィートみたいには稼げないって、絶対。」


 「まぁ、銀級になる訳だな。納得したわ。」


 「ヴィートはいつまで王都にいるんだい?」


 「一応次の春に出る予定。ま、出て行ってもまた戻ってくるよ。なんてったってマシアスにまだ勝ち越してないからな。」


 「ふふふ嬉しいよ。やっぱり僕たちはライバルだね?」


 「まぁなー。」


 「お2人さん熱いねー。」


 「ひゅーひゅー!」


 「うるさいよ!」


 「マシアス、そういえばお前ヴィートに絡み過ぎてホモ疑惑が出てるぞ。」


 「「えっ。」」


 ヴィートとしても初耳だ。2人の動きが一瞬止まる。


 「なんだ、知らなかったのか?」


 「いや、えぇ?どういう事?」


 「マシアスに振られた女の子たちが悔しさ半分で流した噂みたいだな。あんまり2人の仲が良いもんだから嫉妬してるんじゃ?」


 「マシアス、大丈夫だよな?そんなないよな?」


 「ちょっとヴィート露骨に距離とるのやめて!傷つくから!」


 「それじゃ好きなのは女なんだな?」


 「まあ堂々と言う事じゃないけど、僕は女の子が好きだよ。」


 「ヴィートより?」


 「その選択肢はおかしい。」


 「いや、知らない子よりはヴィートの方が大事かな……。」


 「「やっぱりホモじゃないか!」」


 「僕を男色に仕立て上げるのはやめて!」


 そうして4人で楽しく騒いで夜は更けていった。



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