第7話

 王都到着から3ヶ月。ヴィートはというと……完全に道場にはまっていた。この世界では15で成人とは言え、まだまだ多感な時期だ。爽やかに剣術に打ち込む若者に囲まれて、感化されてしまったのだ。


 午前中はギルドに顔を出し、割のいい依頼が無ければ魔牛の楽園へ向かいマッドバッファローを狩る。そのままギルドで買い取ってもらい昼食。午後は道場で汗を流す。実に健康的な毎日を過ごしていた。


 朝早くにギルドへ向かう。いつものように依頼掲示板を見ているとスキンヘッドの男に絡まれた。どうやら地方都市からやってきた冒険者らしくヴィートはその男を見たことが無かった。山賊の様ないでたちで毛皮をまとっており、首から太い鎖で銅ランク証を下げている。武器は大剣だ。


 「おい小僧、俺の前に立つんじゃねぇ!邪魔だ!」


 王都の冒険者ギルドではよく見る光景である。腕1本で食べていく冒険者が舐められてはいけないと感じ、王都に来るとすぐに力を見せつけようとするのだ。ヴィートもこの3か月に絡まれたことは1度や2度ではない。異変を感じ取った周囲がざわつく。


 「おいアイツ怪力に喧嘩売ったぜ……。」


 「どっちに賭けるよ。俺はヴィートに銀貨5枚。」


 「はっはっは!それじゃ賭けにならねぇ!」


 ヴィートの胸についているのは銅のギルド証。そう、この3か月の間に鉄ランクから銅ランクへと昇格している。一般的にはマッドバッファローを狩ってもその重さ故、数人パーティで挑み、皆で担いでいくのが普通だ。しかしヴィートは異次元収納があるため、かなりの数を狩り、王都前で隠れて取り出して、そのパワフルなステータス任せに担いで行くのだ。ついたあだ名は怪力のヴィート。銅ランクにして二つ名がつくのは王都でも珍しい事だという。


 「おっさん。王都は初めてかい?そういきり立つなって。だれもおっさんを取って食いやしねぇよ。」


 「なんだと!表に出やがれ!俺をコケにして生きてたやつはいねぇんだ!」


 怒ってるふりをした大男は内心ドヤ顔で計算していた。


 (これで俺の力を見せつければ仕事がやりやすくなる。小僧には悪ぃが必要な犠牲、って奴だ。)


 男は自分のことを頭脳派だと思っている。本当に頭が良いのであれば周囲の奇妙な雰囲気に気付くはずなのだが。


 「しょうがねぇなぁ……銅貨1枚にもなりゃしないってのに。」


 二人はギルドの外へ出る。


 「お前みたいな小僧が銅ランクなんぞ、王都じゃ冒険者の質が悪いんじゃねぇか?俺の故郷じゃ鉄ランクにもなれねぇぜ!」


 安い挑発を重ねる大男。観客へのパフォーマンスらしい。


 「剣を抜かなくていいのかい?」


 「どうやら死にてぇようだな!安心しな!半殺しで勘弁してやる!」


 大男が剣を構える。対してヴィートは完全に無手である。剣が構えられたのを皮切りに戦いが始まった。


 流石に、因縁をつけられるのも数度目ともなると慣れたものだ。大ぶりな大剣を潜り抜け、こぶしを顔面で寸止めする。


 「1回目。」


 「やぁあろう!」


 激昂した大男の振りがさらに荒くなる。一度距離を取ったヴィートは大剣の腹を殴り軌道を変えた。そして再接近。


 「2回目。」


 再び目の前に現れたこぶしに男の戦意は萎えかけていた。もしかしたら相手はとてつもない格上なのでは?という疑念が生まれ始めている。


 「畜生!」


 大剣を振り回すが覇気が漲っていない。止め時を失った惰性で戦い続けている。


 「3回目。おっさんもよくやるよな。」


 「4回目。」


 「5回目。まだやるかい?」


 へとへとになり倒れ込む大男。大剣を振り回すのは当然体力がいる。


 「もうやめてやれよ。あんまりだぜ。」


 年長の冒険者から助け舟が入る。大男があんまりにかわいそうになってきたのだ。


 「でも、けじめってやつがさぁ。」


 「言われてるぞ。もうお前も馬鹿な事はやめて真面目に仕事しな。」


 「……あぁ、もうむやみやたらに喧嘩はしねぇ。誓う。」


 「だそうだ。これでいいな?ヴィート。」


 「はいはい。わかりましたよ。じゃ、俺狩場に行くから。あとはおっさんまかせた。」


 ヴィートがそう言って立ち去った後、ギルド前は何とも言えない空気に包まれた。


 「何だったんだアイツ……。」


 「お前は王都に来たばかりで知らないだろうが“怪力のヴィート”っつってな。今まで売られた喧嘩では無敗。1t以上あるマッドバッファローを1人で2頭担げる化け物だぞ。はっきり言って運が悪かったな。」


 それを聞いてがっくりとうなだれる大男。


 「まぁなんだ、元気出せよ。よかったらうちのチームに入るか?力自慢なんだろ?」


 「いいのか!?」


 「知ってるか?王都じゃ力自慢は職に困らないんだぜ?」


 無事に大男は年長の冒険者に引き取られたのだった。


 所変わって狩場、“魔牛の楽園”にむかったヴィート。狙いはワイルドバッファローだ。目標である金貨55枚にはまだ到達してない。今の手持ちは金貨が24枚に銀貨が20枚、あとは小銭が少しだ。若手の3か月の稼ぎとしては異例なのだが、目標はいまだ遠い。そろそろ1発大きな稼ぎが欲しい所。 そこで群れのボスであるワイルドバッファローに目を付けたのだ。


 ワイルドバッファローは銀ランクなら4人パーティ、金ランクなら2人パーティで挑むのが適正とされる上位の魔物だ。マッドバッファローに比べて1回り体が大きいが、角はマッドバッファローの3倍にもなり魔力の影響か金色に輝いている。ワイルドバッファローの金角きんかくは縁起物として人気があり、有力商家や貴族がこぞって欲しがる逸品だ。


 銅ランクが1人で狙うのは完全に無謀なのだが、ヴィートには勝算がある。素手でも放てる必殺技を開発したのだ。それを頼りに今日もバッファローを狩る。


 ワイルドバッファローに狙いを変えてから1週間ほどたっているが、まだお目にかかっていない。出会うのはグレイウルフかマッドバッファローばかりだ。ちなみにグレイウルフの上位種、ブラックウルフは毛皮が売れるが、黒という色が悪いのかあまり高値でない。戦闘力と価値が完全に見合っていない。不毛なのだった。


 「はぁ、ここいらで1度遠征するべきかなぁ……。」


 ため息を吐いてぼやく。草原を見渡してもいるのは牛、牛、狼、牛……。流石に1週間ともなると飽きが来ている。


 『なぁヴィート……ずっと言おうか言うまいか悩んでたのだが……魔法は使わんのか?』


 『魔法?なんで?』


 『魔法を使えばおそらくどこにいるかわかるぞ。』


 ヴィートの脳内に衝撃が走る。近くにベッドがあれば倒れ込んでいただろう。ぎりぎりで正気を取り戻したヴィートはローランドに食ってかかる。


 『お前ふざけんなよ!最初っから言えよ!返せ、俺の1週間返せ!』


 『何でもかんでも教えてやるのはおかしかろう。魔法に関しては免許皆伝したのだから、今度は自身で創意工夫するべきだ。』


 『それじゃ、1週間俺ががんばって探してたのを黙って見てたわけ?ヒントくらい出せよな。せめて!』


 『いや、そうだな……悪かった。』


 『いや、そんな急に謝られるとこっちも……なんかゴメンな。』


 なんだかんだ言って2人とも素直なのだった。


 『それで、どんな魔法なんだ?』


 『いや、そう難しい事じゃない。思った通りにやってみろ。前世の記憶を頼りにしてもいい。』


 『うーん。定番はレーダーか?ソナーもあるけど。ソナーとレーダーってどう違うんだ?まぁいいや。やってみる。』


 イメージに従って極微細な魔力を円形に放出する。自身の魔力も自身の一部として認識されているのだろう。宿命通の効果により、発した魔力内での事がある程度わかる。この魔法は〈自領域拡張〉と名付けられた。10㎞、20㎞、30㎞と領域を拡張していくうちに一際大きな魔力を持った巨体が見つかる。


 「見つけた!」


 すぐさま身体強化で駈け出すヴィート。十数分のうちに反応のあった場所へと到着する。そこにいたのはワイルドバッファロー……ではなく数匹のグレイウルフを従えたブラックウルフだった。


 「ハズレかよ!」


 あっという間にグレイウルフを蹴散らすヴィート。素手で頭を吹き飛ばしている。身体強化をかけっぱなしで戦うのは効率が悪いと気が付いたヴィートが使いだしたのが腕にだけ強化をかけ、殴る瞬間に魔力を肘から噴射する攻撃。名付けて〈フラッシュブースト〉である。これにより2時間程度しか持たなかった身体強化が倍の4時間に伸びた。


 あっという間にグレイウルフを片付けた。最後のグレイウルフを倒した瞬間、ブラックウルフに襲い掛かられる。ブラックウルフは唐突に始まった戦闘にも動揺せず隙を窺っていたのだ。しかしヴィートも同じくブラックウルフの隙を窺っていた。


 半身をひねりブラックウルフの牙を躱す。そのまま背中をとったヴィートはバックドロップをきめる。


 ごきり、という音が周囲に響く。いくら魔物の生命力が高いとはいえ首をへし折られたら即死だった。


 道場では剣ばかり振っているのに、狩りでの戦闘スタイルは完全に拳闘士のそれである。


 新魔法に手ごたえを感じたヴィートはそのまま数匹の魔物を狩ったが、ひとまず昼からに備えて王都へ戻る事にした。


 ギルドで手早く買い取りを済ませ、昼食を取りに行く。今日の稼ぎはブラックウルフの毛皮が金貨4枚とグレイウルフ7匹で金貨2枚と銀貨1枚、マッドバッファローが2頭で金貨1枚。合計金貨7枚と銀貨1枚になった。いくらたいして売れないとはいえ流石に上位種、良い値段がついた。ワイルドバッファローならその8倍はするのだが。


 昼食はいつもの煮込みの店。なんだかほっとする味で通い詰めているのだ。他の店を探す余裕が無いのもある。いつもの席に着くといつもの店員が話しかけてくる。


 「聞いたわよヴィート。また喧嘩売られたんだって?」


 「まあね。大したことじゃないよ。いつものを。」


 「はいよ。もっとちゃんとした装備を買えば喧嘩も売られないだろうに。」


 「今欲しい剣があってね。防具は後回しさ。」


 「それは知ってるけど。ねぇヴィート。剣を買えたらどうするの?」


 「剣を手に入れたら西の領都で防具かな。その後はわかんないや。」


 「王都に残りなよ。みんな気に入ってるよヴィートの事。」


 「そりゃ今朝の喧嘩みたいな厄介事は全部俺に来てるからな。」


 「それもあるかもしれないけど……真面目だし、素直だし、喧嘩吹っかけられても殺さないし。」


 「よしてくれよ急に。そんなこと言っても何も出ないぞ。」


 「はぁ……まぁいいけどね。」


 そんな話をしつつ昼食をとった。そのまま道場へと足を向ける。


 「マシアスーいるかー。」


 「やあヴィート。いつもながら熱心だね。今日も仕事を終えてきたのかい?」


 「ああ。急いで済ませてきた。そろそろ取り置いてもらってる剣を引き取りたいけど、まだ手が届かねぇんだ。」


 「ふふ。そんなヴィートに朗報だよ。今度王都の道場間対抗で大会があるんだ。優勝者には金貨30枚!もちろん参加するよね?」


 「まじか!30枚あったらもう買えるじゃん!やるやる!」


 「よし。それじゃ手続きしておくよ。」


 「どこの道場が参加するんだ?」


 「ウチとアロイ騎士剣道場、アキム槍道場、それから王都兵士と騎士団から数人選抜だって。」


 「……全力で木剣振ると壊れちゃうんだけど大丈夫かな?」


 「……手加減するしか、ないだろうね……。」


 金の為に手加減をしてまで試合に臨む……虚無であった。虚しさがヴィートの心を満たした。


 「それはそれとして、今日も試合するか。」


 素のステータスが常人より遥かに高いヴィートは、今では道場で3番目の使い手となっていた。ヴィートより強いのはマシアスとアンドレ師範だけだ。


 2年の間、獣を狩り続け、金を稼いできたヴィートだったが、対人戦での駆け引きにすっかりはまってしまっている。道場の門下生が気持ちのよい性格をしているのも居心地が良かった。


 「ヴィートもそろそろ皆伝かもね。もう僕と師範しかヴィートに勝てないから。」


 「師範はともかくお前には勝ちたいけどな。」


 「そういう貪欲な所が師範に気に入られているんだろうねぇ。じゃあ、やろうか。」


 木剣を構える二人。ヴィートは王都に来たばかりの頃とは違って隙がない。木剣を上段に構え、いつでも振り下ろせる。ヴィートが得意にしている構えだ。ステータスの暴力も相まって振り下ろしはかなりの速さで、剣に熟達した者でなければ躱すことも防ぐこともできない。


 肉体を完全に把握し、思う通り動かすことが出来る。宿命通の効果だ。ヴィートはめきめきと上達し、自身の膨大なステータスを最大限に生かした100%の動きが出来る。弱点としては経験が少ない事だ。しかし、それも日々の鍛練で埋められつつある。


 一方のマシアスはいつも通り正眼の構えでヴィートの喉元を狙っている。相手が動いたのを見てからカウンターをかける、いわゆる後の先をとるタイプだ。四六時中道場で剣を見てきた膨大な経験がそれを可能にする。


 そんな経験があっても、かなりの速さで迫るヴィートの剣をいなすのは、繊細で、針の穴に糸を通すような行為だ。しかし、マシアスの方が勝ち越している事を考えると、それを涼しい顔でこなしているのだ。マシアスもまた、規格外の天才だった。


 「ああああ!!!!」


 先に動いたのはいつものようにヴィートだった。裂帛の気合と共に振り下ろされた木剣は見事の一言。これで持っているのが鉄剣だったらば岩でも切れたことだろう。


 マシアスは軽く半身をずらし、躱す。慣れたことだ。ヴィートは少し素直すぎるきらいがあり、初手を振り下ろす傾向にある。いつもの展開ならヴィートはこの後、牽制に蹴りを放ち距離を取るのだ。


 マシアスの予想通りヴィートが蹴りを放つ。いつもならマシアスは蹴りを躱しその隙を突くのだが、今回に限り嫌な予感がしたため素直に距離を取る事にした。


 「やっぱ鋭いな。一筋縄じゃいかねえ。」


 「何を用意してたんだい?」


 「それはこの後のお楽しみさ。」


 ヴィートが剣の切っ先を垂らし、構えを下段へと変える。今までのヴィートはほとんど使わなかった構えにマシアスは警戒する。


 空気が引き締まり、互いの闘気がちりちりと擦れ合う感覚。弾かれたようにヴィートは一歩を踏み出した。斬り上げである。マシアスは躱しながら思う。


 (なるほど、斬り上げてから振り下ろしまでを一度の動作で行える。ただ、それだけじゃあ、あの態度には。まだ何かあるはずだ。)


 マシアスの予想通り斬り上げの後は振り下ろし。だがそこからは想像していなかった展開になった。なめらかに、滑るように振り下ろし、また斬り上げる。袈裟がけ、袈裟がけ、横なぎ、蹴り、斬り上げ、振り下ろし……。怒涛の連撃である。


 今までのヴィートは一撃に賭けるタイプで、どうしても一撃を放った後は隙が出来ていた。マシアスとは完全に相性が悪い。そこでヴィートは考えたのだ。どう放っても対応されるのだったら、相手がミスするまで何十回でも切れば良い、と。


 後の先をとるマシアスは相手の攻撃を受け止めるよりも躱すことの方が多い。躱した後の攻撃がしやすくなるからだ。しかし今マシアスはヴィートの剣を受け止めるほかない状況に追い込まれていた。


 (これは……マズイ。)


 内心焦るマシアス。ただ暴れるように振り回すだけならマシアスも充分対処ができるが、今のヴィートの剣の腕はかなりのものだ。斬撃の1つ1つが洗練されている。このままでは暴流に流されると感じたマシアスはで攻撃に転じることにした。普段の冷静なマシアスならば一か八かなどと不確実な行動はとらないが、ヴィートの連撃に動揺していたマシアスは、それをやってしまう。


 劣勢からの苦し紛れの反撃。あまい斬り上げだった。そこをヴィートにとらえられ、跳ね上げられた木剣が宙に舞う。息を荒くしたヴィートが木剣をマシアスの首に当てる。


 「俺の勝ちだな?」


 「……そのようだね。」


 悔しいのか、負けた後もしばらく闘気をほとばしらせるマシアス。しばらくすると諦めるように闘気を霧散させた。


 「俺の事勝ちに貪欲って言ってたけどお前も大概だな……。」


 「そうかな?」


 「そうだよ。」


 疲れたのか身体を投げ出すヴィート。マシアスもヴィートに習って体を床につける。床がひんやりしており気持ちがいい。


 「はぁー……にしてもあんな連撃、いつ覚えたんだい?」


 「うん?アンドレ師範が多対一だと1発にそんなに力を入れてたら死ぬぞって。だからこっそり練習してたのさ。」


 「なるほどね。じゃあ今日はその必殺技にまんまとやられたわけだ。」


 「ああ。最近は動きを読まれちまって全然勝ててなかったからな。」


 「そうだね。僕の方がまだ勝ち越してる。」


 「む。ここから俺の全戦全勝で巻き返すからな。見てろよ。」


 「それまでには僕は連撃をいなせるようになってるさ。戦績は大して変わらないと見たね。」


 「なんだと!」


 「やるかい?」


 「……やめとこう。今日は疲れた。自主練してから帰るわ。」


 「例の大会は15日後だよ。忘れないようにね。」

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