第7話

こういった奇襲作戦は、ほぼ、同時に別動隊による正面突破とワンセットになっている。それだけに俺はヤギを全力で走らせ、必死でその背にへばり付いた。


死なないとわかった以上、無駄な苦痛は流石にごめんだった。風を切るヤギはものの数秒で出入り口を飛び出し、切り立った崖を降り始めた。太陽からはオレンジ色の光が届いて、背後の壁に長い影を作っている。人間にとって道でないところも彼らにしてみれば、道なのだろう。予想以上のペースで下っていく。着地の反動を利用するように小さな足場を移動していく。ここまでの立体機動は人間単体では不可能だ。それに、この崖をかなり下りなれている。


 恐らくはあの頭領の男が使っていたのだろう。つまり、これに乗っているのが見つかると、山賊の頭領と間違えられる可能性がある。が、いまさら降りるわけにはいかない。


 なぜなら、もうすでに補足されてしまっているらしいからだ。洞窟を出たところから追跡者(チェイサー)が付いているらしい。先ほどから鷲が上空を旋回している。


 考えてみれば当たり前だった。むしろ、爆破した直後に突入してこなかったことから予測すべきだった。


 襲撃者はあそこまで登れないとすれば、洞窟の入り口を監視して、出てきたやつの行く手を阻む方が効率的だ。それにまっさきに逃げるとすれば頭領だ。頭領が先行して逃げ、手下が塵尻に逃げ回ることで襲撃者の攪乱ができる。


 このヤギが1匹しかいなかったことからもこのヤギは頭領のものだったのだろう。


 その結論にたどり着いたところで、ヤギが崖を下りきり、森に入った。何とかヤギの制御を試みるもいきなり乗られて興奮状態にあるのか言うことを聞かない。それどころか乗馬などの経験もないためどうすれば、制御できるのかもわからない。とりあえず、こういう時は絶対に手綱を離してはいけない。


猛烈な速度で足場の悪い森の中を進んでいくヤギ。俺はその背中に張り付き最大限木々との接触を避けていた。木の横を抜けていくたびに弾丸のような速度で枝が掠めていく。正直めちゃくちゃ怖い。死なないことは俺にしてみれば恐怖でしかない。


その時間をなんとか切り抜けた。薄暗い森から大きく開けた草原に出たところで、ヤギはようやく止まった。正確には、止まらざるを得なかった。


進行方向を囲むようにこれ見よがしな罠が大量に張られていた。


大型のネズミ捕りや葛餅、落とし穴、トラバサミ、毒沼、多岐に渡る。こう言う場合、あからさまなものを避けようとしたところに本命のトラップが仕掛けられていることが多い。少なくとも俺ならそうする。


それにしても、ここまで見事に騎馬殺しなトラップが満載だと、頭領さん、あなた毎回同じルート通って行き来してやがったな……どおりでこのヤギの動きに一切迷いがなかったわけだ。生きてたとしても殺されてただろうな……


とりあえず、抜け道を探してみるが、ここまで所狭しと並べられてはどうにもならない。そんなことをしているうちに、上空を旋回していた鷲が甲高く鳴いた。それを合図に罠の向こう側や森の中からフル装備の男女が現れた。俺を取り囲むように10人がそれぞれが武器を取る。大剣やロングソード、クロスボウ、ハンマー、弓、杖など多種多様だ。


 とりあえずの装備はしているものの戦闘能力皆無の俺はとりあえず、ヤギから降りると両手を上げた。情けない?とりあえず、こうしとけば問答無用で切られることはないんだよ。


「人違いなんで、開放してもらっていいですか?」


 フル装備の男女はそれぞれ顔を見合わせ、囁きあう。


「手配書だともっとごつい傷顔の男だったよな?」


「でも、あのホースゴートに乗ってここまで来たし……」


「囮なんじゃねーの?」


「いや……でもな……一応よさそうな装備付けてるのにいきなし降参って……ダサすぎね?あの賊たちがそんなことするか?」


「あー確かに……じゃ、罠?」


「捕縛しようとしたら、自爆魔法とか?」


「いや、それはないんじゃねーの?あいつら意外と仲間大好きだから」


「牢獄襲ってでも仲間助けに来るし、前なんて新入りを総出で……」


「あー……そんなことあったな……」


 あのー……人を取り囲んだまま思い出話に花咲かせないでほしいんですけど……


 そんなことを心の中で呟いていると一人の女が彼らの前に立った。その瞬間周囲の喧騒が一瞬にして止んだ。


 大量の罠を挟んで正面に立った女は、青い軽装鎧を着て関節部は素肌が見えている。鎧越しでもわかる華奢な肉体をしていた。周りの男たちが屈強なせいか、全体的に細く小柄。夕日によって煌めく長い金髪を肩甲骨のあたりから結っている。遠目で顔の特徴までは判別がつかないが、雰囲気でわかる。これまで出会った女性の中で一番美人だった。


「私は、フォルス領の冒険者ギルド、ギルドマスターをしているアルシアです。あなたは、クライド盗賊団の構成員ですか?」


 アルシアの質問に全員が俺を最大限に警戒し、答えを待つ。


「俺は、捕まっていただけだ」


 隠していることはあっても嘘ではない。むしろ事実だ。


「なぜ、逃げられたのですか?それになぜそのホースゴートに乗って降りてきたのですか?」


 聞かれるよな普通。俺が原因で全滅したからとりあえず、持ち逃げしようとしてたらあんたらが襲撃してきたから逃げた。等とは言えない。


「俺が捕まってる間に、何かしらの理由で、頭領の男が死んで、仲間割れで殺し合いが起きたらしい。気が付いたらもぬけの殻になっていたから、逃げだしてきた」


 事情を知らないふりをしつつ、一切具体性のないままに答えた。


 すっとぼけていると取られない程度にとぼける。


「クライドが死んだですか。確認が取れるまでは、信じるわけにはまいりません。一先ず、あなたには街まで同行してもらいます」


「……はぁ……わかりました」


 これからしばらく監視されるんだろうな……でも、これはチャンスだ。街を探してこの辺りをさまよわなくて済むうえに、えらい美人さんとお近づきになれる。未だ17歳の俺としては、この世界の女性事情を知っておきたい。どうせ、死ぬ方法を探して生きるにも、人と関わらなくてはいけないし、ついでに情報収集ができるなら、このギルドマスターさんから聞いた方が有益な情報が得られるのは間違いない。いやー仕方がないな。一先ず、生きないといけないしな。うん。


 自己正当化を済ませたところで、俺は大人しく美人ギルドマスターに捕まることにした。

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