第2話 幽霊は突然叫び出す
太一は突然現れた見たことのない少年を、ポカンとした顔で見つめた。
急に本が光り、その後突然男が現れたことに関しては全く意味が分からないが、とりあえず現れたその少年の姿を見てみる。
少年は太一と同じ高校の制服を着ていて、身長は太一よりも少し小さい。少し目つきの悪く、しかし幼さの残る顔立ちをしている。何となく自分より年上ではない気がして、その顔は全く見たことがないし一年生だろうと太一は思った。
そしてなぜか、突然現れた側のその少年も太一のことをポカンとした顔で見ていた。
二人の間に奇妙な空白の時間が流れる。
少年は太一から視線を逸らして自分の体を見回してから、太一に向かってこう言った。
「お前、もしかして少女の初恋っていう本、開いた?」
「え、ああ、うん。正確には開けなかったけど」
「なあんで(⤵)男なんだよおお!?」
突然、少年が頭を抱えながら叫ぶ。
すごく残念がっているので、太一は咄嗟に謝ってしまった。
「え、なに、なんかごめん。というか、図書室の中だからあんまり大きい声は出さない方が……」
少年が太一をじとっとした目で見る。
「いいんだよ。俺の声、お前にしか聞こえてないから」
「え、どういうこと?」
太一は全く意味が分からず、少年に尋ねる。
しかし少年はショックが大きすぎて、太一の質問に答える余裕はないらしい。
「声というか、この姿もお前にしか見えないんだけどな。というか、男のくせに少女の初恋なんていうラブリーな本読もうとしてんなよお」
少年はなんだかもう泣きそうになっている。
なにがそんなに悲しいのか太一には分からなかったが、初めて会った知らない人に男のくせになんて非難されてむっとする。
「別に人が何読もうと勝手だろ。というか君、たぶん一年生だろ? 俺二年生なんだけど」
少年はまたもや太一を無視して、全く関係のない返答をする。
「今って西暦何年?」
「二〇一八年だよ。そんなことも覚えてないのかよ」
正直なところ、自分も今年が西暦何年なのか絶対に忘れることはないと言い切る自信はなかったが、太一は自分のことは棚に上げてその少年になんとか言い返そうとする。
しかしそれを聞いた少年は、いよいよ太一の理解が全く追いつかないことを口にし始めた。
「げ、三年もたったのか……。てことは俺は本当は大学一年生で、それでお前が今二年生ってことは……、俺はお前より二つ年上だな」
「えっと、本当に何言ってるか分からないんだけど」
少年が改めて太一の顔を見る。
「まあお前からすりゃそりゃそうだよな。仕方ない、諦めてお前に全部話すしかない――か。今から話すことはすぐには信じられないかもしれないが、俺は決して嘘はつかないからな」
少年が真面目な雰囲気になるので、太一も真面目に聞く体勢に入る。
「分かった」
太一は少年をまっすぐと見つめた。
少年が口を開く。
「まず、俺は幽霊だ」
「は?」
予想を大きく裏切られて、太一は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。その反応を楽しむように、少年は少し笑いながら話す。
「いや、とりあえず名前から紹介するか。俺の名前は
「坂上太一。いや待て待て。そんなことより、幽霊っていうのは? 冗談だろ?」
「嘘はつかない、って言っただろ? 本当だよ。俺は二〇一五年、三年前に死んだんだ」
「まさか」
太一は玲二へと恐る恐る手を伸ばす。
太一の手がゆっくりと玲二の体へと近づき、そして、そのまますり抜ける――なんてことはなく、ちゃんと体にぶつかった。
「なんだ、ちゃんと実体があるじゃないか」
すると、今度は玲二が驚いた顔をする。
「そうか、お前は触ることもできるのか」
そう言うと、玲二は自分の手を近くの本棚へと伸ばした。その手は本棚の中へと吸い込まれていき、ついには玲二の体まで本棚をすり抜けた。
再び本棚の向こうからすり抜けてきた玲二が、自分の手を体に貫通させながら言う。
「な? 俺は本棚にもそこら辺の人にも、ましてや自分にすら触れることはできない。誰も俺のことを認識はできないし、もちろん触れることもできない。れっきとした幽霊なんだよ。俺に触れるのは太一、お前だけだ」
太一には、玲二の言っていることが全く信じられなかった。
なんせ太一の目に映る玲二の姿は紛れもなく普通の人間なのだ。いわゆる幽霊の特徴である死装束を着ていたり、足が無かったりするわけでもない。ただの男子高校生にしか見えない。
しかし、太一の目の前であり得ない現象が起こっているのもまた事実であり、壁をすり抜けてみせた玲二は普通の人間ではないことは間違いなさそうである。
理解が追い付かない中で、一つ疑問に思ったことを太一は投げかける。
「玲二が幽霊だとして、触れるのが俺だけってなんで俺なんだよ?」
すると玲二が噛みつくように言い返してくる。
「そうだよ、なんでお前なんだよ?! 女の子が開けてくれると思ってあの本を選んだのにさあ」
玲二は再び太一に非難の目を向けた。
「選んだってどういうことだよ? そもそも、死んでから三年間はどこにいたんだ?」
「太一、だんだん声大きくなってるぞ。ここ図書室だろ?」
玲二に指摘されて、太一は思わず口に手を押さえる。玲二の話があまりにも信じられないので、ここが図書室であることを忘れて声が次第に大きくなってしまっていた。
その時、太一の背中側から誰かが声をかける。
「坂上くん?」
太一が振り向くと、本棚の間の突き当りから眼鏡をかけた少女が太一の方を見ていた。
太一のことを坂上くんと呼んだその少女の名前は
「大きな声が聞こえたから見に来たの。誰かと話してたみたいだけど、一人?」
その言葉に、太一は改めて頭を殴られたような衝撃を覚える。
「やっぱり花房には、見えてないのか?」
「えっと、何の話?」
「……いや、なんでもない。声を出したのもちょっと本の主人公に感情移入しすぎだだけだから気にしないで」
隣で聞いていた玲二が苦笑いするほど無理のある言い訳だったが、千鶴は信じたらしい。
「そうなんだ。じゃあ私委員の仕事に戻るね」
「うん、頑張って」
千鶴が戻ったのを確認してから、玲二がニヤニヤしながら太一に話しかける。
「お前、流石にあの言い訳はひどいぞ」
「うるさい。それよりとりあえず図書室から出よう」
太一が出口に向かうと、玲二も黙ってついてくる。
図書室を出て、そのまま近くの階段から屋上へと上がった。外はからりと晴れた青空が広がっていた。
「当たり前だけどやっぱ幽霊って暑いとか寒いとか感じないんだな。なんか変な感じ。今って何月なんだ?」
玲二がグランドに向かって歩いていきながら太一に問いかける。
「六月だよ。それより、玲二のこと、花房には見えてなかった」
「だから言ったろ? 俺の存在はお前にしか感知できねえの」
玲二が太一に背を向けながら話す。
「分からない。やっぱり理解できない。話の続きを聞かせてくれよ」
太一がそう言うと、玲二がゆっくりと振り返る。
正面から向き合った時、太一の目には一瞬、玲二の姿が透けているように見えた。
慌てて瞬きをしてから目を凝らすと、気のせいだったのかその少年は今まで通り、普通の高校生にしか見えなかった。
「三年前に死んだってことは話したよな。死因は車との事故だったんだけどな、痛かったかとか全く覚えてないんだ。ただ、学校の帰り道を歩いてた時にいきなり車がすごいスピードで俺に向かって突進してきて、そこからの記憶は残ってない」
玲二が自分の死んだときのことを話し出した。
太一はまさか人が死んだときのことを死んだ本人から聞くなんて奇妙な体験をするとは思ってもみなかった。
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