第8話

 そうしてあっという間に15日が過ぎる。昼から道場でマシアスと待ち合わせしていたヴィートは道場へと向かった。アンドレ師範は先に会場で仕事をしているそうだ。


 「おう。待たせたな。」


 「大丈夫。じゃあ行こうか。場所は中央闘技場だよ。ヴィートは受付番号16番ね。」


 「りょーかい。」


 中央闘技場は王都で最も大きな闘技場だ。娯楽の少ないこの世界において剣闘士の戦いはなかなかの娯楽になる。といってもローマのように生きるか死ぬかの戦いではない。魔物のいる以上戦闘技能の向上は推奨すべきもの、という方針から冒険者や兵士など武に自信のある者達を集めて技能向上を目指す、という健全な目的となっている。


 今大会は各道場から数人ずつ選抜されトーナメント方式で優勝を競う。ちなみに道場主は参加していない。技能向上を目的としているため、最強決定戦ではないのだ。無駄に道場主を参加させて道場の威信を落とす必要もない。全体での参加者は31人。A、B、C、Dの四ブロックに別れ、5回勝ち抜けば優勝である。騎士団のホープであるフェッシという剣士がシードらしい。


 「16番は……Bブロックか。マシアスは何番?」


 「7番。Aブロックだね。準決勝であたるはずだよ。」


 「言うねぇ。準決勝まで敵なしって?」


 「ふふふ。適切な評価って奴だよ。」


 中央闘技場では同時に4試合同時に行えるキャパシティがある。各ブロック1試合ずつ行える計算だ。


 観客へのルール説明が行われる。その間選手は待ち時間だ。主なルールは以下の通り。


・相手を殺してはならない。

・武器は木剣あるいは木槍などの殺傷力を抑えた武器を使う事。

・試合は1試合10分。

・相手が負けを宣言する、あるいは審判が勝負ありと判定すれば勝ち。

・10分の試合時間を過ぎても勝負がつかない時は審判による判定が行われる。

・リングアウトは注意の対象になる。1試合で2度の注意で失格となる。

・その他、審判への暴言、極端に礼を欠く行為も注意の対象である。

・武器を取り落としても拾って戦闘を継続できる。もちろん体術での攻撃も認められる。

・防具は魔道具でなければ何を着ても自由。


 以上が基本的なルールとなる。戦闘剣道場が参加しているせいか武器を失っても負けにならないのはヴィートにとってもありがたい事だった。といっても騎士剣道場や槍道場でも、主君を守り、自身も生き延びるため体術を教えており、戦闘剣道場だけにアドバンテージがある訳ではない。


 控室に大部屋が二部屋とられており、A、BブロックとC、Dブロックに分かれた。残念な事にC、Dブロックの様子は見れそうにない。部屋内の腕の立つ者にそれとなく目をつける。


 マシアスが20代位の男性と話をしている。同門のネイルという男だ。彼は戦闘剣道場でも上位の腕前でヴィートとも幾度となく試合をしている。駆け引きの上手い、小技に長けた剣士である。力でねじ伏せるヴィートのスタイルとは相性が悪く、ヴィートが圧倒的に勝ち越している。とはいえ彼も実力者。前のままではないだろう。


 そのまま目線を横にそらすと……。


 (うわ!なんだアイツ!)


 そこにはフルプレートアーマーを着込んでいる者がおり、かなり目立っている。確かに防具は何を着てもいいようになっているが……。フルプレートアーマーは人外の膂力である魔物相手には少し分が悪いが、対人戦闘においては無類の強さを発揮する。もちろんその防御力は機動力を犠牲にしたものだ。どのようなバトルスタイルなのか。ヴィートでなくとも気になるところだ。


 その他、男性ばかりの参加者の中に1人顔立ちの整った女性剣士が混じっている。見たことない顔だ。騎士か、騎士剣道場生だろう。兵士は自身の生存率を高めるために間合いの広い槍を使う者が多い。女性用の金属鎧をつけており、赤い髪を三つ編みにして後ろに垂らしている。すこしきつい目つきとスッキリと通った鼻筋。歳のほどは20歳前後だろうか。周囲の男たちは剣の道を志しているだけあって硬派であり、気にしてませんよ、という顔をしながらちら見している。硬派とはいったい……。


 (騎士剣を使う女……女騎士か!すげぇ初めて見た!)


 それに反してヴィートは割とガッツリ見ている。田舎で獣相手に戦ってばかりだったため、あまりデリカシーというものはない。デリカシーに関しては、前世の記憶もぼっち街道まっしぐらだったため沈黙している。


 「何か用か?」


 あまりにまっすぐ見すぎたせいか女性剣士から声がかかる。


 「いや、特には。男ばっかりの中に女1人居たもんだから気になっちゃって。」


 「ふむ。確かに女で剣術をたしなむ者は少ないだろう。しかし、いない訳ではないのだ。あまりじろじろ見るのは感心しないな。」


 「あ、悪い。そのあんまり慣れてなくてさ。」


 「わかってくれればいいんだ。ちらちら見られるよりもずっと好感が持てる。君は見たところ剣士か?」


 周囲の時が止まる。道場の実力者が集まるこの場でちら見がばれないはずがなかったのだ。


 「ああ。俺はヴィート。アンドレ戦闘剣道場だ。冒険者をしている。」


 「すまない、先に名乗らせるのは無礼だったな。私はオーレリア。騎士を目指して騎士剣道場に所属している。」


 「怒らせたら悪いんだけど、女で騎士になれるのか?」


 「ああ。ルート王国には近衛兵の中に高貴な身分の女性を警護する女性騎士が存在している。私が目指しているのはそれだ。狭き門だろうがその分挑み甲斐があるというものだ。」


 「それじゃ今回の大会は?」


 「高い身分の方がいらっしゃるそうだ。腕を見込まれれば騎士団入りも有り得る。」


 「なるほど。いいアピールの場、って訳ね……。」


 「いや、そのためだけに出場するのではないぞ。純粋に自分の剣がどこまで通用するか試したい思いもあるのだ。そういうヴィート、君は?」


 「俺は欲しい剣があってな。金貨が足りないんだ。具体的に言うと30枚くらい。冒険に出る前までには手に入れたい。」


 「なるほど冒険者らしい。ヴィートは……16番か。私は11番だからあたるとしたら第7試合だな。戦える時を楽しみにしているぞ。」


 「ああ。互いに頑張ろう。」


 「準備が終了しました!選手の皆さんは会場までお越し下さい!」


 会場でのルール説明などが終わったらしく係員が選手を呼びに来ている。とうとう第1試合が始まるようだ。ヴィートはBブロック第4試合に出場するため1回戦のラストとなる。


 武舞台の周囲には簡単な椅子が設置されており他者の試合を観戦できるようになっている。勝ち抜いたら次にあたる相手なのだから選手たちは皆、観戦するようだ。ヴィートももちろん選手を観察するため観戦席についている。


 「第1試合は王国兵士コリン対戦闘剣道場アルバン!2人とも位置に。」


 コリンは長槍を持った青年だ。防具は胸部を保護したプレートアーマーをつけている。緊張しているのか動きが非常に硬い。周囲の話を盗み聞きすると初参加らしい。


 アルバンの方は戦闘剣道場生でヴィートも面識がある。戦闘剣道場にしては珍しく堅実な戦い方をする剣士だ。歳も20代半ばと他の選手に比べて年上である。厚手の服に革鎧を着ており、得物は長剣で通常の剣よりも少し長い。


 2人が向かい合い一礼する。両者の雰囲気はまるで反対である。戦意を高ぶらせるコリンに対して静かなアルバン。アルバンに至っては相手を見ているかすら定かでない。相変わらず戦闘剣らしくない男だ。


 「始め!」


 審判から開始の合図がなされる。その瞬間に動き出したのはアルバンの方だった。対応しようとするコリンの槍を難なく弾き体当たりする。体勢を崩したコリンとの距離を詰め首元に木剣を押し当てた。


 「ま、参った……。」


 「そこまで!勝者アルバン!」


 あまりに早い決着である。試合が始まって数秒ほどで決着がついてしまった。そこまで隔絶した力量差があったわけではないのだが、やはり場馴れの差は大きいようだった。


 周囲の武舞台と時間を合わせて、第2試合が開始される。


 「第2試合は騎士剣道場オーレリア対槍道場ヨセフ!二人とも位置に。」


 先ほどの女騎士オーレリアと短槍の男、ヨセフとの対戦だ。


 オーレリアは静かに片手剣とバックラーを構えている。騎士剣道場では盾の使い方も教えていると言うが、どの程度のものなのかお手並み拝見である。そのオーレリアの顔には気負いが無く自信に満ちている。


 対するヨセフもなかなか不敵な表情だ。17,8位の歳だろうか、覇気のような勢いが漲っている。髪を短く切りそろえ、なかなかやる雰囲気だ。どのような戦い方であるのか、構えた短槍だけでは窺い知ることはできない。


 「始め!」


 オーレリアの方から仕掛ける。片手剣を使った突きでの牽制。突きをはらったヨセフはそのまま石突で突き返す。飛び込んできた石突をしっかりとバックラーで防ぐオーレリア。互いに牽制し合っているのだろう。ある程度打ち合うと少し距離を取り相手の様子をうかがっている。


 事態が動いたのは試合開始から5分ほどが経過した時だった。


 ヨセフがオーレリアに急激に距離を詰めたのだ。突きから始まった変幻自在の連撃にオーレリアは対応できていない。バックラーではカバーしきれず止む無く片手剣で受けている。防御がきちんとできていないため攻撃に転ずる余力がないのだ。


 バックラーで防ぎ、片手剣で攻めるスタイルのオーレリア。スタイル自体はかなり堅実なのだが、足元や死角に対しての防御は逆に弱くなっている。


 持ち手が長く、持つ位置を変えることが出来る短槍はその間合いを自在に変化させる。もちろん使う人間の技術が必須であるが。ヨセフはオーレリアの弱点を的確について翻弄している。


 このままでは押し込まれて決着だろうと誰もが思っていたが、オーレリアだけはそう思っていなかった。


 「あああああ!!!!!」


 雄叫びを上げつっこむオーレリア。短槍の間合いが変幻自在、といっても身体から離れすぎれば力は弱まるし、持ちかえる一瞬は隙が出来る。ヨセフ自身それがわかっていたため勝負を急いだのだ。自身の癖を悟らせないように。だがその隙を完全に突かれた。まさにここしかない、というタイミングで行われたシールドバッシュ。なんとか短槍を取り落すことこそなかったが体勢を崩したヨセフの首元には片手剣が添えられていた。


 「そこまで!勝者オーレリア!」


 「見事な楯術だった。正直驚いたよ。」


 「あなたこそ。槍をまるで自分の身体の様に扱うのだな。感心した。」


試合が終わると二人はかたく握手を交わす。互いの力量を認め合ったようだ。武舞台から降りる際にオーレリアからヴィートに向けてウインクが飛ぶ。軽く手を上げてこたえるヴィート。


 ともあれ白熱した第二試合も終わりすぐさま第三試合が始められる。


 「これより第3試合を行う!王国兵士ハイモ対槍道場ハリー!位置について。」


 ハイモは成人男性としては少し小柄で165cmから170cm程度だろう。兵士にしては珍しく剣を使うらしい。相手のハリーを、正確にはハリーの得物を見て何か考えているようだ。


 それもそのはず、ハリーは3mの長槍を構えている。戦場ではスタンダードな槍だが試合で用いる者は多くない。ハリーはその長槍を使うだけあってかなりの大男で大体2m程の背丈である。


ハリーは当然その長い間合いを活かすだろうし、ハイモはその隙をついて間合いのうちにもぐりこまねばならない。ハイモが長槍をどう対処するかに勝敗がかかっているといえよう。


 「始め!」


 ハリーが長槍を振り回し、一振りごとにブンと風切音が聞こえている。その大きな体から繰り出される薙ぎ、突きはかなりの速さだ。流石の膂力である。ハイモの方はと言うとなんと剣を腰に差し無手の構えだ。表情に諦めはない。むしろ戦いを楽しんでいるような威圧的な笑みである。ハリーは不審に思うもそこは武人だ。手を緩めることなくハイモを追いつめていく。と、次の瞬間。


 「とったぁ!!」


 ハイモの声が響く。槍の穂先を躱し、柄を掴んだのだ。ハリーは驚きの表情である。観客も又驚いていた。体格において大きく差があるハイモがまさか力比べに持ち込むとはだれも予想していなかっただろう。


 驚いたハリーだったがすぐに状況に対応した。そのまま槍を引き込めば穂先が手を滑り切り裂くはずだ。木槍であるためそうはならないが“勝負あり”の判定は堅い。手を切られた者が戦闘を継続できるはずがないからだ。そう思い、思い切り槍を引くがびくともしない。


 「んぉおおおおお!!!」


 ハリーが雄叫びを上げ力を込めるが一向に動かない槍。ハイモは涼しい顔をしている。ヴィートが不思議に思いローランドへ問いかける。


 『あれってどうなってんの?』


 『若いのに大したものだな。アレは気を操作しているのだ。生命エネルギーを体にまとわせて大幅に身体能力を増加させている。お前がやる身体強化魔法の生命エネルギー版だ。』


 『ほぇー……どっちが勝つと思う?』


 とヴィートがローランドに問うたあたりで状況が動いた。ハイモが握っていた槍をへし折ったのだ。練習用の木槍は堅く丈夫な木材でつくられるためそう簡単に折れるようなものでは無い。


 ハイモはへし折った槍の穂先を剣の様に構えハリーに急接近。ハリーはというと槍を動かそうと全力を込めていたため急に支えが無くなり体勢を崩している。そのまま首元に穂先をあて、“勝負あり”となった。


 「そこまで!勝者ハイモ!」


 新たな強敵の出現に心躍るヴィート。次の試合を勝ちあがればハイモと戦えるのだ。大会に出てよかったと心底思うのだった。


 「第4試合を始める!騎士剣道場ウード対戦闘剣道場ヴィート!位置について。」


 名前を呼ばれ武舞台へ上がるヴィート。対戦相手のウードを見ると……なんと控室に居た完全武装の鎧男だった。フルプレートアーマーを着こむだけでも相当の体力を使うだろうにウードが使う武器は人の背丈ほどの大きさがある大剣である。人並み外れた力と体力が無ければできない荒業だ。その常識外の体力を思うといやおうなしにヴィートの期待が高まった。


 先の第3試合を見て、見た目でわからない強さを持った者がいると学んだヴィートは非常に昂っていた。残念な事に自身がそうであるという自覚は無かった。


 「始め!」


 開始の合図がなされ、刃先が触れるか触れないかの位置で互いに牽制する。訪れた静の時間。緊張感が高まり、息がつまる。とその瞬間、高まっていた緊張感が爆発し動の時間が訪れた。


 「いああああああ!!!」


 先に動いたのはヴィート。大剣、さらに全身鎧では素早い動きに対応できないとの考えからだ。獣のような低い姿勢で地面を滑るように移動。あっという間に後ろを取った。


 すぐさま反転しようと横なぎするウードの膝を蹴り、膝をつかせる。踏ん張りが利かなくなり大剣を支えきれず取り落すウード。


 そのまま流れるように腰から木短剣を取り出し顔にあてた。弱点となる顔はしっかりと兜でガードされているが、もう片方の腕で開閉部をめくりあげている。


 「そこまで!勝者ヴィート!」


 終わってみると圧勝であった。第1試合を彷彿とさせる一瞬での決着に観客もヴィートも少しの物足りなさを感じる。確かに全身鎧と大剣を扱う体力は大したものだが技量が足りていない。それだけの力があるならば剣にこだわらず、全身鎧を脱ぎ、棍棒や槌をすさまじい速さで振り回した方が強い、そうヴィートは評価している。無論口に出すことはないが。


 ウードの素顔を試合後初めて見るが、なかなか純朴そうな青年だった。互いに握手を交わし控室へと戻る。トーナメント第1戦が終わり一度休憩を挟むようだ。

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