第8話

 あれから数時間が経過した。小一時間は拘束されていたものの意外とすんなり拘束は解かれていた。それというのも、突入部隊が合流し、頭領の部屋の惨状を報告したことで、俺の証言の裏付けができたからだった。あの大量の血から考えて、10人以上が死んでるのは、一目でわかる。


 なぜ、死体が一つも見つからないのかは、生き残りが持ち去ったのでは?という意見でまとまった。死体の行き先は、俺の正体がばれない限り迷宮入りだろう。


俺も痛みだけ味わって死なないのはごめんなんだ。だから、この位の嘘は許されるよな。



彼らが溜め込んだ大量の宝物を積んだ馬車の横にホースゴートを並べ、俺は手綱を握るアルシアに、話を聞いていた。


「なんで、あんたらはあいつらを襲撃したんだ?」


「え?あなた……何も知らないの?」


「あ、ああ……ちょっとこの辺のことは知らなくてな」


嘘は言っていない。


「そうなの……この国じゃ彼らは有名だったから、あなたは他所の国から来たのね……」


「ま、まぁそんなところだ」


これも嘘ではない。ちょっと世界と時空が違うだけだ。多分……


「彼らは王家の秘宝を盗み出した容疑がかけられていたの。いくらギルド公認の盗賊組織だからと言ってやっていいことといけないことが……あっ……今のは忘れてちょうだい!!」


盗賊団がギルド公認なの?


ギルドは同職者連合みたいなものではないのだろうか。冒険者と盗賊相容れないもののような気がするが……


この世界はどういったルールなのかはわからないが、ギルドが盗賊団を抱えているというのはやはりおかしい。


先ほどのアルシアの言葉からそれはギルマス以下ごく限られた人間が知る情報である可能性がある。ある種の敵役または、諜報部と考えた方が自然かもしれない。


「……あ、ああ、すまない、なんの話だったか?」


ついいつもの癖で物思いに耽って返事を忘れていた。アルシアを見ると碧瞳が不思議そうに俺を見つめていた。


「どのあたりから、聞いていなかったんですか?」


「俺が他所から来たのあたりだ。ちょっと、故郷を思い出してた」


「そう……それならいいの」


わずかな沈黙の時が二人の間に流れた。馬車を引く馬と俺の乗るヤギが地面をザクザクと掻く音がやけに大きく感じた。


「そういえば……」


アルシアがそう声を上げた。


「ん?」


俺の短すぎる返事にそのまま返した。


「そういえば、あなたの名前まだ、聞いてなかった。と、思って……」


「名前?あぁー名前か……」


名前……そういえば、名乗っていない。だけど、俺の名前って……


「……24648番……」


口をついて出たのは、ある場所で俺を識別していた番号だった。


「えっ?……ふざけてるの?」


当然の反応だった。アルシアは怪訝そうな顔を俺に向けている。


「ふざけたわけじゃないんだ……その、思い出せなくて」


「……そう、ごめんなさい……周りの国じゃ戦争で焼け出されるなんてよくあるものね……」


そうではないのだが……精神が壊れてなお俺が忘れなかった名前が一つだけある。


それは……


「吾妻 芳樹(あづま よしき)」


「また、随分変わった名前ね……まぁ、さっきのに比べれば、全然いいもの……その名前で、あとで、紹介状を書くわ。」


そう言いながら、メモを取ると折りたたんだ。


アルシアは馬車を操りつつ軽く指を振った。すると、折り紙の飛行機が出来上がり、スーッと飛び始めた。青い空の中に白点が吸い込まれるように小さくなり、やがて空の色に溶けて消えた。


「なにをしたの?」


「紙に魔素を埋め込んで飛ばしたの」


まそ?


「目的地まで真っ直ぐ飛んで行くから、私たちよりも早く着く。あなたの紹介状の準備をするよう正式な命令文をギルド本部に飛ばしたの。多分、のぞみの職業になれると思うわ。適正次第だけどね」


最後に余計な一言を入れるとアルシアは茶目っ気たっぷりにウィンクを飛ばした。


「すまない……」


二つの意味で俺は謝罪を入れながら、最初の疑問をアルシアに投げかけた。


「ん?」


「その……“まそ”ってのは、何?」


「はぁ?」


アルシアは心底呆れた顔で、俺を見た。“まそ”というのは、それほどに一般的なものらしい。


「あなた、本当に……どこから来たの?実は穴蔵の中に閉じこもってたんじゃないの?」


「はぁ、そこまで、言われることか?」


「一般常識よ……この世界の理よ?子供が最初に喋る言葉よ……」


「いや、それは嘘だろ」


「……まぁ、それは冗談にしても、それくらい誰でも知っていることよ」


「それで、まそってのは……」


「魔法魔力の根源。西国ではマナって呼ぶところもあるそうだけど……その顔じゃ、知らなさそうね」


「正直、ピンと来ない……」


「フォルスに着いたら授業から始めないとダメかしら……この人どんな辺境から来たのかしら……」


アルシアはボソリと呟いた。


あのー聞こえてないと思ってるかもしれませんが、思いっきり聞こえてるので、田舎者扱いするのやめてもらえませんかね……文明的にはあっちの方が栄えてましたよ?この世界についての授業は正直ありがたいですが……


その後は、特に何事も起こらず、のんびりとした旅が続いた。途中からは、ホースゴートから降りアルシアが御者をしている馬車に乗り揺られていた。


2時間ほど続いた平原を抜け、森に入ったあたりで、夕焼け空は藍色に変わり始め、夜の帳はすぐそこまで来ていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る