第12話

 こんにちは、アルシアです。今私はよくわからない状況にあります。


 昨日、私は、不思議な男性。アズマ・ヨシキと出会いました。


 私たちの前に盗んだホースゴートで現れた彼は、何もすることなく、降伏してきた。顎の線の細い整った顔立ちに、ふわっとした毛並みの黒髪と血色のいい肌。どことなく優しげな雰囲気を漂わせていた。それらのバランスをことごとく破壊する何かに絶望したような、底知れない闇を抱えたようなそんな黒い瞳は、数多の死線を潜り抜けた暗殺者のようだった。


 彼がトラップ畑に現れた瞬間、その場にいた全員が最大限の警戒をあらわにしたのを覚えている。彼が降伏して来た瞬間の全員の安堵といったら。


 話をしてみたら、彼に一切敵意がないことが分かり皆、安心していた。しかし、同時に私は彼には何かがある。そんな風にも感じていた。


 冒険者をまとめるギルドマスターとして、まずは、彼の素性を聞き出すことにした。それに、気にかかることがあったから。


 彼は、記憶喪失でもないのに、この国は疎か、子供でも知っている魔術の知識すらもない。なのに妙なところで頭が回る変な人。結論はまだ、出せない。これから少しずつ探りを入れていかなくてはいけなそうだ。彼は私の監視対象。


 そして、今朝。目が覚めたら、私はそんな監視対象であるアズマ君の太ももを枕にして寝ていました。いわゆる膝枕です。それから昨日の夜の記憶が殆どありません……特に、彼に水を使っての魔法実験を見せたところ辺りからすっぽりと抜け落ちているのです。そして、朝起きたらこの状況。


 眠そうな目をした彼は、どこか遠くを見ている。私はというと、数秒程思考、行動ともに停止し、そんな彼の顔を見上げていた。自身の脈動が聞こえ我に返った私は、思わず、寝返りを打ってしまいました。そこで、私は自身の失策に気が付きました。周りの冒険者さんたちが遠巻きに私たちを見ています。そこで、さらに私の失策が続きます。私は恥ずかしさのあまり、寝たふりをしてしまった。


「まだ、夢の中にいんのかな……俺……」


 彼のぼんやりとしたつぶやきが聞こえた。直後、彼の手が私の頭に置かれた。


「______っ!?」


 思わずはね起きそうになったのを必死に我慢し、私は寝たふりを続ける。


 ざわついていた周りが、静まり返っている。皆が邪魔しないよう遠巻きにニヤニヤとしているのが、見える。必死に表情に出ないようにするものの、ほとんど意味がない。正面から見れば一目瞭然なほどに私の顔は赤くなっているでしょう。自分の顔から熱が発せられているのが自覚できるということは、そういうことなのでしょう。


 私が起きていることに気が付いていないのか、彼は私の頭をなで始めてしまった。根元から先の方へとゆっくりと繊細に撫でてくる。これはこれで、すごく心地いいのだけど、どうしても周りの目が気になる。もしかして、わざとやっているのかと疑いたくなる。でも、昨日話してみて、この人は多分、寝ぼけたまま何も考えずに、私の頭をなでているのでしょう。さっきもボーッと遠くを眺めているだけで、周りの状況なんてほとんど見ていない。この人だったら大いにあり得る。


 恥ずかしさで、心臓が早鐘を打ち、頭に血を送り続ける。茹で上がりそうな程の血流で思考までもが暴走を開始する。


 彼の指が不意に、頬に延ばされた。指が頬に触れた瞬間、皮膚にひんやりとした冷たさが伝わった。私自身の体温が上がっているのか、その指は氷のように冷たく感じた。


「ひゃうっ!?」


 その冷たさに驚いた私は思わず、短い悲鳴を上げてしまった。頭の上からは彼の「へっ???」という素っ頓狂な声が聞こえた。

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