第14話
馬車とホースゴートに揺られて半日が過ぎ、日が傾いた頃。一団はフォルスの街の見るからに強固な外周壁が見える位置まで来ていた。
「おーい、坊主。見えて来たぞ!!」
そういって、馬車の荷台で眠りこけていた俺をバシバシと叩き起こしたのはやはりというべきか、ヅグだった。
ヅグは片手で馬を操作しながら、御者台から荷台に身を乗り出し、俺をどつき起こした。
「いってーな!!なに……す……ぁ……」
その痛みに悶絶しながら、文句を言ってやろうと御者台の方を向いた俺の視界に夕陽に照らされた巨大な城壁が映った。遠目から見てもかなりでかい。二十から三十メートルはあるのではないだろうか?門は開け放たれて、わずかな往来が行われているのが微かにうかがえた。
丘の上から眺めるフォルスの街はただただ美しいの一言に尽きた。夕陽を反射し、鮮やかに色づいた赤レンガの城壁は凡そ圧迫感とは無縁のものだった。あのレベルのものだと城壁はどこか圧迫感のある牢獄の塀のようになりそうなものだが、目の前のそれは、どこか街を包み込むような温かみがある。
確か、この世界には魔獣がいるという話だが、危険はないのだろうか?目の前が平原だから比較的安全?それとも街のあたりは駆除し終わっている?それか、人類種を恐れて集落付近には住みつかないとか?都市の規模の問題か?そんな疑問を抱いた。
「どうだ?すげーだろ?」というヅグの声に「ああ」と生返事で返すと俺は、観察を開始した。
俺たち一団が若干丘の上にいるためか、フォルスの街、周辺の地形がしっかりと見て取れた。かなり大きな楕円形の窪地の真ん中に街があり、少なくとも三方を平原に囲まれ、農村があちらこちらに点在している。農村の防御は見た限りでは、木組みの馬防柵で、畑をかこっているだけに見える。それと武骨な建物が点在している。ある種の駐在所なのだろうか?
畑を見ていたら、何となくおおよその時期を掴むことができた。どうやら現在は麦の収穫期手前、日本で言うところの五月上旬から中旬と言ったところのようだ。麦畑だと思われる地点が黄金色の中にポツポツと青い部分が見て取れる。そして、見たところ水田のようなものは見られない。この様子では少なくともこの国では、米などは期待できそうもない。
「フォルスは周辺諸国の中でも相当に栄えた都市だ。冒険者を始めるにはちっとばかし、ハードルが高いが、森にさえ入らない限り、滅多なことがなければ死ぬ目には合わない」
「その言い方だと、ここから冒険者を始める奴は少ないのか?」
「まぁ、そうだな」
「じゃあ、普通はどこから冒険を始める人が多いんだ?」
「西に八十キロくらい言ったところにある。ヴァルキュリアって街だな……そこには宣告の鐘ってものがあってな、冒険者になった時にその鐘がなったら、いずれ戦死するって言い伝えがあってな。その鐘が鳴った冒険者の1年以内の戦死率、驚異の九割だそうだ。曰くヴァルキュリアの加護っていうバットステータスが付くらしい」
「?……ヴァルキュリア……かご?ってのはなんなんだ?」
ヴァルキュリア……どこかで聞いたことがある気がする……
「ん?加護ってのはだな、神仏から授けられる能力とか、固有スキルみたいなもんだ。生まれつき持って生まれてきた能力をタレント、生まれた後に何かのきっかけで顕現するものがセンスって分けてる」
「へー、例えば、どんなものが?」
「ん?タレントは火傷しないってものから神仏の降霊ってものまであるらしい、あとは……不死鳥の加護ってのもあるって話だが」
「っ!?」
不死鳥。それなら聞いたことがあった。伝説上の鳥で、死と共に灰になり、その灰の中から雛として蘇る鳥。不死身の象徴とされているが、むしろ黄泉返りの象徴だと認識している。だが、ここで一つの疑問が生まれる。肉体的には蘇ったが、その肉体に同じ魂が収まったのかは判断のしようがないことだ。ただ、今の状況のヒントにだけはなりそうだ。
「これは完全に伝説級種族に対する付与だって話だからほぼないな。あとは、アルシアの持ってる先見の加護や俺の持っている封魔の加護はセンスの方だ」
俺は、生返事気味に
「そ、そうか……」
とだけ返していた。
「能力検査の方法が未だ確立されてないものが多い。だから未発見の加護も相当量あるだろうな……って、おい……聞いてるか?坊主……」
そういいながら、ヅグは俺の頭に握りこぶしを落とした
「グフッ……あぁぁっぁぁぁああぁぁ……」
角ばった拳がもろに脳天に振り下ろされ、しばらくの間もだえる。
「いってーな!!何すんだよ!!頭われるかと思もったじゃねーか!!」
「せっかく、人が無知なお前のためを思って話してやってるんだから聞いとけよ!!」
俺の逆切れに対し、ヅグもキレ気味に返してきた。
「ほれ、こんなことしている間に着いちまったじゃねーか!!」
その言葉に状況を確認する。いつの間にか馬車は停車していた。視線を上げると、目の前には丘の上から見下ろした巨大な壁が聳え立っていた。表面はレンガ造りといった感じだが、日本でこんなことやったら地震とかで崩れて大変なことになりそうなものだ。隙間に魔力が流れているのか、わずかに発光している。
「近くで見ると、迫力あるな……」
「だろ?壁そのものに自動迎撃魔法が施されてるからな、魔物とかが近づくと大量のレンガが矢のごとく襲い掛かるようになってるんだ」
「魔法使ってるのに、ずいぶん脳筋な上に、自分から防御力けづっていくんだな……」
「……それは否定しないが、一定時間経つとレンガが自動生成されるらしい……」
「なんだその無限機構……」
それとおかしなことに気が付いた。遠目から見てここをもんだと思っていたが、ここには閉じるべき扉がない。ただの門。定義上は門だが、壁に空いた穴ととらえることもできてしまう。
「なぁ……この門……」
「おっと、足止めてる間に置いて行かれそうだ。今度はちゃんと話聞いてなかったら、街の中で迷子になって、捜査依頼が出されることになるかもしれないから気を付けろよー」
そういってヅグは鞭を振るい馬車を進め始めた。
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