第9話
「無事勝ち残ってくれて嬉しいよヴィート。」
「オーレリア。いいのか?ウードは同門なんじゃ?」
「ふふふ。ウードには悪いが他流派と試合が出来る機会はなかなかないから。」
「そうか?俺はいつでも挑戦をうけるぞ。なんなら騎士剣道場まで出向いてもいい。」
「やめてくれ。道場破りと間違われるぞ。」
「冗談だって。それにしても試合で見せたバッシュは凄かったな!」
「騎士剣道場では主君を守る事を第一に考えるからな。小楯や大楯なんかを使う道場生も多いんだ。しかしヴィート、君も大概だぞ。相手に吠え立て目にもとまらぬ速さで後ろに回ったあの動き。まるで獣の様だった。」
「まぁね。戦闘剣道場の狂犬と呼ばれてたからな。」
「狂剣とはとてつもない二つ名だ……。」
「ま、良い意味じゃないわな。」
戦闘剣道場では試合を重要視しており、互いに近い実力の相手と試合をする事が多い。にもかかわらずヴィートは自分よりも数段強い相手を試合の相手に誘いボコボコにされる。常人の数倍ある体力がなせる業だった。これがヴィートが狂犬と呼ばれる由来である。そのうち実力がついてきて相手になるのがマシアスか師範のみとなると呼ばれることも少なくなってきているのだが。
オーレリアは完全に勘違いをしていた。
「噂に聞いたが冒険者ギルドの新進気鋭、銅ランクの怪力ヴィートとも呼ばれているそうじゃないか。大剣でも軽々振るえるんじゃないか?」
「冒険者は機動力命だからな。いくら力が強くても魔物にはかなわないよ。」
「なるほど。合点がいった。早く君と剣を合わせたいものだ。」
「もしオーレリアが負けても後日相手したげるよ。安心して。」
「なかなか言う。私が勝ち上がるのを見ているがいい。今日の私は誰にも負ける気がしないんだ。」
「ようヴィート!そこの美人さんはオーレリアだな?」
次の試合でオーレリアとあたるアルバンが話しかけてくる。
「ああ。騎士剣道場のオーレリアだ。あなたは戦闘剣道場のアルバン殿だな。」
「よしてくれよ殿だなんて。アルバンでいい。」
「なんで俺は呼び捨てなのにアルバンは殿なの?」
「あ、いや、深い意味は無いんだ。すまない。どう見ても年下だったからつい、な。」
「まあいいけど。ヴィート殿って言われるのもなんかしっくりこないし。」
「ヴィートはオーレリアと知り合いなのか?」
「いや?朝知り合ったばっかり。」
「ああ。何かと話しやすくてな。」
「ふーん……(コイツこれで結構モテるんだもんなぁ。食堂のマリちゃんもヴィートに気があるっぽいし。自然なのがいいのか?)……ま、ともかく次の試合ではよろしくな。」
「ああ。正々堂々いい試合にしよう。」
「俺は戦闘剣道場だから正々堂々とは言えないが、全力を尽くさせてもらう。」
「アルバンも大変だなー。もしオーレリアを倒してもその次に待ってるのは俺だからなー。」
「ぬかせ。せっかく大会に出るのにお前の対策をしない訳ないだろ?」
「ほほう?どんな対策を?」
「言う訳ないだろ。試合でのお楽しみって奴だ。」
「大変お待たせしました!第2回戦をはじめます!選手の皆さんは入場して下さい!」
係員が選手を誘導し第2回戦が始まる。
「第五試合、戦闘剣道場アルバン対騎士剣道場オーレリア!位置について。」
両者が位置につくと、剣を構える。第1試合に引き続きアルバンは静かに精神を集中させている。先ほどの軽い空気をまとった男と同一人物とはとても思えない。オーレリアもまた泰然と構えている。アルバンの実力についてはある程度あたりをつけているものの、第1試合ではその腕前を見ることが出来なかったため、どう行動されても対応できるよう心を落ち着けていた。
「始め!」
両者動かない。アルバンは第1試合とは一転して待ちの構えだ。オーレリアの戦闘スタイルをよく研究している。どちらかというとカウンター寄りのスタイルであるオーレリアは攻めになると今一つ勢いに欠けるところがある。
試合開始から8分近くがにらみ合ったまま過ぎた。
このままではらちがあかないと見たのか勝負をかけたのはアルバンの方だ。オーレリアが絶対に攻めてこない事が分かったからだ。アルバンは第1試合でほとんど剣を見せていない。そのためオーレリアが慎重になっているのだ。攻め手に欠くのはオーレリア自身承知している。そこで無理をして攻めるのは危険だと判断していた。
そう、オーレリアはもちろん勝ちたかったが騎士としての守る戦いを捨てては意味が無いのだ。この大会では権力者へのアピールも兼ねているのだから。
アルバンはシールドバッシュを警戒し、片手剣を狙う。両手持ちの長剣を片手剣で防げる道理はないのだ。無理な体勢で長剣を躱すオーレリア。距離が開き長剣の間合いになる。
アルバンがここが攻め時とラッシュをかけた。腰にさしていた二本目の木剣を抜いたのだ。二刀流である。
この世界では二刀流はほとんど知られていない。1本でも扱うのにかなりの修練を要する剣を2本持つのだ。そこにかかる修練は並大抵のものではない。そのため短剣を2本持つ軽戦士に多少知られている程度で、二刀流を扱う者はそうはいない。
二刀流で攻め手は2倍、と単純にはいかないがそれでも攻撃頻度が高まったのは間違いない。元々鋭いアルバンの剣筋が冴える。このタイミングでの二刀流のお披露目。流れがアルバンの味方をしている。
オーレリアは完全に試合のペースを握られてしまった。反撃しようにも長剣の間合いであり片手剣では反撃に出られない。シールドバッシュをしようにも警戒されているため定期的に牽制を受けている。切れる手札はもうない。しかしそれで押し込まれたまま終わるのは許せなかった。
(一か八か、この一瞬に賭ける。第2試合の様に甘い一撃は無い。だがバッシュを通す。ただ前に、ただ前に!)
オーレリアが覚悟を決め、前に出る。アルバンももちろんオーレリアの反撃を考慮に入れていたが。ここまで突っ込んでくるのは予想外だった。手元が狂い予想外の部分を打ち据えた。オーレリアの顔だ。
(まずい!)
アルバンが焦る。いくら試合中とはいえ力をこめて女性の顔を打ち据えたのだ。目や鼻にあたろうものなら事だ。……幸いあたったのは頬であり大事には至らなかった。
「おおおおおお!!!!!!」
負けたくない。その一点で発揮された爆発力は流れをオーレリアに引き戻した。一瞬ひるんでしまったアルバンはそのままバックラーを腹に打ち込まれる。使い慣れた長剣は辛うじてつかんでいたものの、もう片方の剣は取り落してしまった。あえなくとどめを刺される。
「そこまで!勝者オーレリア!」
「すまない。顔は大丈夫か?」
「ああ、この程度はかすり傷だ。」
そうは言うがしたたかに打たれた頬は腫れている。
「それに、審判によってはこの頬で“勝負あり”と判定しただろう。私の方こそ申し訳ない……。」
「そう、しょげなさんな。あんたの気迫が、頬を切られた程度じゃ止まらんと判断されたのさ。俺の負けだ。」
武舞台を降りてくる2人。
「ようヴィート。負けちまったよ。虎の子の二刀流まで使ったってのに。」
「アルバン。俺対策って二刀流かい?」
「ああ。お前の強みは速さだからな。手数を増やして速さに対応する予定だった。今日の対戦で問題点も見えてきたから、また練習の日々だな。」
「ふーん。」
「のんきだな……まったく多少は慰めたりできんのか?」
「そんなタマかよ。」
「まあな。お前は頑張れよ。嬢ちゃんに目にモノみせてやれ。」
こぶしを打ち合わせるヴィートとアルバン。
「続いて第6試合、王国兵士ハイモ対戦闘剣道場ヴィート!位置について。」
ウキウキで武舞台に上がるヴィート。ハイモも第4試合を見てヴィートを敵に足ると判断している。
獣のような笑みを浮かべた両者が相対する。
「始め!」
合図がなされた瞬間2人とも動き出す。弾かれたように駈け出す2人。互いに片手剣、互いに超高速。しかし残り時間が圧倒的に違う。
ローランドが言うには素のステータスで常人を上回るヴィートと違い、気での身体強化はエネルギーを無駄に食うため、戦闘継続時間はかなり短い。それを待てばヴィートは労なく勝てる。
(でもそれで勝ったとしてなんだって言うんだ?疲れてへとへとになったところをボコボコにしましたって?……全力の相手に勝つ!それでこそ価値がある!)
超高速で切り結ぶ2人。ハイモは直線的に鋭く切り込み、そのトップスピードはヴィートを上回っている。対してヴィートは曲線的にハイモの剣をいなしている。兵士は基本的に対人戦闘を主軸に置いていない。この世界で兵士は魔物と戦う事に汲々としており人族間での戦いはほぼない。それがハイモの剣に現れている。
徐々に流れをつかむヴィート。この3か月道場でみっちり対人戦を磨いた成果が出ていた。と、その瞬間剣を取り落すハイモ。いや取り落したのではない。剣を捨てたのだ!
「お前……本来は拳闘士か!」
「ふふふ。驚いたかい?そのための鉄甲さ。」
そう言って手甲を見せるハイモ。その笑みが深まる。
「ここからが本番だ。用意はいいかい?」
「上等!」
戦いに戻る両者。だがハイモは自身の身体をそのまま使っているため今までの様な直接的な機動ではなく、柔軟で曲線的な機動をしている。体全体を使って木剣を躱し、手甲を使うハイモはまさに獣の様だ。
戦況は拮抗……いや、ハイモが素手で戦いだしてからヴィートが少し劣勢に陥っている。
(マズイ……!このままだと時間が……!)
試合が始まってから約7分半。このままではハイモ優勢で試合が終わり審判の判定にもつれ込む。それではおそらくヴィートの判定負けである。
「らぁああ!!」
ステータスに任せて体当たりを仕掛ける。幸い相手は無手。多少の被弾では判定がとられない。ハイモはまともに体当たりをくらうも持ち前のバランス感覚で着地した。
一度距離を放したヴィートは構えを変え、片手で剣を握る。逆手に持ち暗殺者の様な構えだ。もう片方の手を空にしている。
いままで流れを掌握していたハイモの手から優位性が零れ落ちる。熱く燃えていた空気が急激に冷え切り、緊迫感が舞台を支配していた。
「その構えは?」
「お上品な剣だけじゃなく、戦闘剣道場生だってとこ見せとかないとな。」
「ふふふ面白いね。」
残り時間から考えても次の衝突が最後だと両者とも悟っている。先に動いたのはハイモ。自身の速さを信じているハイモが最後まで得意な攻撃を押したのだ。
互いの間合いが触れる。ハイモのこぶしを剣で弾く。もう片方のこぶしをすり抜けハイモの肩口を掴み、体を密着させ思い切り肩越しに担ぐ。
“背負い投げ”だ!
拳闘のために重心が前に傾いていたハイモはたやすく担がれ地面に叩き付けられる。剣を持ちながら背負い投げを放ったヴィートはそのまま首元に剣を突きつける。
「そこまで!勝者ヴィート!」
倒れたハイモに手を貸すヴィート。
「ありがとう。」
「ハイモはどこで拳闘を?」
「出身は他国、ネアトリーデ魔国だからね。拳闘が盛んなのさ。あそこは寒いから。暮らしやすいルート王国に移ってきたんだ。」
「へぇ。」
「また、試合したいね。兵士はなかなか自由に出来る時間が無いけど。」
「冒険者になったらどうだ?充分通用するぞ。」
「それは……魅力的かな?ま、ゆっくり考えるよ。」
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