第10話

 あれから、焚火を囲い談笑する冒険者たちが、各々のパーティーの用意したテントに戻っていった。もうすでに寝ているころだろう。


 そんな中一部の冒険者はフル武装のまま、あたりを警戒するように徘徊している。パーティーごとの交代制で警備しているようだ。時折、親しげに話している。そんな姿を横目に見ながら、


「あのー……アルシアさん……そろそろ……」


「……なんですか」


 俺の呼びかけに、不機嫌そうに返してきた。


「あ、その……周りの冒険者さん達も寝るみたいですし……」


 その言葉に、アルシアは何も答えずに沈黙している。顔は焚火のせいか、ほのかに赤く、碧眼に炎の色が映る。長い金色の髪は振り乱されている。


「そろそろ説法は勘弁してください!!」


 俺は地べたに正座させられ、今は地面に頭をこすりつける様に土下座をしていた。プライドはないのかって?あるわけはない。むしろ選択権もない。だからこそ、拝み倒すしかないではないか!!ということで、実行した限りです。



 過ちは5時間前______


 周囲は完全に暗くなると、周りのパーティーは宴をはじめた。それを横目に俺への授業は続いていた。


「魔術には属性があるの。炎、水、雷、風、光、影。これらの物を魔素と混ぜることで、属性魔術が使えるの。魔素単体で使うと無属性魔術ってところかな」


「その属性魔術は、どうやって混ぜるんですか?アルシアせんせー」


「……ごめん、せんせーはやめて、恥ずかしい……」


 先生と言われたことに気恥ずかしさがあるのか、若干もじもじしながら、語尾が小さくなっていく。


「ふぅ……これで、眼鏡をかけていれば完璧なのに……」


 そこでようやくからかわれたことに気が付いたのか、わずかにこめかみがひくついている。


「話を戻します。どうやって、魔素と混ぜるのか?だったね……実際に見てもらう方が早いかな……んーわかりやすいものだと……水がいいかな」


 アルシアは少し考えた後に、何で実験するか思いついたらしい。ちょうど大きめの木のコップを持って歩いていた。大柄で必要以上に筋骨隆々で、精悍な顔立ちの青年に声をかけた。


「ヅグさん、少し、飲み物いただけませんか?」


「ん?はいよー……ほれ」


 男は近くの仲間から瓶を受け取り、手に持っていたコップに一杯に注いだ。それをアルシアは受け取った。あのーそれ明らかに酒ですよね……そんなもの未成年に渡しちゃいけません!!


「ありがとう。で、これ見てて、今の水位がここね」


 そう言ったまま左手でコップを持ち、その上に空いている右手を出した。手のひらの上、数センチ浮いた高さに球体が出現し、中で渦巻きながら徐々に肥大化していく。ちょうどゴルフボール大になったところで、その球体は瞬く間に凍り付き、アルシアの右掌に収まった。


「これが、凍結魔術。で、こっちがさっきの質問の答え。ほら、水位見て」


「減ってるな……」


 コップの中の水位は3センチほど低くなっていた。まるで、酒がアルシアの掌の上の氷に変わったかのようだ。


「そう、今の魔術の説明は……一度、水を水蒸気に変えて、手のひらの上に集めて、魔素を混ぜつつ、水に戻して、球体にまとめて凍らせた。ってところ。答えとしては物質をエネルギーに転換して取り込んだ。って、説明になるかな」


「まぁ、想像はついた」


「ならよかった。ふぅ……少し休憩にしましょうか」


 そういいながら、アルシアは手に持っていた。コップをあおった。それはもう盛大に、水かジュースを飲むかのような勢いで……


「お、おい……」


「ん、んん?酸っぱい……なにこれ……ぶどうジュースじゃないの?」


 その様子を見て、ニヤニヤしてたおっさんを捕まえる。


「なぁ……おっさん。何渡したの?」


「おっさんじゃねーよ、ヅグだ。俺らが普通に水なんて持ってきてると思うか?その辺に転がってるもんは9割がた酒だよ。種類はまちまちだがな」


 おい、未成年に何渡してんだよ。アルシアさんとかどう見ても強そうに見えないんだから勘弁してくれよ。こういう場合、一番近くにいる人間から絡んでいくものなんだから。俺絡まれちゃうじゃん。


「渡しといてなんだけど、まさか飲むとは思わなかったわ!!がっはっはっは」


 そういって、ヅグは白々しく高笑いし始めた。


「嘘つけ、絶対狙ってただろ!!」


「まぁ、うまくやれよ?ガキンチョ!!」


 そういって、バシバシ俺の背中を叩く、思った以上に強い衝撃に耐えていたら、不意に衝撃が収まり、ヅグが肩に腕を回してきた。そして俺だけに聞こえるような声で


「マスターは年の近い連中みんな死んじまったから……仲良くしてやってくれ。頼んだ」


「ッ!?!?」


 さっきまでと違う声音に、「あぁ……」とあっけにとられながら答えるしかなかった。



 そして、現在に至る。


 あれから30分もたたないうちに長すぎる説法が始まっていた。説法の合間に、ヅグがジュースと偽ってじゃんじゃんついでは、去っていく。


 あ、あの野郎ぜってーおもしろがってやがるな!!てか、アルシアさん?あなた何回騙されるんですかね?少しは疑うことを覚えていただけませんかね?


 そんなこと言ったら説法が折檻に変わりそうでこわいので、とりあえず、黙って土下座してるけど


 アルシアはあれよあれよと7杯目を飲み干していた。


 見かけによらず、酒癖悪い……


「大体ですね……久しぶりに、クエストに行けると思ったのに……どうして、こんなことに……活躍する前に敵は壊滅……久しぶりに冒険できると思ったのに……」


 いつの間にか愚痴り始めちゃいましたよ……ギルドマスターって大変なんだな……


「自由になりたいー、もうヤダー、どうして私ばっかり守られなきゃいけないのー私も……私だって戦えるのに……誰も気を使って、冒険に連れ出してくれないし……」


 俺は、この人の立場がいまいち理解できていない。17歳という若さでギルドマスターであり、冒険者なのだろう。しかし、同世代は全員が死に、誰も冒険に誘ってくれない。ギルドマスターというポストにいることで、要人扱いされているのか?でも、きっとそれだけではないのだろう。


 そう考えている内に、アルシアはいつの間にか長らく沈黙していた。


「…………………………………ねぇ、あなた。アズマ・ヨシキだったわよね?私とパーティー組みなさい!!」


「はぁ!?」


 思いもよらない言葉に、俺はバッと顔を上げた。


「だって……あなたなら……私に気を使わないでしょ?」


 そう言った彼女の寂しそうな顔と先ほどのヅグの言葉が浮かび。


「……まぁ、そうだな」


 俺は、短くそう答えていた。


「じゃ、決まり!!」


「教えないといけないことたくさんありそうだし、私も冒険に行けるし、これで解決。これからよろしくアズマ君」


「ああ、よろしくアルシア」


 アルシアが何を抱えているのかは未だに分からない。ただ、人々に囲まれながらもずっと孤独を抱えてきたであろう彼女を俺は、どうしても放っておけなかった。


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