第11話
膝の上で何かが動いたような感覚で自然と目が覚めた。いつの間にやら眠ってしまったらしい。地べたに仰向けだったためか、節々が痛い。首を巡らせる。あたりは依然、闇に包まれ、焚火の燃えカスがそよ風によって吹き込んだ空気によって小さな火種になっては消える。そのたびにまるで蛍の光のように点滅する。周りに人の気配はない。警備中のパーティー以外は自分たちのパーティーで用意したテントに入り、眠っているのだろう。皆、明日。いや、もう今日だろうか?に備えているのだろう。話によれば、なかなかに長旅になるらしい。
背後に広がるスパイアの森はこの旅路の最大の難所だそうだが、その先は、危険地帯も多くそれを避ける様に街道自体が大きく蛇行しているらしい。通らなければいけないが故の最大難所と迂回できる危険地帯。その先に目的地であるフォルスの街がある。
日の出と共に出発しても到着は夕刻になるらしいが、日の出は、戦国蜂が最も多い時間帯で危険ということもあり、日の出後2時間ほど待ってからの出発が伝えられていた。
今がなんじなのかいまいちわからない。せめて、携帯電話か何かがあれば、時間の目安にはなったのだろうが、あいにくとそんなものはない。もしも、こちらの世界に持ち込めていたとしても、数回の臨死のうちに壊れていただろう。じゃ、どちらにせよそんな仮定に意味などない。今やれることなど、寝るだけだ。そう考え、目を閉じたところで、違和感を覚えた。右の太ももに硬い何かが乗ってわずかに動いている。よく聞けば、スーッ、スーッという音が聞こえてくる。
俺はむくりと上半身だけを起こすと、目を凝らした。それと同時に、周囲が、昼間のように明るくなった。一瞬、それにびくりとし、動きを止めたが、なぜか暗視能力が備わったことを思い出すと、自らの右ひざに視線を落とした。
最初に目に飛び込んだのは、鮮やかな黄金色。
あ、なんだ……アルシアか……寝よ。こんなおいしい展開があるわけない。どうせ夢だろう。こういう夢と現実が区別付かなくなるような妄想駄々洩れの夢を見るなんて、俺も末期だな……
俺は何事もなかったかのように目を閉じ妙にリアルな温かみと重みを心地よく思いながら眠りに落ちた。
気が付くと、知らない場所に立っていた。唐突に切り替わっ場面に驚いた。
辺りを見渡すと、周囲には何もなく、全体的に白っぽい。場所というよりはただの空間。こっちは確実に夢だよな……そんなことを思っていると背後から声をかけられた。
「おい、主」
振り返ると、そこには厳めしい大男が立っていた。顔だけではない身体中に無数の刀傷が付けられた体を荒々しい動物の毛皮で隠している。あの山賊のアジトの最奥で出くわした時と同じ格好をしていた。ただ、一部違うものがある。手足に短い鎖の付いた手枷をはめている。確か、そんなものはついていなかった。
「あ?って……あんたは、ウォータス・クライド……???俺は、なんであんたの名前を知ってるんだ?」
「そりゃ、これのせいだろうな」
そう言って、俺の中でも違和感となっていた手枷を見せてきた。
「これがなんだかわかるか?」
「いや……わからない」
「これは、眷属の枷。魂を繋ぎとめ、隷属させる枷、と言ったところだ」
「なんでそんなもんが?」
「察しの悪い奴じゃな……お主の能力で眷属になっておるからだ。お主の深層心理に我が迷い込んでいることからも間違いはないだろう。だが、我はまだいい方だ。我の家族もこの何もない世界に閉じ込められて、魂が弱いために、一つの場所に繋ぎ止められている」
「すまない……俺のせいで……」
生きたい人間が生きられないで、死にたい人間によって殺される。皮肉すぎる。俺はこれからそんな業を背負うのかと思うと嫌になってくる。
「まぁ、お主が気に病むことはない。いや、あるが……そのうち気にも留めなくなるだろう。」
「どういうことだ?」
「永劫の時を生きるうちにお主の魂が荒んでいく。着実にじわりじわりと。それが、不死者(イモータル)の負う代償だからだ」
「なりたくてなったわけじゃないのにか?」
「そんなことは関係ない」
クライドははっきりと言い放った。
「不死者(イモータル)になった時点で、その末路は決まっているのだから」
「その末路ってのを聞いていいか?」
「お前に教える気はない。思い出すか、調べるかするといい。
クライドが言ったとき、空間に一気に光が差し込み始めた。
「そろそろお主が目を覚ますようだ。今宵はこれまでとしよう」
「が……一つだけ助言をしよう。精々、自分が人間であったことを忘れるな」
「どういう意味だ?」
「お主がこの空間のことを覚えて居ればその意味は分かる」
ざわざわと周りが騒がしくなり始めたころ。俺は目を覚ました。
腹筋に一瞬だけ力を入れて、上半身だけ起き上がらせる。頭に血流が行き、頭が回り始めると、昨夜何か夢を見たような……そんなあいまいな感覚に襲われた。
必死になって、その感覚を手繰り寄せていっても、何かがあった程度の認識しか生まれない。これはいったい……そんなあ事を考えていると不意に、太ももの上で、何かがもそりと動いた。視線を落とすと、朝日を受けて、反射する黄金色の髪の女性がいる。
「まだ、夢の中にいんのかな……俺……」
そんな独り言を漏らしながら、その金髪に手を伸ばし、ゆっくりと触れた。細かい毛の一本一本の感覚が手のひらを通して、伝わってきた。俗吏とする程にリアルな感触。生まれてこの方、異性の髪にまともに触れたことなどなかったが、なんで、こんなにさらさらしてるんだろうな……触り心地がすごくいい。毛並みに逆らわないように上から下へとゆっくりと優しくなでていた。 気が付くと俺はアルシアの髪を撫でていた。前の世界だったらセクハラで訴えられてそうだな……つくづく理不尽極まりない世界だった。ぼーっとしてて、一瞬目が合っただけで、キモイと言われ、廊下の角で、走って曲がってきておいて、ぶつかったら、俺が悪いことにされ、セクハラ容疑をかけられる。あまりにあんまりだろ……そんな過去のトラウマ掘り返しつつ、しばらくの間、その感触に浸っていた。
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