第6話

俺は覗き込んだ。大広間のような部屋の中には、崩折れた人形のような死体が18体ほど、転がっていた。それらは一様に血に染まっていた。どの顔も恐怖と痛みに歪んでいるようだった。


急速な吐き気に襲われつつも、それから目を離すことができない。人の無残な死を見るのは、これで3回目になる。


俺の頭にある光景が過った。


穏やかな月明かりが差し込む校舎。赤く染まりつつもゆらゆらと揺れるカーテンが視界の端で揺れる。人の気配を失った教室の中央に乱れた制服を着た女クズ折れていた。親友の男は俺とその女を光を失った瞳で見降ろしている。その男の体は地面から完全に離れ、宙に浮いていた。


 場面は切り替わり、校舎に朝日が差し込んだ。壁も床も血で塗れた教室の中。俺はバラバラになった2人分の死体の前にへたり込み、呆然と窓の外を見ていた。背後で誰かの足音が聞こえたが、隠れる気にもならなかった。


 なぜ、こんなことをしたのか今ならわかる。


 意識が現実に引き戻された時、目の前に映った光景はそれによく似ていた。部屋の中に一人だけ、平然と男が佇んでいた。


 筋骨隆々の肉体と無数の刀傷。他の山賊とは比べ物にならない貫禄のある男だった。あれが間違いなく頭領なのだろう。


 俺は意を決して部屋の中に足を踏み入れた。


 ペチャリと足裏が、混ざり合った血を叩いた。その音で山賊の男が首だけで振り返った。男の顔には、ベットリと血が付いていた。


「お前がやったのか?」


「……はい」


「理由を聞いてもいいか?」


「……わからない。我は何をしている……」


 口を開くたびに血が口の中からあふれている。


「っ!?……喰らったんだろう……自分の手下を」




 そういいながら、倒れている男たちの傷跡を確認する。全員、共通して言えることは、体のどこかに噛み傷または食いちぎられたような傷跡があることだった。


 俺は顔をしかめながら男の続く言葉を待った。


「だろうな……それにしてもお主が、主(あるじ)か……我らを眷属にしてどうするつもりだ?」


 


「主……?……眷属……?何言ってんだ」


「お主、自分の事がわかってないのか……哀れだな。そんなもののせいで我はアイツらを我と同じ目に合わせたのか……せめて、我らを哀れと思うなら。死を命令してくれ……」


『kin』は眷属数か……


「むしろ俺が殺して欲しいくらいなんだが?なに?お前も死にたいの?じゃ、いくつか質問に答えてから死んでくれない?」


「いいだろう。もとよりお前の眷属たる我に拒否権などない」


そうか、じゃ、遠慮なく。この世界の人間って死なないの?」


「死ぬとも。お前のようなイレギュラーが介在しなければな」


「やっぱり、俺の方が変なんだよな……ある意味安心したよ」


「それだけか?」


「いいや、まだだ。俺はお前たちの言うところの何なんだ?」


「お主は、不死者(イモータル)だ。人間の領域を逸脱したもの。不老不死の体現者。それが今のお主だ。我もお伽話や逸話でしか、知らんものだった。まさか、実在しようとは」


「不老不死だと……勘弁してくれよ……俺は死にたいだけなのに……それじゃ、俺は……」


はっとした。この世に完璧なものなど存在しない。だとしたら何か、俺を死に至らせる何が世界に存在しなくてはおかしい。天秤が釣り合わない。そうでなければ、不死者(イモータル)が世界を征服していてもおかしくない。だが、この男は先程、『実在しようとは』と、言った。ということは、


「俺が死ぬ方法が、何かあるはずだ!!それを教えてくれ!!」


「お主の種族が何なのか未だにわからぬが、夜の貴族ヴァンパイアであれば、太陽やクロスソード。アンデットの王、リッチーであれば、聖剣。死を呼ぶ亡霊デュラハンであれば聖水。鳥人族の不死鳥、フェニクスであれば、月光の鏡。どれもそこら辺に落ちているものではない」


「わかった。ありがとう。死んでくれ。安らかに眠れ」


「お主には、永劫の苦しみを」


せっかくこっちが、お前を羨んで皮肉を言ってやったのに、山賊も皮肉を返してきた。


「吐かせ、あっさりと消えてやるさ」


「ふっ……それでは参ろうか我が子達。あぁ……まだ……」


 まだ、生きていたかった________


そう言って、一筋の涙を流し、青白い光の球が身体から抜け出した。その瞬間。山賊の肉体は砂となり形を崩した。それとともに周りに寝ていた下っ端たちの身体も同じように消えた。一瞬だけ部屋に光の球が舞い踊り、天井を通り抜けるかのように消えて言った。


今のが人の魂?なのか……山賊という悪人であってもあれだけ美しい色をしているのか……


 家族を自らの手で殺めた。それをさせてしまったのが俺自身だということに良心の呵責を感じた。しかし、謎なのは山賊はいつ眷属?になったのだろうか……


 ちらりとカードを確認すると、『kin』眷属の欄は『23』のままだった。つまりこれは……あれ……呼び出せるんじゃね?今のところ呼び出す方法は不明だが……これはそこそこのアドバイザーが付いた程度に考えておいて差し支えないさそうだ。


 俺は宝物庫へと向かった。自分が不死者(イモータル)かもしれないとわかった以上、一先ずは生きなければならない。となれば、お金は必要だ。眷属である彼らの持ち物は全て俺のものである。という、某国民的人気アニメのガキ大将張りの屁理屈を掲げて、持てるだけの宝物を頂戴することにした。


 次に食糧庫に向かうと、干し肉やらスパイスやらが貯蔵されていた。流石に冷蔵施設はないことで、生肉などはないが、干し肉はありがたい。何しろ日持ちする。どれだけ歩くかわからない以上必要になる。あとは……服。だな……


 現在の俺の格好はボロ雑巾の方が幾分かましなほどにボロボロになっていた。


 装備を探すついでに、この施設をくまなく探索してみた結果、いいものを見つけた。純白の毛並みは馬のようで筋肉の質も近い。頭部には巨大で湾曲した角。体長180センチはありそうなヤギだった。


この世界にもヤギはいるようだ。


旅のお供にこいつを連れて行こう。その分移動も幾分か楽になるだろう。どっちにしても置いていけば死んでしまうのは明らかだ。


 無事服とラクダ色の古びたローブ、ダガーなどの武器と小手などの装備を発見した。


ヤギに専用の金具付きの鎧を装備させると、荷物を半分取り付けた。


出発しようと、荷物を背負いかけたその時、ぐらりと山が揺らいだ。それに続いて、巨大な破裂音。山の下の方で何が爆発したらしい。遅れて最後に熱波が洞窟内を駆け巡る。そして、遠くから響き渡る男達の怒声。


これは運がないことにこのアジトは誰かの襲撃を受けているらしい。襲撃者はどこを通って現れるだろうか?一つだけ心当たりがあった。俺が目覚めた穴だ。あれが、彼らの通用口だったらしい。どうやら内通者があの穴を掘り下の方まで来ていた穴とトンネル工事の要領で、爆破によって繋げた。と言ったところだろう。


俺は大急ぎで準備を終わらせるとヤギに飛び乗り走らせ、早々に脱出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る